雨の降る日曜の午後7時半。ハリーこと、ハリー・シュトルンツルはマジックショーを観ていた。友人のジェシカが権力を使ってもぎ取ってくれた席は最前列だ。
マジックショーは順調に進んでいた。そろそろ、メインイベントの物体消失ショーが始まる。プログラムを何度も見直していたハリーはそろそろだな、と確信し、わくわくしていた。
「それでは、そろそろあれですね。お客様の中から、何か消してもらいたい、という人はいませんかね。物体消失ショーの時間ですから。」
ハリーと一緒に来ていたのは、ボブ・ディッキ―。テンションが上がりきった彼は、猛スピードで手を挙げた。
「おいおい、本気か?恥ずかしくないのか。やめろよ。」
「ばか野郎。面白そうだろ。こういうのはやるべきなんだ。間違いねぇよ。」
誇り高きマジシャンは、めざとくボブを見つけ、鋭く彼を指差してみせた。
「それじゃあ、そこの水色の頭。そう、君。何か消して欲しいものを私に差し出してください。」
ボブは素早くハリーの腰から伝説の剣を引きぬき、マジシャンに手渡した。ハリーはあっけにとられながら反論した。
「おいおい!何すんだよ。それはやめとけって。大事なもんなんだから。」
「ばか野郎!大事なもんの方がドキドキ感が増すだろう?」
うっく。ハリーは納得した。だって、彼は実際ものすごくドキドキしていたのだから。
「それじゃあ、消します。」
そう気だるくつぶやいて、マジシャンは胸の高さまで剣を持ち上げると、両手で上に放り投げた。剣は天井からの照明に反射して強く輝きながら天高く舞い上がった。4メーターほど舞い上がった剣は、あきらめたように落下し始めた。そして、次の瞬間消えた。
会場から、一気に歓声が上がった。地響きのような歓声はハリーの耳にもしっかり届いていた。
「すげぇ。すごいな、ボブ。見たか今の。消えたぞ。」
ハリーは興奮で耳を真っ赤にしながら言った。ボブも興奮で目が充血していた。ボブはうわ言のようにぼそぼそと答えた。
「すげぇすげぇ。消えたよ。しかも、すげぇ歓声だ。」
マジシャンは満足そうに会場を見回すと、ネクタイをゆるめながら言った。
「じゃあ、次の人。」
ボブは半笑いでマジシャンに言った。
「あのー。剣を返して欲しいんですけど。忘れちゃだめですよ。マジシャン失格ですよ。」
会場からどっと笑いが起こった。ボブは得意そうにマジシャンを見続けた。マジシャンは微笑を崩さずに答えた。
「物体消失ショーですよ。そりゃあ、消えますよ。」
ハリーは頭が真っ白になって、ふらふらと座席に棒立ちになった。消え入りそうな声で聞き返した。
「どういうことですか?剣はどこですか。」
誇り高きマジシャンは胸を張って答えた。
「分かりません。消しちゃいましたから。」
「えっ?えっ?」
「今日はマジで消しました。」
ハリーは自分の顔色がみるみる青ざめていくのが分かった。同時に、会場からはざわめきの声が出始めていた。ボブは、ぽかんとしながらも、状況を理解する事が出来た。“コイツはマジで消してしまったのだ”と言う事を。
同じく状況を理解した観客達からは、次々と消して欲しい物を叫ぶ声が出始めた。
マジシャンが次々と、飲み干したペットボトル、消しゴム、人間、ハンカチ、免許証などを観客の要望に答えて消していく中で、ハリーは呆然と、輝きながら空中を舞っていた伝説の剣を思い出していた。自分のすべき事は分かっていた。
剣を探さなくてはならない。伝説の剣を。