『ピアノの『音色』あれこれ』 第三回
 「古典期その1〜楽器の進化とともに」〜後編〜


                                        國谷尊之
◎モーツァルトの演奏旅行と楽器

1756年生まれのモーツァルトは幼少のころから演奏旅行が非常に多く、
そのため各地で製作された新作ピアノに触れる機会も多かったようです。

当時は各地の楽器製作者達が、さまざまに異なる仕組みのピアノを製造しており、
それらはモーツァルトを大いに刺激します。

旅先で出会ったピアノに感激した様子を、高ぶった気持ちで記した手紙が
残されています。
1777年アウグスブルグでシュタイン製ピアノを弾いたときには、詳細に
アクション機構のすばらしさを書き綴っています。

「震えもしなければ、強すぎたり弱すぎたりすることもなく、まして音が出ないと
いうこともない・・・シュタインはそのピアノを1台300グルデン以下では売らない
ことも確かだが、それでも彼が払った労苦と努力が報いられたとはいえない」

彼の言葉からは、ピアノの性能が年々向上していた輝かしい時代の息吹が
感じられます。

◎ベートーヴェンの引越しとピアノ

1770年生まれのベートーヴェンは、引越魔でした。
これが実はピアノの改良に関係があります。

ベートーヴェンが引越しを繰り返した理由は2つ。

ひとつは、ひんぱんに住居を変えていないと、彼の作品を家の外で聞いて盗作する
輩がいたため。

もうひとつは、彼が夜中に大声を出したり大音量で楽器を弾いたり歌ったり奇行(?)
を繰り返したため引越しせざるを得なかったということでした。

さて、引越し先のピアノはどうしたのでしょう?

彼には、なんと楽器製作者たちから新作ピアノがプレゼントされたのです。
ピアノの音域は拡がり、音質は太く力強くなり、タッチの変化はより多彩になって
行きます。
楽器製作者たちも、尊敬するベートーヴェン先生に新作ピアノを試してもらい
たかったというわけです。

彼のピアノソナタ集は楽器の履歴書です。

彼の要求は、常に当時の楽器の性能を超えるところにありました。

その要求に応えようと新機軸を打ち出す楽器製作者たち。

新作の楽器に触発されて、さらにその性能をも超えた着想を持つベートーヴェン。

両者の関係は、まるでらせん階段を登るようにダイナミックなものでした。

次回は引き続き、こうした当時の楽器の変遷や時代の息吹を、現代の楽器で
どう表現するかということについて考えてみたいと思います。


                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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