フレンドリー大冒険 第八話

 

 「行こうか。」

 ハリーはボブをうながし、階段を降り始めた。ボブは何も言わずにその後に続いた。二人はなるべくベスティの話題に触れないようにしながら話し、階段をスタスタと降りていった。 
 1階に着くと、そこはすでに多くの警官でごったがえしていた。おそらく爆発したヘリに全員が乗っていたと思っているのだろう、ボブとハリーには見向きもしない。二人は素早くロビーを抜けると、裏口から外へ出た。

 道路にはヘリの残骸があちこち転がっている。二人は呆然とその残骸達を見ていた。短時間に1人が逮捕され、2人の友人が死んでしまったのだ。二人はもう逃げる気力さえも失っていた。ボブがなんとなく「ベティ・ママスの唄」を歌い出した。ロンドンに古来から伝わる童謡だ。ハリーも、なんとなく歌に参加し始めた。二人は大声で歌いながら4450ヤードほど歩いた。二人ともいつのまにか泣いていた。でも、歌うのはやめなかった。
 歌は佳境に入ってきていた。ボブはソプラノ、ハリーはアルトのパートを受け持ちながら、感情を込めて歌い上げていた。

 「絵本を4冊 ベッドの下に隠して 彼は旅立つ マンチェスターはもういやだ ロンドンへ行こう なぜなら 神のみが知る19の・・・」

 歌をかき消すように一台の大型バンが二人の前に止まった。二人は車の登場に身構えることもなく、「もういいや」的な雰囲気を漂わせて歌を再開しようとしていた。すると、車のサイドウインドーがゆっくりと開いた。その運転席には、ハンドルを握るベスティの姿があった。

 「乗ったほうがいいよ。」

 ベスティはそれだけ言って、ウインドーを閉じた。ボブとハリーは事態を飲みこめずに、呆けた顔でその場に立ち尽くしていた。ボブに関しては、驚きすぎにより、50ヤードも口が開いていた。しばらくすると、もう一度サイドウインドーが開いた。

 「もう一度だけ言うよ。乗ったほうがいいよ。」

 少々いらだった様子でベスティはそう言うと、ウインドーを閉めた。ハリーとボブは顔を見合わせると、のそのそした動きで後部座席に乗り込んだ。バンは二人を乗せると急発進した。

 車内は機械だらけだった。同時に、銃だらけでもあった。しかし、二人はそんな事よりも聞きたい事があった。

 「お前、なんで生きてんの?」

 ハリーよりも早く、ボブがその事を聞いた。ハリーはひどい聞き方だなと思ったが黙っていた。

 しばらくの沈黙のあと、ベスティは答えた。

 「けっこう大変だったよ。」

 ボブは明らかに不満そうな顔をした。そんな答えでは満足できないという顔である。ハリーは聞き方を変えた。

 「どうやってここまで来たんだ?」

 ベスティはちょっと顔をしかめながら答えた。

 「すごい長い話になるよ。」

 「いいよ。話せよ。」

 ベスティはウーロン茶を少し飲んでから話し始めた。

 「まず、ヘリに乗っても逃げられないのは分かっていたんだ。だから、ヘリには乗らなかった。でも、囮としてヘリには飛んでもらう事が必要だった。」

 「自動操縦か。」

 「そう。でも、あのヘリにはそんな機能は付いていなかったんだ。だから、ちょっとした工夫をすることが必要だった。それで、ヘリの操縦桿の下にあるジェノサイドポケットの部分に、コーラスシェイバー233のマイクロチップを埋め込んで、あとは、潤滑油に使うコーラスシェバード32液を2ガロンほど足して・・・。それから、爆発用の火薬も必要だった。」

 「えっ。撃ち落とされたんじゃなかったのか。」

 「それが理想だったんだけど、現場に来ていたのは警察だけだったからヘリを撃ち落せるような兵器は持っていなかったんだ。でも、誰も乗っていないことがすぐにバレないためにも、粉みじんに爆発する事は必要だったんだよ。」

 ハリーは何かに気付いた。

 「でも、現場に来ていたのが警察だけだったっていうのは、警察だって分かっているだろ。俺達が生きているっていうのはバレるんじゃないのか。」

 「確かに、いつかはバレるよ。でも、逃げ切れないと思って自殺したと思うかもしれないし、誰かが撃ち落したと考えて撃ち落した奴を探すかもしれない。どちらにしても、爆発の原因を捜査する。時間稼ぎにはなるよ。」

 ベスティはジャスミンティーを少し飲んで、さらに続けた。

 「だから、今だよ。敵が油断し、混乱している今、カタをつけたほうがいい。」

 ハリーとボブは深くうなずいた。バンはロンドンの街を走り抜けていった。ハリーは、結局ベスティの脱出方法はうやむやなままになったな、と少し思った。