時は丑の刻。とある横丁、一軒の家の木戸を叩く者がおりました。どんどんどん、どんどんどん。
「ご隠居!起きてくだせぇ!ご隠居!」
真夜中にしちゃあ、あまりに騒がしい、てな訳でご隠居は不承不承、襟を正しながら木戸をガラッと開けました。ってぇと目の前には汗だくの熊さんがよれよれで立っておりまして。
「騒々しいねぇ、まったく。おや、誰かと思えば熊さんじゃないか。何だってんだい、こんな夜中に」
「こんなもどんなもありゃしませんぜ、ご隠居。兎にも角にもてぇへんなんです」
「まったくお前さんは慌て者だからしょうがないねぇ。そんなんじゃ何が大変なんだか分かりゃしねぇ。どうだい、ちょいとこっち上がって水の一杯でも飲んだらどうなんだい」
「へぇ、こりゃあ、ありがてぇ。ご馳走になりやす。うんぐうんぐ。うはぁ助かった。こりゃ、たいそううめぇ水ですね。富士山麓の水ですかね」
「馬鹿言っちゃいけないよ。ここは江戸じゃないか」
「へへっ、お世辞ですよお世辞。じゃあ、あっしはちょっくらひとっ走り行って様子を見てきやすんで」
「おいおい、ちょいと待ちなさいよお前さん。あんた、まだ何が大変なんだか一言も言っちゃいないじゃないか。しっかりしておくれよ」
「おっと、こりゃあいけねぇ。実はですね、ご隠居。例のあれが出たんですぁ。だもんで急いでそれをお伝えに来たってわけで」
「するってぇと何かい。マンタが出たってのかい」
「何ですか、そのマンタってのは」
「平たく言やぁどでかいエイだな」
「なぁるほど。で、そのやたらとでけぇエイが、マンタでしたっけ。奴が出たんです」
「ほぉ、そりゃあてぇしたもんだ。で、どこだい。沖に出たのかい」
「いや、それなんですがね。なんでも、岸に流れ着いたってのがもっぱらの噂で。今は築地の魚河岸の方に置いてありますがね」
「ほぉ。で、手に入りそうなのかいマンタは。あれが手に入りゃあ、町の皆と山分けできるじゃあないか」
「そこなんですがね、ちょいと話が込み入ってましてね。浜に打ち上げられたマンタを誰が最初に見つけたかってんで、揉めてんですぁ」
「ありゃあ、たまげるほどにでけぇんだ。皆で分けるんだから誰が見つけようがいいじゃないか」
「いやいや、話はそう簡単にはいかないんですぁ。その揉めてる相手ってのが隣町の奴ってわけで」
「そいつはいけないねぇ。隣町の奴らと取り合いになってるってんだね」
「そんな訳でして、どうカタをつけるかってんで、あっしらは頭を抱えちまってましてね」
「そうねぇ。じゃあ、こっちの町と半分ずつ分けるってわけにゃあいかないのかい」
「いやぁ、そう言ったんですがね。隣町は『先に見つけたんだからこっちのもんだ』の一点張りで」
「そうかい、そいつはこまったね。なんせ、お上に裁いてもらうわけにもいかない問題だからねぇ」
「へぇ、いかにも。それで、困っちまったんでご隠居なら何か知恵を授けてくれるんじゃねぇかと、うかがったわけですぁ」
「するってぇと何かい、チキンレースでカタをつけるってのかい」
「誰もそんな事は言っちゃいませんが」
「あたしが言うんだから間違いないよ。チキンレースにしなさいよ」
「そのチキン何ちゃらってのは何ですか。あっしみたいな学のないもんには聞き覚えが無いんですが」
「胸が躍るレースに決まってるでしょうが」
「そいつぁいいや」
「じゃあ決まりだね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよご隠居。つい、勢いで『そいつはいいや』なんて言っちまったけども、そのチキンレースってのは何ですかね」
「そうさね、一言で言っちまえば『度胸試し』って話よ」
「なぁるほど。それで、その度胸試しの方法は」
「ごきげんなマシンを使うって寸法よ」
「そいつぁいいや」
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