勝手に鑑定「明治の鉄道切符」

昨年暮れ、開運なんでも鑑定団に登場した明治時代の鉄道切符約300枚を目撃した鉄の古老の話では、市電乗換切符等の軟券乗車券が多く含まれ、エドモンソン型の硬券乗車券は案外少なかったとのこと。それも、明治中期以降の切符がほとんどだったという。それでも、天理参考館や高名で高齢な収集家のコレクションを除けば、あれだけ多くの明治券が発掘される機会はめったにないらしい。鑑定に当たった切符屋さんも初めてのことだと言うんだからね。そんなわけで、まずは、幻の明治時代の鉄道切符はどんなものかを勝手に鑑定してみましょう。

1.鉄道開業当時の乗車券

天理参考館に収蔵されている開業当時の乗車券11枚は、表が漢字右書きの和文と英文、裏には英仏独の三ケ国語が書かれている。運賃や通用期限は記入されていない。ここにしかないと言われる貴重なコレクションは、いずれも、表面と裏面を二つに裂き、各々を1枚の台紙に貼り付けてある。見やすいようにと、故山本不二男氏がわざわざ、このように細工したのだという。2004年2月に東京神田で開催された天理ギャラリー第121回展「明治の鉄道」で入場者に配られた
模擬硬券は当時の様式を模したものである。

2.二ヶ国語標記の乗車券(明治10年頃から)

明治10年頃から、裏面の注意書きが和文と英文の二ケ国後の標記に変わった。

3.上中下等時代の乗車券(明治20年頃から)

発着駅名が漢字からひらがなに、等級表示も第一、二、三等から上・中・下等に変わった。運賃が記入されるようになったのもこの頃から。下例1は、明治村で発行されたSLの乗車券で、当時の様式をしている。下例2は、通用期限が入った乗車券。

例1.上中下等時代(表) 例1.上中下等時代(裏) 例2.上中下等時代(表) 例2.上中下等時代(表)

4.明治30年頃からの乗車券

鉄道作業局時代になると、等級表示が上・中・下等から 一、二、三等に変わり、券番が裏面に印刷されるようになる。また、通用期限や小児断線が印刷されるようになり、裏面の英文は表の和文を英訳したものに変わった。下例3は、明治31年発行の三等乗車券。下例4は、明治41年に発行された駿豆電気鉄道の乗車券。

例3.鉄道作業局時代(表) 例3.鉄道作業局時代(裏) 例4.鉄道作業局時代(表) 例4.鉄道作業局時代(表)

5.網目模様時代の乗車券

明治37年頃から大正初期まで、鉄道作業局、帝国鉄道庁、鉄道院の文字が入った網目模様の乗車券が発行された。下例5は、最近復刻された鉄道作業局時代の企画乗車券。下例6は、明治44年に発行された京都より新橋ゆきの三等乗車券で、裏面には "Transit Duty"(通行税)の英文が入っている。

例5.網目模様時代(表) 例5.網目模様時代(裏) 例6.網目模様時代(表) 例6.網目模様時代(表)

6.大正時代の乗車券

明治時代の切符は、粗末なボール紙を芯として、薄い和紙か洋紙を表と裏に貼り合わせた形式だったが、明治の終わりになって、厚いボール紙1枚に直接 字紋を印刷した近代的な形式に変わったとか。下例7は、大正5年に発行された ”IGR てつだうゐん”の新字紋入りひらがな官割券。ただ、大正時代になっても、しばらくの間は、明治期の貼り合わせ形式の切符も発行されていた。下例8は、鉄道院時代の電車区間用乗車券で、裏面の英文も明治期と同じ標記である。官鉄でさえ、古風な貼り合わせ形式を使っていたくらいだから、民鉄では、大正後期になっても、貼り合わせ形式を使うところも多かったらしい(例9、10)。

例7.新字紋入り官割券 例8.大正2年院電区間 例9.播州鉄道往復券 例10.駿豆鉄道官割券

貼り合わせ形式かどうかは、画像では分かりにくいけれど、現物を見れば、一目瞭然。例9や例10は、裏面に貼られた無字紋の薄紙が一部ハガレているので、貼り合わせ形式だと、すぐ分かる。明治券鑑定のキーポイントかもね。