『ピアノの『音色』あれこれ』 第一回

                                         國谷尊之

 ピアノというのは不思議な楽器で、だれが弾いても同じ鍵盤からは
同じ高さの音が出る一方で、弾く人が代わると全然違った音色になります。
 その音色がなんとなく弾き手の性格やお人柄を映しているような気が
して妙に納得したり、発表会などで兄弟姉妹が似た音色で演奏する場面に
遭遇したり、実年の初心者の方が感動的に美しい音色を奏でたり、等々、
ピアノの音色の世界はとても面白く、奥深いものがあります。

 これから数回、ごいっしょにピアノの音色についてあれこれ考えてみませんか。

ピアノで『他の楽器をイメージする』ことへの雑感〜前編〜

 よく「他の楽器をイメージして弾きましょう」ということが言われます。
そのようなイメージを持って弾くことは、ただ鍵盤に向かって弾いている
ときとは違い、音色に対する敏感さやタッチの多様性を導いてくれるでしょう。

 ピアノ曲には、しばしば他の楽器を思わせるような音が出てきます。
たとえばベートーヴェンのソナタ「告別」Op.81aの冒頭はホルンのようですし、
ドビュッシーの「小さな羊飼い」はフルートのようです。
 また、ドボルジャークの「ユーモレスク」はヴァイオリンでの演奏が有名ですが、
実はオリジナルはピアノ曲です。

 さて、ちょっと考えてみましょう。これらの曲は、やはり前述のような楽器の
音色に似せて弾くのが良いのでしょうか?

 たとえば「ドーだ、ホルンに聴こえるだろう…」と念じて弾いてみても実際に
ホルンの音がピアノから出てくるわけではありません。
実際私が一所懸命何かの楽器をイメージして弾いてみても、聴き手にどんな
楽器に聴こえたか尋ねると「さあ??わかりません…」と言われて打ちのめされる
ことがあります。

 しかし一方で、誰かの演奏を聴いているとき、ふとピアノ以外の音色が聴こえて
きたように思うこともあります。

これは果たして錯覚なのでしょうか?

 J.S.バッハの作品に、一人で演奏するのに協奏曲という名を持つ「イタリア協奏曲」
があります。この名称は、たった一台のチェンバロ演奏によって聴衆に協奏曲を
聴くような気分を楽しんでもらおうという趣向に由来しています。
CDなど無かった当時、チェンバロ奏者が即興的にオーケストラ曲を一人で演奏
するのを聴くことは、人々にとって大きな楽しみだったのでしょう。
音楽史のひとコマを実感できる曲の一つです。

 さて、これを今日ではピアノで演奏するわけですが、こんな素朴な疑問が浮かび
ます。
 この曲はチェンバロの音色を想像して弾けばいいのでしょうか。
 それともオーケストラの音色を想像するのがよいのでしょうか。
 はたまた、当時の奏者がチェンバロでオーケストラの真似をしていたのをさらに
ピアノで真似して弾けばいいのでしょうか…?

                         続く

(このエッセイは株式会社プリマ楽器様発行の情報誌「NEWS88」にて、連載させていただいたものです。)

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