長短篇16連発



1、火達磨

ここ最近、近所で放火が相次いでいる。この前なんか、角の家が焼けちまって、家の主と思しき太った男が、中から火達磨になって飛び出してきた。

男はそのまま俺の前を走り抜け、どぶ川に飛び込んだ。不謹慎なのは重々承知しているが、あえて言わせてもらう。その光景は息を呑むほど美しかった。

それは後日、きちんと本人にも伝えた。


2、オーケストラ

 ベテランの指揮者でも、やはり緊張はするらしい。

 手のひらに「人」と3回書いて、しゅるしゅると飲むそぶりを見せた。

 それを見ていたら、急にうどんが食べたくなった。


3、邪魔者

「じゃ、後は若い人達で、ね。邪魔者は消えるとしましょうか」と伯母が言った。

「そう来たか」と目の前の、着物姿の女が言った。

「はい、じゃあ出席番号1〜5番はAチーム。同じ要領でB、C、Dも分かれて」と体育教師が言った。「俺はBチーム」と、遠い昔の出席番号を思い出して、僕は言った。


4、自殺の名所

車のエンジンを切る音がし、しばらくして、彼は両手をこすり合わせながら部屋へ入ってきた。「どうだった」と聞くと、「だめだ。全然見つからない」と彼は答えた。

「いざって時に見つからないもんだね」と彼は言った。

「リモコンみたいだね」と言うと「ほんと、そうだよな」と言って彼は笑った。


5、息子

俺の十八番、と言って彼は、カラオケのリモコンのキーを押し始めた。

ずっと押してろ、と冷やかしてみたが、彼は聞こえないふりをした。

それでいい、と思う。


6、乖離

あたいは今、女性に高く持ち上げられているの。あたいはレスラーだから、当然。だけど、今ひとつ釈然としないものはあるよね。

だって、この後の展開読めちゃうもの。どうせ、このままマットに叩きつけられるんだ。レスラーの宿命。叩きつけられれば、プロだってやっぱり痛い。ほんと、ため息ばかり出るよ。

そうね、持ち上げられたあたいが悪いって声もあるだろうけど、しょうがないわよ。レスラーのセオリー。これから持ち上げられるって時に、あんまり踏ん張っちゃうと場がしらけるの。お分かり?

