−FRIENDS




 俺と横尾は大学のキャンパスを歩いていた。あの出来事があるまでは、極めて平和に。

 午後1時ちょうど。前方から誰かが走ってくるのが見えた。目の良い横尾が最初に気付いた。

 「あっ、べろだ。」

 走ってきたのは「べろ」だった。舌を出しがちなのでそう呼ばれている。あまりにその名が定着しすぎて、もはや誰も彼の本名など覚えていなかった。

 「おいおいおい、大ニュースだよ!聞いてよ。」

 べろは目を精一杯開けて叫んだ。俺は彼が嫌いだ。うるさいから嫌いだ。

 「すごいよ。柿本に彼女ができたってよ!」

 これには、さすがに俺も横尾も驚いた。なぜなら、柿本は柔道に命を懸けている男であり、女には興味がないと思われていたからだ。

 「本当か。誰から聞いたんだよ。」

 「いや、彼女と歩いているところにばったり会ってさ、紹介されちゃったよ。ちゃんと言ってたよ本人が。」

 間髪いれずに横尾が聞いた。

 「で、どんな感じだよ。その彼女はどんな子?」

 べろは途端に笑い出した。また舌が出ている。油断するとこれだ。べろは笑いながら言った。

 「あれだよあれ!何だっけ。そう、ゴリラ!ゴリラにそっくり。まだそこらへんにいるから、お前らも見てきてみろよ。まじでそっくりだから。」

 俺達はすぐに駆け出した。もちろん、その前にべろを蹴る事も忘れなかった。友達の悪口を言うような奴には鉄拳制裁だ。

 幸い、柿本と彼女はすぐに見つかった。公園のベンチに並んで座っている後ろ姿が見えた。

 「おうい、柿本!」

 俺は声をかけた。柿本と彼女が同時に振り向いた。振り向いた柿本の彼女は、何を隠そうゴリラだった。俺と横尾は同時に立ち止まった。目の前のベンチに座っているのは、どう見ても大型のマウンテンゴリラだ。しかも、オスだ。「シルバーバック」と呼ばれる、オス独特の背中の白い毛が見える。

 「何だぁ、こりゃあ。」

 横尾が悲鳴にも似た声を上げた。たぶん、横尾が言ってなかったら俺が言いたかったセリフだ。

 「よぉ、お前ら!どうせ、べろから聞いて来たんだろ?アイツはおしゃべりだからな。ほら、紹介するよ。彼女のアユミだ。」

 「ウホ。」

 アユミ(オスのマウンテンゴリラ)は少々鼻を鳴らしながら声を上げた。やっぱり声もゴリラ。俺はいつのまにか、自分の膝が震え出している事に気付いた。しかし、恥ずかしいなどとは全く感じなかった。目の前にゴリラがいたらビビって当然だ。俺は下っ腹に力を入れ、勇気を振り絞って聞いてみた。

 「なぁ。どうしたんだ、これは。」

 柿本は少々照れくさそうにしながらも答えてくれた。

 「まったく、友達の彼女を『これ』ってどういうことだよ。まぁ、許してやるけどな。今回だけだぞ、許すのは。」

 うるさい。そんなのはどうでもいいんだ。俺が聞きたいのは、これをどこから引っ張って来たのかってことだ。こうしている間にも、目の前のゴリラはベンチの角を片手で(前足かもしれないが)いじくって壊し出している。興奮させてしまったら確実に殺られる。柔道家の柿本はともかく、俺と横尾は即死だろう。それくらい、本物のゴリラはでかい。

 「まぁ話を戻すと、あのなぁ、1週間前くらいに新町のゲームセンターで出会ってな。ゲームを一緒にやっているうちに仲良くなって、そして、あれだ。付き合った。」

 俺と横尾は顔を見合わせた。1週間前からこのゴリラはこの町にいたのだ。しかもゲームセンターにいたなんて。ありえない。絶対にそんなことありえないはずだ。ふと横を見ると、横尾が下を向いている。何かを決意した顔で。まさか、言うのか。あれを言うのか。彼は言った。

 「なぁ、怒るなよ。本当に怒るなよ。冷静に聞けよ。」

 俺は止めようとも思ったが、ここで言わなければ柿本の今後が危険だ。柿本はきょとんとした顔をしている。

 「あのさぁ。こいつは・・・・。アユミは、ゴリラだよな。いちおう、確認しておくけど。」

 柿本の顔が怒りでどんどん膨張していく。だが、彼は本来温厚な男だ。なんとか怒りをおさえたらしく、冷静な顔を作ってから答えた。

 「いくら親しい友達だからってそれはないんじゃないか。どこがゴリラに似てるっていうんだ。可愛い子じゃないか。まぁ、俺が言うのもどうかと思うけどな。目なんか二重だし。」

 ゴリラの目が二重かどうかなんてどうでもいい。それに、目のあたりはくぼんでいて、二重かどうかなんて分かりゃしない。俺が一番ビビッたのは、柿本が「似てる」と言ったことだ。似てるとかそんなんじゃない。ゴリラなんだ。俺はついに我慢できなくなった。もう、いい。はっきり分からせてやる。

 「いいか、ゴリラに似てるなんてもんじゃない。ゴリラなんだ。分かるか。そいつは、ゴリラだ。」

 ちゃんとゴリラを指差し、理解しやすいように説明してやった。

 「何を言ってるんだ。何をそんなに怒ってるんだ。分かったよ。本人に聞けばお前も納得するはずだ。そうだろ。なぁ、アユミ。ゴリラじゃないよな。」

 「ウホ。」

 「ほら、『うん』って言ってるじゃないか。」

 「『うん』じゃねえだろ、こら!どう聞いても『ウホ』だろ!いいか、それにそいつはオスだ。背中を見てみろ。毛が白いだろ。シルバーバックって言ってな、オスの証拠なんだよ!」

 「いいデザインの服じゃないか。」 

 全身から急速に力が抜けていくのを感じた。俺はその流れに逆らわずに、そのまま地面に膝をついた。頭がクラクラする。もう、だめだ。柿本はゴリラの世界に行ってしまった。横尾は絶望のあまり、顔が大きくゆがんでいた。その顔は笑っているようにさえ見えた。

 「もういい。もういいよ。お前らとはもういい。今日限りだ。もう会う事もないだろ。じゃあな。アユミ、行こう。」

 俺と横尾はもう動く気力もなく、何も言えなかった。柿本はベンチから腰をあげると、こちらを見もせずに校舎の方へと歩き始めた。その後ろをアユミは大地に4本の足を付け、ゆっくりとついて行った。

 月明かりに照らされ、遠くに見える白い毛がまばゆく光る。横尾が口を開いた。

 「かっこいい・・・・・。」

 同感だった。

                To Be Not Continued                           BYEBYE