暖炉ーDANRO−



 僕の家には暖炉がある。この暖炉には、代々続く言い伝えがある。暖炉から続く煙突は、別の世界につながっているというのだ。そして、その世界には、たくさんの財宝が転がっているらしい。
 僕は15歳まで待つことにした。15歳になったら、腕力も大人くらいあるだろうし、別の世界でも十分戦っていけるだろうと考えたからだ。

 父は、厳しい人だ。僕は成績のせいで、ほぼ毎日殴られている。父は家ではほとんどしゃべらない。だから、普段から会話はほとんどない。僕が母から言い伝えを聞いた時、父にそのことを話しても無反応だった。

 2000年の12月24日、僕は計画を実行に移すことにした。毎年、この日になると、父は友人達を招いて盛大なパーティーを開く。その騒ぎに乗じてこっそり入れば、しばらくはいなくなった事にも気づかないだろう。

 僕はみんなのいる騒がしい部屋から遠い、暖炉のある部屋に滑り込んだ。皿の擦れ合う音、人々の話し声が微かに聞こえる。
 僕は暖炉の前に立った。小さな部屋には不釣合いな大きさ。言い伝えがあるのもうなずけるような、神秘的な暖炉だ。全体的に黒くすすけている。

 僕は少し不安になって、自分の持ち物を確認した。懐中電灯、水の入った水筒、ライター、寝袋、タバコ、ナイフ。完璧だ。

 暖炉の中から、上に続く煙突を見上げてみた。

 サプライズ。そこには、父がいた。「いた」というよりも挟まっていた。父は大柄な人だ。煙突を通るには少し太りすぎている。僕は、なんとなく父を見つづけていた。足をバタバタさせている。まるで、出目金が泳いでいるみたいだ。

 父と目が合った。父は一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに少し笑顔になって小さくうなずいた。その、照れくさそうな笑顔を見るのは久しぶりだった。最後に父の笑顔見たのはいつだっただろうか。たぶん、10年以上前だろう。僕もなんとなく笑顔になってうなずき返した。

 そして、僕は急いで薪に火をつけた。煙の向こうから、父の激しくせきこむ声が聞こえる。足の動きも激しくなった。ますます出目金みたいだ。

 煙で父が衰弱してくるのを待った。だが、長い時間は待っていられない。父を探しに誰かが来るかもしれないからだ。

 やはり、ここにある薪の量では父に火が届かない。というよりは、いくら仲が悪いといっても肉親を焼き殺すのには抵抗がある。
 僕は、父がどれくらい衰弱しているかを観察するために、父の足をずっと見続けた。

 15分くらいで父の足の動きは止まった。僕は火を消して、父の足を力いっぱい引っ張った。少しずつだが、父は下へ下へとずり落ちてきた。

 10分ほどで、父を暖炉から引きずり出すことが出来た。静まり返った部屋の中で、父と僕の息遣いがやけに大きく聞こえる。僕はすっかり汗だくになっていた。父のせいで汗だくになっていることを考えると、本当に腹立たしかった。

 父が後から追ってこれないように、手足を縛る必要があった。僕は部屋で見つけた縄を持って、大の字で倒れている父に近づいた。

 が、それは迂闊な行動だった。父はジェット機のような速さで起きあがり、僕に飛び掛かってきた。父は意図的に足の動きを遅くしていたのだ。中年とはいえ、すごい力だった。僕は壁に激しく押し付けられた。僕は自分が15歳であることを少し後悔した。だが、怒りに駆られた父の動きは単純だった。僕は次の攻撃をかわし、素早く身をかがめて父のくるぶしに何発もパンチを打ち込んだ。

 父は「ぐむう」という感情的な声を発して、その場に倒れこんだ。僕は父の体に何回も縄を回しては縛った。

 

 思わぬところで時間を使ってしまった。部屋の隅でぐったりしている父を尻目に、僕は暖炉に潜り込んだ。暖炉の中の壁に、手や足を引っ掛けられるようなくぼみがある。慎重に手足をセットする。上を見上げても、そこにあるのは闇だけだった。
 僕は少し心細くなってきたので、大声で歌を歌った。元気の出る歌だと評判の歌を。

 「カミングス−ン カミングス−ン もうすぐ日曜 家族旅行以外の事は考えるな 前だけを見てろ 目の前の家族旅行の事だけを」

 僕の歌声が、暖炉の中で反響して僕の耳に入ってくる。ほとんど家族旅行に行ったことの無い僕には、それがびっくりするほどつらかった。しかし、こんな事でへこたれてはならない。僕は必死に涙をこらえながら、確実に上へ上っていった。

 いつからか、見えていた光はだんだんと近づいてきていた。僕は急いで行きたい衝動を抑えて、わざとゆっくり上った。

 上りきった僕は、どうすべきだろう。とりあえず周りを見回したが、ずっと暗闇の中にいたので、まわりの景色がまぶしすぎてよく見えない。しだいに目が慣れてくる。目の前に広がった景色は見た事のある景色だった。僕の家の回りの景色だ。ただ、いつもと違うのは、その景色が下の方に小さく見えているということだった。道を歩く人達が米粒のように見える。

 言い伝えの意味が、何と言ったらいいのか、そう、ビルの発破作業のようにして理解できた。

 言い伝えにある「別の世界」というのは、少し目線を変えればそこからは違う世界が見えてくるということなのだ。そして、それは「財宝」にも同じ事が言える。財宝は日常の中にいくらでも転がっているのだ。それを財宝として捉えるか、つまらない事として捉えるかは、その人次第なのだ。

 いつのまにか、僕のとなりに父がいた。

 「ちくしょう。何にもありゃしねぇ。つまらねえ言い伝えなんか作りやがって。」

 父は本気で怒っていた。僕は何だかかわいそうになって、少しだけ教えてあげた。

 「目の前にたくさんあるじゃない。」

 「意味わかんねぇ。」

 僕は密かにため息をついて、父を盗み見た。この人もいつか、財宝に見える時が来るだろうか。

 父の長い眉毛が風にはためいている。
「しょうがない人だなぁ」と小さく声に出してみると、少し気分が軽くなった気がした。


       終了                                 もう家族ごっこはいいや