フレンドリー大冒険 第十話

 

 午後5時、ハリー達は今夜オペラが行われる劇場に到着した。ハリーは不安を抱えていた。ベスティは伝説の剣奪還方法について、現場に着いても何も明かそうとはしなかった。格好も普通のスーツにステッキ、山高帽という平凡な英国紳士スタイルである。

 「僕らの席は二階席だよ。そして、女王は一階席。」

 ベスティはそれだけ言ってさっさと階段を上り出した。ボブとハリーが辺りを見回しながら後に続く。

 「ハリー。ここってさ。」

 「ああ。そうだね。」

 偶然にも、今夜オペラが開かれるこの劇場はハリーがマジシャンに剣(伝説の)を奪われた劇場だった。ハリーは、あまりにもドラマティックすぎる展開に俺自身びっくりしているはずだと強く推測した。

 「ベスティ、奴はいつ頃来るのかな。」

 「奴?」

 「ブラウジーニ女王。」

 ベスティが質問に答えようとした時、劇場全体がざわつきはじめた。ハリー達の2階席から、黒い服の屈強な男達に囲まれた一人のおばさんがフラフラ歩いているのが見えた。ブラウジーニ女王である。

 「おお。俺らの真下を通ってるぜ。ツバ落とそうか。」

 ボブがまた馬鹿な事を言い出した。ハリーとベスティは無視して、女王の腰に目を向けた。ハリーは叫びだしたいほど嬉しかった。ブラウジーニ女王は思いきり腰に剣(伝説)を差していた。

 「ハリー。撃とう。」

 ベスティがボソリと言った。

 「えっ!もう撃つのか。」

 ハリーは驚いた。もっとチャンスをうかがってから撃つのかと思っていた。

 「もうちょっと待った方がいいんじゃないのか。それに、今俺達、銃なんか持ってないし。」

 「待てるわけないよ。」

 ハリーがふと見ると、ベスティは小刻みに震えていた。ハリーは声をかけずにはいられなかった。

 「どうした。」

 ベスティは少し恥ずかしそうに笑った。こんな表情のベスティを見るのは、二人にとって初めてだった。

 「どうしたの。」

 今度はボブが聞いた。ベスティは口を歪めて答えた。

 「いや、あのね。本当に憎い奴を目の前にするとさ、冷静になんかなれないんだって今初めて分かったよ。まだまだ修行が足りないや。」

 そう言って、ベスティは自分のステッキをいじくり始めた。

 「ベスティ。まさか・・・」

 「ステッキは銃だよ。ボブとハリーのもね。」

 ハリーはまわりを見回した。劇場全体が薄暗いため、ステッキをいじっても気付く者は少ないと思われた。しかも、ハリー達の席は大きな柱の陰になっており、まわりからはほぼ死角になっている。ハリーは改めてベスティの持つポテンシャルの高さに感心した。ボブはそんな事おかまいなしに、ベスティに銃の組み立て方を聞いている。

 「ステッキの先をスライドさせて、それから柄の部分を内側に折って・・・・。」

 「すげっ。出来た。」

 「でもね、この銃は普通のとは違うよ。もし、女王に命中したら、もう一度引き金を引いて欲しいんだ。」

 「ん?どういうこと。」

 「一回撃つとね、ワイヤー付きの矢が飛び出すんだ。それで、命中した時にもう一度引き金を引くと、矢は戻ってくる。」

 「つまり、ブラウジーニ女王ごと剣を回収するわけか。」

 「そう。女王の死体ごとね。」

 劇場が少し明るくなった。幕が上がったようだ。観客席からは拍手が起こっている。予定の時間より30分くらい早いようだった。

 「あれ、どういう事だ。早くないか。」

 ボブがつぶやくと、ベスティが吐き捨てるように答えた。

 「どうせ、あいつが『早くしろ』とか文句を言ったに決まってる。そういう人だから。」

 ハリーは焦りながら、もちもちした食感であろう、ベスティの頬を見つつ聞いた。

 「どうする。今撃つか。」

 ボブが答えた。

 「チャンスなんか待ってたら決心が鈍るだけだ。今撃とう。」 

 「ただ銃を早く撃ってみたいだけ」ということが見え見えだったが、確かに正論だとハリーは思った。ステージ上では、太った女性が大声で歌い始めた。「土曜日に野菜をまとめ買いした」とかいう内容だ。

 「知ったこっちゃねぇよ。」

 そう小さく独りごちて、ハリーは引き金をガキンと引いた。