『ピアノの『音色』あれこれ』 第二回 「バロック期」〜後編〜

                                        國谷尊之

◎チェンバロは「音の大きな楽器」?!

しかしクラヴィコードには大きな弱みがありました。
音が極めて小さいのです。

 打弦後にタンジェントが弦に接したままになっているため、弦の振動はすぐに
弱められてしまいます。

そのため、クラヴィコードの音は蜂の羽音のように繊細なものだったのです。

 それに対してチェンバロは弦を弾いて音を出す仕組みのため、はるかにスケール
の大きな演奏が可能でした。

そこで当時の聴衆は、チェンバロ奏者が堂々とオーケストラの如く演奏するのを
聴こうと演奏会に出かけ、作曲家もそうした期待に応える作品を残したというわけです。

 現代の尺度でチェンバロを「音量の出ない楽器」と考えるのは間違っています。


◎ピアノは「チェンバロのように音の大きなクラヴィコード」

 こうしてみると、ピアノが発明されたのも一種の必然のように思われます。

 当時の人々の中に「チェンバロのように音が大きく、クラヴィコードのように表現の
多彩な楽器」を作ってみようという発想が生まれても、何の不思議もありません。

 これは18世紀初頭に現実になりました。

 イタリアの楽器製作者バルトロメオ・クリストフォリが1709年にピアノを発明した
のです。

J.S.バッハが24歳のころですから、まさにバロック音楽の果実が熟しきっていた
ころでした。

「必要は発明の母」と言います。

ピアノが発明されたことによってバロック音楽が過去帳入りしたのではなく、
バロック音楽の隆盛こそがピアノという楽器を生み出す原動力であったということは
記憶しておく必要があるでしょう。

 当時の人々が持っていなかったピアノという楽器で、今の私たちはバロック音楽に
新たな生命を宿すことが出来る・・・。

もちろん当時の楽器に特性に思いを馳せて演奏することは大切ですが、無理に
禁欲的にピアノの性能を限定して、バロック音楽を狭い箱に閉じ込める必要は
ないのです。

                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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