元町公園・元町小学校

 JR水道橋駅から水道橋を渡り、神田川沿いに「お茶の水坂」を上がっていくと左手に 「文京区立元町公園」があります。入口左手の門柱に「昭和5年1月25日の開園」と示されていました。
 


 このあたりは昔、本郷村でした。江戸時代初期に「本郷元町」となって明治44年に本郷がとれ 「元町」になったそうです。この「元町」の町名は昭和40年まで続いています。
 やがて「本郷」に戻ったのですが「元町」の名はこの小さな公園と、隣接する小学校に残されています。 ただし「元町小学校」はすでに1998年(平成10年)3月31日に本郷小学校との統合化により 閉校になってしまいました。


 関東大震災の復興事業として造られたいくつかの公園のうち、現存するものはこの公園だけだといいます。 公園正面の階段、テラス、水の流れる階段(今でいうカスケード:上の画像)など、 敷地の高低差をうまく利用して造られています。
 敷地の隅に今では見られないコンクリート製のすべり台がありました。 そしてもう一方の隅にはなぜか西を向いている鳥の彫刻がありました。


 元町小学校の創立は明治44年ですが、この校舎が竣工したのは1927年(昭和2年)です。 震災の経験から不燃性と耐震性に優れた鉄筋コンクリ−トで造られ、しかも内部には水洗トイレなどの 近代的な設備もあったそうです。いわゆる復興小学校といわれるものの一つです。


 閉校後は専門学校などの仮校舎として貸し出されたりしていたのですが、 現在では取り壊しと保存運動の狭間に立たされているようです。
 (元町公園側のフェンス上部にカメラを持ち上げて覗いて見ました)
 

 元町小学校の建物が竣工したのが1927年(昭和2年)と知ったとき、「ほんまかいな?」 と思いました。それは昭和20年代に小学生をすごした者として、あのころの校舎は木造の2階建てが ほとんどだったと記憶しているからです。なのに鉄筋コンクリートのしかも3階建てなんて、 ちょっと信じられませんでした。当時の東京市が震災の復興に力を入れたという意味での歴史的建造物 であると思います。
 さらに昭和の公園、元町公園までも取り壊して体育館とする計画があるらしいのですが、 なんともはや、嘆かわしい限りです。
 

(2007年5月)



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