『ピアノの『音色』あれこれ』 第四回 「古典期その2」〜後編〜

                                        國谷尊之

◎モーツァルトは難解だった?!

 改革者としてのベートーヴェンのイメージは強烈ですが、モーツァルトをそのように
見る人は少ないでしょう。

彼のピアノ作品は5オクターブの音域に収まっています。

また当時のペダルは鍵盤の裏側についており、ひざで押し上げるような仕組みに
なっているため、奏者はあまり楽器から離れて座ることが出来ませんでした。

彼のピアノ曲に求められる軽やかで透明な音色は、腕の重みをしっかりかけて弾く
近代的な奏法よりは、多くの場合指先の細かいコントロールを主体に弾くことに
よって得られます。

 しかし、これは彼の作品が古い枠の中にあったことを意味していません。

清らかな美しさに満ちた彼の曲も、当時は難解だと思う者が多かったのです。
実は彼は、非和声音の使い方がかなり大胆なのです。

 一つだけご紹介しましょう。

最初がいきなり非和声音ではじまるソナタはベートーヴェンには一曲もありませんが、
モーツァルトには2曲あります。

時代はモーツァルトの方が先なのに、意外な結果ではないでしょうか。

モーツァルトの曲は一見単純に見えながら、旋律にも伴奏にも特徴ある非和声音が
ひんぱんに顔を出しますし、不協和音も数多く出てきます。

これらをよく味わって弾くことは彼の音楽を鮮やかに彩り、感情豊かなものにして
くれますが、一方で、弾き方によっては耳障りな響きになることもあり、実際当時の
人々には刺激が強すぎたのです。

現代のピアノの音質は当時よりはるかに強烈です。

モーツァルト作品を表情豊かに演奏するには、とりわけよき趣味が必要であると
言われる理由の一つがここにあります。

古典期の音楽は、けっして「古い音楽」ではないと思います。

彼らの時代はとても新鮮で刺激に満ちていましたし、彼らの作品は演奏されるたびに
その瑞々しさを現代によみがえらせてくれるのです。 


                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

この文章の著作権は、著者國谷尊之にあります。許可なく複製、転載を禁じます。