でも、もう限界。あたい飽きちゃった。何なの、1.2.3ってのは。やめてよ、馬鹿みたい。いっその事、着地と同時にうんこでもしてやろうかしら。

なんてね、分かってる。それは違うっていうのも分かってる。変な事をすりゃいいってもんじゃないのよね。

オーライ。とりあえず、叩きつけられましょうか。話はそれから。


7、江戸の華

悪代官が「お主も悪よのう、越前屋」と言って、越前屋が「そうかもしれませんな」と答えた。悪代官は紫色の着物を着ていて、越前屋は朱色の着物を着ていた。

雲ひとつ無い夜だった。悪代官は未婚で、越前屋も未婚だった。

二人のいる部屋は六畳で、畳が毛羽立っていた。部屋の四隅に仕掛けられているCCDカメラはダミーで、実際には何も映っていなかった。

悪代官はここ数日、風邪気味だった。越前屋は視力が悪かった。

二人の前に置かれたお膳には、湯豆腐が二つずつ乗っていて、少し冷めていた。二人がいるのは、宿屋の二階だった。

悪代官は、最近観た芝居の話をしようかと思った。越前屋は、妾との不仲を相談しようかと思った。

宿屋の周りには、野次馬が溢れていた。「火事と喧嘩は江戸の華」と、誰かが言った。


8、木こりの本分

チェーンソーには頼りたくない。本物の木こりというのは本来、そういうものだろう。

一本一本、きっちり自分の腕力で勝負したいという気持ち、それは木への礼儀でもある。

だから俺は、己の拳で伐採する。いつか倒れると信じている。


9、えべっさん

「えべっさん、今日も笑うとるわ」と母が言う。母が指差す方向を見ると、一体の木彫りの恵比寿様があった。

「えべっさんて、何の神様なん?」と尋ねると、「へらへらの神様」と母は答えた。

まだ幼かった僕は「ちゃかすなや!」とかみついた。

すると、「ちゃかしてへんわ。へらへらしとったら万事が上手くいくねん」と、真面目な顔で母は言った。


10、コンソメスープとアインシュタイン

 しん、と静まり返った厨房で、私はひとりスープをかき回していた。明日、店に出すコンソメスープ。

 いつから居たのだろう、私のとなりに誰かが立っていた。アインシュタインだった。

 あの、アインシュタインだ。彼は言った。

 「さっきからずっと見てた。けど、そのかき回し方は効率が悪いんじゃないの。円を描くように回すんじゃなくて、前後に往復させるようにしてやった方がいいと思う」

 「化学実験のように」

 「そう。よく知ってるね」

 「学校で習ったから。でも、これは料理だし、何よりも、私はこのかき回し方じゃないとしっくりこない。かき回してる気がしない」

 私の反論を聞くと、アインシュタインは両手で顔を覆った。そして手の中で反響させるようにして、呻いた。

 「そうか、回し手の心理か。それは考慮してなかったな。そうか。うん、それじゃ質問させてもらってもいいかな」

 「どうぞ」

 「それはコンソメスープ」

 「そうだね」

 「なぜかき回すのかな」

 「さぁ、どうだろうね。味や熱が全体に、均等に行き渡るようにじゃないのかな。師匠に手順を教わっただけだから、詳しくは分からないな」

 アインシュタインの黒々とした両眉が、ぴくりと上がった。

 「ひょっとして、まさかまだ理論化されてないのかい」

 呆れた、という表情で彼は言った。料理はそういうものじゃない、と言いたかったが、たぶん彼は聞こうともしないだろう。


11、フレッシュ・ピーチ

 それにしても、と婆は思う。こちらに向かって流れてくる桃の大きさときたら、ただごとじゃない。どう見たって3尺はあるだろう。婆は写真家のように、指で作った枠で桃を捕捉した。

 あの大きさなら、たっぷり食っても2日はもつだろうね。腕まくり、舌なめずりの皮算用。婆の目が爛々と輝く。
 
 来い、ここまで来い。婆は知らず知らずのうちに、大きな動作で手招きをしていた。そんな婆の欲望を知ってか知らずか、桃はいいペースで婆の元へ近づきつつあった。

 婆はしなびた瞼を閉じて、長年の経験を糧に、桃の流れてくるコースを計算した。手を伸ばせば何とか届く距離に来るだろうね。

 途中、幾度か岩にぶつかりコースが変わったが、確かに桃は、婆の読み通りの位置まで迫ってきた。

 「だっしゃ」

 婆は掛け声と共に、精一杯右手を伸ばした。桃の側頭部に指が深く突き刺さる。「ずぶり」と嫌な音がして、果汁の飛沫が上がる。

 「ぷあっ、桃くせぇ」

 婆は憤怒の表情で桃を手繰り寄せた。


12、間欠泉

「ここの間欠泉からは、定期的に高温の湯が噴出します」と言って指差した案内人の手には、いくつか火傷の跡があった。

ははぁ、こいつ何回かここの餌食になってるな。

俺の視線に気付いたらしく、案内人はさっと右手を隠した。

おいおい、何も隠す事は無いだろう。


13、ビッグ2対談

高田 「今回のテーマ、日米関係ですけれども率直に言ってどうなんでしょう。私個人としては大変危機的な状況だと思うんです。」
水木 「うーん。そうね、良いとは言いにくいというのが現状ですなぁ。

 やはりね、水を得た魚と言うんですかな、お互いが強く結びつこうという活力、すなわちエモーショナルな部分がどうしても足りんというかね。」
高田 「あぁ、はいなるほど。」
水木 「米政府のモスカール長官を見ればね、それはまさしく一目瞭然じゃないかと思いますね。彼は典型的なタカ派なわけでしょう。

 日本からの輸入に対しても、高い関税をかけろという指示は明らかに彼によるものですよ。

 日本の、まぁご承知の通り不景気なわけですな、そこからの脱却にかける強い思いというかね、そういう試みを踏みにじることに何の躊躇も見られませんよ、彼に関して言えば。」
高田 「確かに仰るとおりですね。日本政府の度重なる呼びかけにも『エモーションを輸入に導入しようという日本政府の対応は理解に苦しむ。非常に遺憾だ』という発言をしています。
 
