旅行記少年ダム A追剥守宮
 

 林道を軽快に進む僕ら。でも、僕らは止まった。目の前に突然、大きなものが飛び出し、行く手を遮ったからだ。
 
 「こいつ、何だろう。すごい目つき。」

 「知らないのかい。オイハギヤモリさ。」

 初めて見た。1メートルくらいの大きさのヤモリが二本足ですっくと立ち、短い両手を広げて僕らの前に立ちはだかっている。絶対に先には行かせない。そんな目つきでこっちを見ている。

 「この生き物は危険なの?」

 「ううん。というよりは哀しい生物と言ったほうが適切かなぁ。人間が道を通ろうとすると、行く手を阻む習性があってね。だから、よくバイクとかに轢かれたり、駆除の目的で殺されてたんだ。だから、今じゃ絶滅危惧種さ。本当に哀しいよ。」

 「へぇ。じゃあ、行く手を阻むだけで別に危険ではないんだね。」

 「うーん、それがまた微妙なんだ。実は・・おっ。」

 いきなりトウゾクヤモリの口から液が吐き出された。僕とゼンブはギリギリのところで体をくねらせ、それをかわした。シュワッという音をたてて液は地面に染み込んだ。

 「いちおう、この液には気を付けたほうがいいって言おうとしてたんだけどね。早速来たね。べつに、彼らは肉食じゃないし、噛み付いてきたりもしない。通ろうとしても、両手でぐいぐい押してくるだけだ。でもね、この液は少し危険。」

 「人間の体に害を与えるの?」

 「いや、体には無害だよ。ただ、綿を溶かす力がある。Tシャツなんかいちころさ。」

 「ふーん。」

 僕は仕方がないので、自分の着ているパーカーの成分表を見た。綿100%だ。ゼンブはどうだったのだろう。どうやら彼の服にも綿が含まれていたらしい。僕の視線に気付き、首を横に振った。

 「どうする。強行突破するかい。」

 「ううむ。でもね、絶滅危惧種なんだろ。傷つけちゃまずいんじゃないのかって思うけどね。」

 「そうだね。でも思うんだけど、こいつは絶対に自分が絶滅危惧種だって分かってるんだと思う。だから、こんな強気な態度なんだよ。」

 「うん、僕も同感。まったく、いやらしい生物だね。」

 こうして僕らが会話している間も、ヤモリはこっちをにらみ付けながら仁王立ちだ。べつの道を通って迂回する案も出たけど、すごい遠回りになるので却下。結局、ここで野宿することになった。要するに、ヤモリと僕らの根競べというわけだ。僕らは迅速にお湯を沸かし、日本製のカップラーメンをすすった。時々、ヤモリの方をちらりと見てみる。その度に、ヤモリは思い出したように急いで鬼の形相を作り、僕らをにらみ付けた。

 翌朝、僕らが起きると、ヤモリはまだそこに立っていた。

 「うあわぁ。まだいる。」

 「いや、違う。よく見てみなよ。」

 彼は、いや、オイハギヤモリは昨日の体勢のまま、寝ていた。なんというメンタリティだろう。いやらしい生物と言ってしまった自分が少し恥ずかしかった。

 「すごいな。ベンケイみたいだ。」

 「なんだい、ベンケイって。」

 「日本に昔いたんだよ。死んでも立っていたっていう人がね。」

 僕らは、ヤモリを起こさないように荷造りをした。脇を通る時、スースーという寝息がかすかに聞こえた。お疲れ様でした、と心でつぶやいて、僕らはその場を後にした。あまり景色の変わらない林道を延々歩く、そんな僕ら。でもしかしながら、しばらくして前を歩くゼンブが振り向いて言った。

 「もうすぐ街に着くよ。ナッシング・タウンだ。」

      続く                         TOPPAGE