1月30日のアンジェラータカルテット


 いつもの日課で水汲み場に行った。何だか騒がしい。
 草の影から覗いてみると、ミゼールがいた。いや、ミゼールだけじゃない。イワンに、そしてエリムもいた。ミゼールとイワンはともかく、エリムがここに来るのは珍しい。
「おう、ジード」
 そのエリムが俺にいち早く気付き、声をかけた。俺は挨拶を返すと、草陰から出て輪に加わった。
「こんなところで何やってるんだ? お前ら」
「いいとこに来たな、ジード。見ての通り、会議中だ」
「……見ただけじゃ誰もわからないと思うよ」
 ミゼールの言葉にすかさずイワンがツッコミを入れる。いつも思うのだが、イワンはこれで結構ツッコミのセンスがあると思う。いや、相手がミゼールなら誰でもツッコミになってしまうんだが。
「……で、今日はいったい何の悪巧みだ?」
「よく聞いた! 偉いぞジード!」
「いいから早く話せよ。遅くなるとまた親父に怒られる」
「どこかで見たような流れだな、それ……」
 なぜエリムが以前の俺とミゼールとのやりとりを知っているのか。謎だ。
「うむ。今日の議題は他でもない。何と、俺たちの顔絵を描いてくださった秋里京子様の誕生日が1月30日だそうでな! そこで俺たちで何かお祝いしてやろうと考えたわけだ!」
 そういって胸を張るミゼール。なぜそこで勝ち誇るのか、理由がまったくわからない。
「でも、ミゼール。秋里京子様くらいの年齢になると、誕生日なんてそんなに嬉しくないんじゃないの?」
「それは禁句だな、イワン。アンジェラータ紳士は女性の誕生日は覚えていても、年齢は覚えていないものなのさ」
 とりあえずこれでイワンとエリムの寿命は50年縮まったと思ったが、口には出さなかった。
「ともかくだ! そういうわけだから1月30日に向けて急いでお祝いの準備をしなくちゃならねえんだ! ジード、お前も手伝え!」
「……仕方ねえな。で、俺は何をすればいいんだ?」
 そう答えると、ミゼールは満足したように笑った。
「エリムがついさっき手に入れた情報なんだがな。何でもルシア姉ちゃんが秋里京子様の持ちキャラであるタマの縫いぐるみをつくったらしい! そこで俺たちは、このタマの人形奪取作戦を決行する!」
「な、なんだってえええええええっ!」
 俺は思いきり大きな声を上げてしまった。
「……ジード。そんなに驚くことねえだろ」
「バカ野郎! あのルシア姉ちゃんからお手製の縫いぐるみを奪うだって? そんなことができると思ってるのかよ!」
「相手はあのアンジェラータ最強と言われるルシア姉さんだ。だからこそ、やる意義がある」
 そう言ってエリムは一人で納得して頷いた。
「……どうせやるなって言ってもやるんだろうな。仕方ねえ。手伝うよ」
「よし! それでこそジードだ!」
 エリムがおずおずと切り出した。
「あの……僕はやめ」
「却下」
 いつものことだった。

 29日。俺たちは丘の茂みに身を潜めていた。
「いいか。俺の立てた作戦どおりにやるんだぜ」
 エリムの言葉に俺たちは小さく頷く。
 目の前をタマの縫いぐるみを抱えたルシア姉ちゃんが通りかかった。
「今だ!」
 エリムの合図でイワンが弓を射る。フックの取り付けられたロープがまっすぐに飛び、狙い違わず縫いぐるみの頭を挟み込んだ。
「なにっ!」
 ルシア姉ちゃんが驚きの声を上げる。
「よし! そのまま思い切り引っ張れ!」
 イワンが思い切りロープを引く。しかし、縫いぐるみはびくともしなかった。
「甘いっ!」
 ルシア姉ちゃんがロープを引く。イワンの身体が宙に浮いた。
「うわあああああっ!」
 茂みから転げ出るイワン。
「ミゼール! 第二段!」
「おう!」
 ミゼールが勢いよく飛び出し、体勢を低くしてルシア姉ちゃんに飛びかかる。
「ミゼール! ジード! エリム! やっぱりあんたたちねっ!」
 姉ちゃんの回し蹴りがミゼールの延髄にヒットした。一撃でミゼールは白目をむいて昏倒する。
「げ」
「ふっふっふ……。エリム、ジード。あたしから縫いぐるみを奪おうなんて……。覚悟はできているんでしょうね?」
 一歩一歩、ルシア姉ちゃんが俺たちのところへ近寄ってくる。
「じ、ジード……どうする?」
「どうするって……逃げるしかねえだろ」
 このままでは間違いなくやられる。ルシア姉ちゃんの燃えあがる瞳を見て、俺はそう確信した。
「よし、逃げるぞ……うわあっ!」
 エリムが逃げようときびすを返した瞬間。一瞬で距離を詰めた姉ちゃんが目の前にいた。
 黄金の右から渾身のストレートが繰り出される。エリムの首から上が90度回転した。そのまま膝から崩れ落ちる。
 駄目だ。逃げられない。
「さあ……。残ったのはあんただけね、ジード」
 肩をゴキゴキならしながらルシア姉ちゃんが近づいてくる。その姿は逆光を浴び、まるで神の眷属トロルのごとくにそびえ立っていた。
 戦えば間違いなく負ける。かといって逃げることもできない。どうする?
 俺はじりじりと下がりながら辺りを見回した。何か。何かないか。
 そのとき。俺は床に垂れているロープを見つけた。そしてそのロープの先は、姉ちゃんの抱える縫いぐるみの頭部に続いている。
「これだあっ!」
 俺は必死でロープの端に飛びつき、思いきり引っ張った。鈍い手応えがあった。
 ルシア姉ちゃんが体勢を崩す。俺はロープをたぐり寄せ、その先に引っかかっているものを抱えると、一目散に逃げ出した。
 やった。やったぞ。
 俺の心は高揚していた。あのルシア姉ちゃんに勝った。もちろん仲間の助けがあってのことだが、俺はあのルシア姉ちゃんに勝ったのだ。
 ミゼール。エリム。そして、イワン。お前たちの犠牲は無駄にはしない。俺は晴れ晴れしい顔で抱えていたものを目の前まで持ち上げた。
 飛び出た綿が垂れ下がり、首だけになったタマが俺に微笑みかけていた。


 その後4人がいったいどうなったのか。1月30日にどのようなお祝いが行われたのか。それは誰も知らない。


楽しすぎです(><♪
イワンめ。それはイワン約束・・・ゴホゴホ。
そ、それにしてもそんなツワモノがいらしたなんて・・・
是非いつの日か彼女に冒険パーティに加わっていただきたく思います。
茶林さんありがとうございます♪


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