お気に入りのラジオ

 「こんばんは。JWレディオのパーソナリティー、沢田です!」

 始まった。僕のお気に入りのラジオ番組、「デンタル・スカイ」だ。沢田の声のトーンはいつも以上のテンションの高さを感じさせる。今日も笑わせてもらえそうだ。

 「じゃあ、早速コーナーに行こうか。『歯磨き川柳』のコーナー!・・・さぁ、今日もたくさんのお葉書が届いていますねぇ。」

 今日はいつもよりだいぶ早く始まったようだが、これは僕の大好きなコーナーだ。内容はリスナーの深刻な悩みに沢田さんが笑いを交えつつ答えていくというものである。しかし良く考えてみると、今まで1回も沢田さんは自分の下の名前を名乗ったことが無い。もしかしたら「沢田」というのは芸名かもしれないな。

 「さて、まずはペンネーム『やすじろう』からのお葉書です。こんばんは沢田さん、僕は神奈川県に住む中シュゴォォォォォォォォォプスプスプスシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥです。お父さんは酒に酔うと、いつもたババババババスパンスパンスパンササァァァァァァァァ」

 ラジオの調子がおかしいのだろうか。ノイズが激しい。・・・・・・・いや、違う。ノイズの音ではない。また起こってしまったようだ。この番組は、1年に1回くらいの割合で「スタジオのエアコンの音がやたら大きい日」というものがあるのだ。沢田さん自身が言っていたことだから間違い無いだろう。

 「僕だって酒を飲むことくらいありますよ。でも、お父さんの酒の飲み方は、ちストストンストトンストンストンストンシャプッシャプッ」

 沢田さんは気付いていないのだろうか。エアコンの音は激しさを増してきている。聞いているこっちがイライラするくらいだから、スタジオはもっと大混乱のはずだが。 

 「沢田さんズズズズズズズズそれ!それ、はずして!沢べべべコパッ・・・・・・」

 何も聞こえなくなった。これは放送事故ではないだろうか。沢田さんに対するスタッフの呼びかけの言葉が気になる。雑音の原因はエアコンではないのだろうか。しかし、沢田さん自身が言っていたのだ。沢田さんを信じたい。

 「・・・・・・・コパッ・・・・え〜と、スタッフの島崎です。ちょっと沢田はトイレに行っていまして、しばらく僕がお葉書を読みたいと思い・・コパッ」

 雑音がひとつだけになった。どこかで聞いたことのある音のような気もするのだが。

 「・・コパッ・・あっまだこんな所に隠してやがっ・・痛い!ちょっ、これ放送中なんですよ!いいかげんに、ゴッ・・・・・・えー、どうも。ふぅ。沢田です。」

 沢田さんだ!少し息を切らしているけど、元気そうだ。良かった。スタッフと揉めてたって続きを聞けるのならそれでいい。

 「さて。じゃあ引き続きラジオをやってこうねっ。・・・・・コパッ・・・・あっはっはっは、もう1回。・・コパッ・・・うはははは」

 おかしい。いつもと口調が違う気がする。酔っているのだろうか。さっきから続く音も気になる。音の原因は明らかに沢田だ。
俺をだましやがった。何がエアコンの音だ。つまらねえ嘘つきやがって。

 「コパッ・・・・・コパッ・・・・コパッ」

 そうだ。やっと思い出した。音の正体が分かった。マイクによく噛んだガムを貼り付ける音だ。中学の体育祭で、「ヤス」というあだ名の子が場内アナウンス用のマイクにやって、先生に平手でしこたま叩かれていた。たしか、同じクラスで出席番号も同じだったと思う。

 友達の名前を完全に思い出した時、口の中のガムはもう味が無くなっていた。