『ピアノの『音色』あれこれ』 第二回 「バロック期」〜前編〜

                                        國谷尊之


 バロック期の曲、たとえばJ.S.バッハやヘンデル、スカルラッティの曲が、
現代とは異なる楽器で演奏されていたことは広く知られています。

 すぐに思い浮かぶのはチェンバロです。弦をはじいて音を出すこの楽器は、
現代のピアノと違い音量・音色をタッチによって自由に変化させることは
出来ませんでした。
 
 では、現代のピアノでバロック音楽を演奏する時は、タッチの変化は
最小限にしなければならないのでしょうか?

 また、チェンバロの音はピアノに比べると非常にか細いものです。
 しかし、そのチェンバロのために書かれた曲でオーケストラのような大きな表現を
要求されることも多いです。

 その良い例がJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」でしょう。
 これはいったいどうしたことでしょう?

◎バロック期のもう一つの主役「クラヴィコード」

 このことを考えるとき、「クラヴィコード」を無視することは出来ません。
 それは、当時の鍵盤楽器としてチェンバロと並ぶもう一つの主役でした。

 クラヴィコードは弦をたたいて音を出すという仕組みで、実はピアノと同じ打弦楽器
の仲間です。

 したがってピアノと同様、タッチによって音量や音色を微妙に変化させることが
出来るという大きな長所を持っていました。

 しかもチェンバロよりもずっと小型で安価であったため、どこへ行っても目にする
ほど広く普及していたと言います。

 この楽器、さらにピアノにはない長所も持ち合わせていました。

現代のピアノでは、アクション機構により打鍵後のハンマーは弦から離れます。

 しかしクラヴィコードは違います。弦をたたくタンジェントと呼ばれる部分が、打鍵の
間ずっと弦に触れ続けており、そのため「べーブンク」という一種のビブラート奏法が
可能なのです。

 これはタッチによる音量、音色の変化と並んでクラヴィコードの大きな武器でした。

 J.S.バッハの長男であるC.P.E.バッハは1753年出版の著書の中で
「鍵盤楽器奏者の能力を最も正確に判断できるのは、クラヴィコードである。」
と述べていますが、これはピアノが発明されてから40年以上たった後のことです。

また、ベートーヴェンはピアノにべーブンク奏法を取り入れようと考え、ペダリングなど
で実験を重ねていたのだそうです。

                    続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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