 したがってね、輸入という点では、両政府間に妥協点を見出すのは困難だと思うんです。
 
 それに、関税における協議で妥協をしてしまいますと、メンタル面での打撃が経済問題に波及する恐れがあるとの危惧が米政府内に蔓延している部分もあります。」
水木 「そうそう(笑)」
高田 「要するに、米政府は輸入におけるマイナス面にしか目を向けていない。私は、そんな事では米国は潰れてしまうんではないかと、そう思ってしまいます。」
水木 「ただね、とても危うい状況である事には変わりはないけれどもね、救世主に成り得る人物がね。」
高田 「ハイデッガー上院議員。」
水木 「そう。今年の大統領選挙で彼が政権を奪うような事になれば、一変するかもしれませんな。」
高田 「待ち遠しいですね。」


14、ゼッケン・イレブン

やがて見える。いつだって、やがて見える。

私はゼッケン11と呼んでいる。

その人は下り坂でやってくる。黒い長髪をなびかせて。

判を押したように、いつも突然現れる。

背後から私を追い抜き、背筋をすっと伸ばした綺麗なフォームでそのまま前方へ走り去っていく。その背中には白地に黒い文字で「11」という背番号が縫い付けられている。

その人は晴れた日にしか姿を現さない。そして左手に傘を持っている。傘から零れ落ちるしずくが乾いたアスファルトに濃紺の跡を点ける。その点々と続く痕跡は、ぴったり等間隔だ。

ふたたび道路から顔を上げると、ゼッケン11の姿はかなり小さくなっている。私はその後ろ姿をただ見送ることしか出来ない。そもそも、鋭角に突き出たビール腹では追いつけるわけもないのだ。

いつからだろう、私はその人を追い抜きたい衝動に駆られるようになった。怒りといってもいいだろう。ゼッケン11の颯爽としたフォームが私をあざ笑っているような気がしてならなかった。

もちろん、この思いが単なる被害妄想なのは自分でも分かっていた。

しかし、その人に追い抜かれる度に、確実に私の精神は蝕まれていった。

気がつけば、“追い抜かねば私の未来はない”というところまでというところまで追い込まれていた。私の精神はこんなにももろかったのだろうか。

私の肥満体へ警鐘を鳴らす、たった一人のランナー。恩人に恩を返したい。出来れば仇で返したい。

私は毎日朝早く起き、仕事に行く前にランニングをするようになった。
走りこむうちに、足のふくらはぎの筋肉はみるみる発達していった。太もももしかり。あのドーム型の腹は一体どこへ行ってしまったのだろう。寂しささえ感じてしまう。

サンシャインを体いっぱいに受けて走る日々を続け、私は確実に一歩一歩ランナーへの階段を上っていった。

しかし、恩返しの機会が訪れることは無かった。冬のある日、ゼッケン11は重大な過ちを犯した。私の正面に現れたのだ。ムードも侘び寂びも無いその軽率な行為を、私は許せなかった。

ゼッケン11は、その後も何度か以前のようなスタイルで現れたが、もう手遅れだった。私のモチベーションは冷え切り、二度と熱く燃え滾る事は無かった。

一度崩れた様式美は、どう立て直そうとも、見るに耐えないものでしかなくなる。私の腹もしかり。


15、ZAZEN

 スキンヘッドの男がさっきから何か知らんけど俺の肩を叩くんだ。何度もだぜ。

 日本人の友人に誘われ、試しに「ザゼン」とかいうものをやってみたが、何なんだこれは。

 薄っぺらい板のようなもので、いきなり叩かれる。

 俺が、いったい何をしたっていうんだ。

 ファック!

 また食らった。

 俺が悲鳴を上げる度に、隣りの友人がくすくす笑い、友人も叩かれる。この繰り返し。

 友人に叩かれる理由を聞いたら、「雑念があるから」だってさ。

 何だそりゃ。このスキンヘッドに俺の何が分かるのかね。サイキックじゃあるまいし。

 そんなら、俺のパンチかわしてみろ。次やったら、マジでぶっ飛ばす。


16、想像妊娠

 アイリーンはハムスターを口に含み、「体の中に赤ちゃんがいるってこんな感じかしら」と、ハムスターを傷つけないように気を付けて言った。

 こういう時って、男は何て言うべきなんだろう。


17、絶縁体

 向かいの山にのろしが上がった。昨晩から降っていた雨は勢いを増し、絶えず路面をスパンキングしている。豪雨の中、尚三の良く通る声が飛ぶ。

 「出せ」 「開けろ」 

 尚三は畑を荒らすが、駆除される事はない。戦では彼が切り札になるからだ。

 尚三の体は、絶縁体なのだ。


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