ある日あるとき

2002年初夏
「星に帰った少女」の取材
「お母さんのお古のポケットにはいっていた切符でバスに乗り、過去に行く少女の話」をさがしています、という記事が読売新聞の「本・よみうり堂」に載ったのは、2001年の暮れのことでした。
そうです。それは『星に帰った少女』(末吉暁子 著・偕成社)でーす。

もう25年も前に出たこの本、長らく品切れになっていましたが、うれしいことに、このほど新装版で再び出版していただけることになりました。
今回、新しく挿し絵を描いてくださるのは、こみねゆらさん。ご存知、『雨ふり花さいた』に素敵な挿し絵をつけてくださった絵描きさんです。

『雨ふり花さいた』のときもそうでしたが、今度も舞台となった沼津市まで、編集担当者のMさんともども、取材にいってくださいました。
作中では、美浜市となっていますが、主人公のマミ子がバスに乗っていった町は、私が子どものころを過ごした沼津市の様子を借りてきたものです。



沼津市に着くと、まずは市役所で、昭和20年から30年代の沼津市の資料を見せていただきました。


市役所で昭和30年ころの沼津の風景資料を熱心に見るこみねゆらさん。
千本浜へ


 
  千本以上ありそうな松は、強烈な海風に、みな斜めになって生えています。
   どこの海岸にも無粋な防波堤ができてしまった昨今、松林もその役目を失って、
   だんだん貧弱になってきましたが、ここの松は今で豊富で、整然ときれいに
   並んでよく保護されています。

  ここは昔の沼津の御用邸のそばの海岸。今は、御用邸公園になっています。
  快適な散歩コースで、犬を連れた人や、家族でジョギングをする人たちでにぎわっていました。
  作中に、野良犬が登場するせいか、こみねさんは、犬の写真も熱心に撮っていました。
  右上の犬は、イタリアンハウンド犬といって、日本には数頭しかいない珍しい犬なのだそうです。



 
強風の中、愛用のデジカメで風景を記録するゆらさん。





 私の育った実家のある片浜の海岸です。



熊本市の出身で、長いことパリに留学していたこみねゆらさん、「こんな広々した海岸は初めて!」だそうです。
視線を右手に移すと、いつもは海岸線の行く手に富士山の雄姿が見えるのですが、残念ながらこのときは晴れ渡ったお天気にもかかわらず、富士山は一度も姿を現してくれませんでした。
左は主人公マミ子が、不思議な少女と出会う神社のモデルとなった、実家の近くの八幡神社。
なんということも無い小さな神社ですが、ここは、子どものころの遊び場でした。

参道でマリつきをしたり、境内でかくれんぼうをしたり・・。

当時は銀杏の大木が無数においしげり、冬ともなれば、金色の銀杏の落ち葉で境内が埋め尽くされました。

そんな思い出は、『星に帰った少女』の中で描かれています。

しかし今は、境内の奥にあった小さな池は埋め立てられてなくなり、銀杏の大木もだいぶ少なくなっていました。

鳥居も、石の狛犬も、今見ると新しくなっていますねえ。


右は、実家の父に、建具の組子の説明を聞くこみねゆらさん。
組子は、日本独特の芸術的な建具ですが、今はこんな建具のある家を見かけることもほとんどなくなってしまいました。
余裕さえあれば、私も、こんな建具を自分の家に入れたいものですがねえ。
父は、「現代の名工」にも選ばれ、叙勲も受けた人ですが、久しぶりに、こういう仕事に興味を持って下さる芸術家に出会えて、本当にうれしそうでした。
こみねさん、どうもありがとう。
 
こみねさんの持っている確固とした芸術世界と、『星に帰った少女』の世界とは、ものすごく異質な面もありますが、きっとこみねさんは、ご自分のものに消化して、すばらしい挿し絵を描いてくださるでしょう
お ま け
  この写真は、8月の第4土曜日、沼津千本浜の花火大会のときのものです。
  上の取材で、こみねさんたちと歩いた実家の近くの海岸で、のんびりと見物しました。
  デジカメで撮ったいろいろな花火を、かんりびとさんが、コラージュ風に合成しました。 
  わあ! パチパチパチ! 「たまや〜!」「 かぎや〜!」




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