『ピアノの『音色』あれこれ』 第三回 「古典期その2」〜前編〜

                                        國谷尊之

 
前回は、まさに古典期はピアノ改良の時代であり、そのダイナミックな
変化の中で作曲家たちが活動を続けていたことをご紹介しました。

 今回も引き続き、彼らの作品がどのように生み出されたかを見ていきま
しょう。
そこには、古典期の作品を現代の楽器で表現するためのヒントがたくさん
含まれています。

◎ベートーヴェンのピアノソナタは「実験室」

 
ベートーヴェンが生きた時代はピアノが大きく改良されただけではなく、
オーケストラ大型化の時代でもありました。

バロック時代のオーケストラは少人数の弦楽合奏が主で、そこに管楽器が
付加されるという形でした。

しかし、18世紀後半の各地の宮廷の豊かな財力が、より大型のオーケス
トラを発展させる原動力となります。

各楽器群の人数は増え、クラリネットや金管楽器、ティンパニなどが本格的
に加わって、今日見るような大オーケストラへと発展します。

そこへ颯爽と登場したのがベートーヴェンでした。

 彼は、しばしば「交響曲作曲家」と称されますが、第1番の交響曲を
書いたときには、すでに30歳になっていました。
それまで彼は何をしていたのでしょう?

 実はその間、彼はピアノソナタをたくさん書きながら、オーケストラの
着想を練りに練っていました。
交響曲第1番より前に、ピアノソナタはなんと第10番まで完成していたの
です。

 たとえばピアノソナタ第5番と交響曲第5番「運命」が良く似ていることに
気付く人は多いでしょう。
調性が同じですし、第2主題がホルンの響きで弦合奏を導くところなど、
まったく同じ発想です。
彼は、このソナタを書きながら、巨大オーケストラの使い方を懸命にイメージ
していたに違いありません。
なにしろ当時は、管弦楽法の良い教科書も、参考になる作品も、まだ存在
していなかったのです!

 彼にとって、タッチによって音色の変わるピアノはアイディアの詰まった
宝の箱でした。
色々なタッチを試しながら、ピアノから色々な音色を引っ張り出そうとする
彼の姿が見えてきます。
彼の作品にピアノで弾くには不便すぎると思える箇所が見られることや、
彼が楽器製作者達にさらなるピアノの改良を求めたことも、未知の世界を
切り開こうとする彼のエネルギーが生み出したものだと考えれば、納得が
行くのではないでしょうか。

 今日、私たちは、彼が持っていたものよりははるかに音色の多彩なピアノを
手にしています。
 
 もし、オーケストラの色々な楽器のことを考えずにベートーヴェンの
ソナタを弾いてしまったら、まさに宝の持ち腐れです。


                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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