フレンドリー大冒険 第七話

 

 すったもんだの末、空から逃げるのか、下に下りて逃げるのかが決まった。では、決まるまでの彼らの様子をお聞かせしようと思う。

 

 「意見が分かれたな。どうするんだよ、ハリー。」

 少し苛立った様子でボブが聞いた。ハリーも自然と荒っぽい答えになる。

 「分からないよ。いちいち俺に聞かないでくれ。何で俺がリーダーっぽい扱いを受けなきゃならないんだ。」

 「なんとなく。なんとなくだよ。ハリーは一番年上だし、それに剣の持ち主だし。そういう感じだよ。」

 「年上もクソもあるか。こんな状況に追いこまれたら年齢なんか関係ない。落ち着けっていう方が無理だ。」

 黙ってそれを見ていたベスティが、いきなり彼らに妥協案を見せた。

 「じゃあ、こうしよう。空と下からっていうのでいいんじゃないかな。それでいこうよ。」

 ハリーとボブはきょとんとした表情になった。それは危険を察知した時のプレーリードッグの表情に非常に良く似ていた。プレーリードッグは草原に穴を掘り、巣を作る。穴の長さは平均して4メートルくらいである。長いものになると30メートルに及ぶ事もあるという。穴の中にはいくつかの部屋がある。大きさは30X45センチメートルくらいで、たいていは草が敷き詰められている。また、こうした部屋のほかに「サイドポケット」と呼ばれる小部屋もあり、そこは食料の貯蔵やトイレとして使用されている。
 プレーリードッグの天敵は主に、コヨーテやアナグマ、他にはワシやタカなどが挙げられる。だが、これは肝に銘じておかなければならない。最大の天敵は人間なのだ。人間が侵入する前の草原には50億匹もの数がいたとも言われているが、駆除されて現在は100万匹ほどに減少してしまっている。また、ペットとして輸入される事も多かったが、ペストを媒介する動物として日本では輸入を禁止する事が決定している。ハリーは疑問を口にした。

 「ベスティ、それはどういう事だ?」

 「二人は下から逃げて欲しい。僕は空から行くよ。二手に分かれるという事だね。」

 ボブは青ざめた顔で口を開いた。

 「それは言い換えれば、お前が囮になるという事じゃないのか。大丈夫なのか。」

 「大丈夫。」

 ベスティは廊下に備え付けられている消火器をじっと見据えながら答えた。ベスティは思わず父親の最期の姿を思い出しそうになったが、必死にそれを抑えた。ベスティは二人に向かって小さく頷いてみせると、素早く階段を駆け上がっていった。ハリーとボブはそのあまりの速さに、引き止めるタイミングを完全に失った。意を決したボブとハリーも、すぐに階段を駆け下りていった。もちろん、警官になりすましてからである。
 ボブは道中、一段飛ばしを二段飛ばしに切り替えてから、ハリーに聞いた。

 「なぁ。大丈夫なのか、ベスティは。どこに逃げたって着陸した時に捕まるのがオチだろ。」

 ハリーは少し間をおいてから答えることにした。その方がかっこいいからである。

 「あぁ。大丈夫だ。あいつは少し変わった所があるからな。だから、大丈夫だ。」

 全然説得力がない、とボブは思ったが、確かにそういう答えくらいしか出てこないな、と思って黙っていた。しばらく行くと、下の方から光が上がってきた。懐中電灯の光だ。ボブとハリーに緊張が走る。

 「おぉ。お前らどうした。上で何か動きがあったのか。」

 黒ずくめの男達の中のひとりが聞いてきた。ハリーは彼らが警察内の特殊部隊、SFY(スペシャルファミリー)である事に気付いた。警察は本格的に動き出したということである。ハリーはあらかじめ用意しておいた答えをさらりと答えた。

 「敵は銃を所持しており、銃撃戦になりました。多数の仲間がやられ、トランシーヴァーも使用できなくなったため、直接応援を呼びに来ました。」

 「なるほど。御苦労だったな。」

 ハリーとボブは何とか切り抜けられそうだと感じ、ひそかにため息をついた。再び階段を降り始めようとすると、何だかんだで呼び止められた。

 「いちおう、身分証を見せてくれ。奴らが警官になりすましているとも限らんし。」

 ちくしょう。ハリーは心の中でつぶやいた。身分証の写真を見れば、あっさりと別人だとばれてしまう。隣りでは、ボブがもう殺るしかないという顔で銃に手をかけている。ハリーもその結論に達しようとしていた。先手必勝だ。ハリーが覚悟を決め、銃に手をかけた瞬間、轟音が階段内に響き渡った。何の音だ。とっさに踊り場付近にある、小さな窓の外を見る。
 そこには、赤が広がっていた。炎の赤だ。ハリーは、このラジオ局の名前の書かれた破片が空中で回転しているのをはっきりと見た。オフィス街の夜空に炎が広がっていくのは、不思議な光景だった。炎は形を変えながら収縮し、すぐに消えた。赤い残像の残った視線をぼんやりと動かしながら、ボブはつぶやいた。

 「なんてこった。」

 黒ずくめの男達はボブの言葉が聞こえなかったのか、小さく舌打ちをすると、素早く階段を駆け上がっていった。その姿は、すぐに闇に溶けていった。遠ざかる足音だけが彼らの存在を証明していた。が、すぐに足音さえ聞こえなくなり、階段内に静寂が戻った。ハリーとボブは立ち上がる事さえできずに、踊り場に座り込んでいた。

 「爆発したのはヘリか。」

 「ヘリ。」

 この事実を確認する事くらいしか、今の二人にはできなかった。