勝沼ぶどう郷駅の駅前広場を甲斐大和側に進むと、保存されている電気機関車と整備中の公園の脇を抜けて
線路側へと上がる階段があります。
上りきるとすぐに遊歩道となり現用の下り線路の隣に大日影トンネルが見えてきます。
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トンネル入口上部には「大日影トンネル遊歩道」と記されたパネルが埋め込まれていますが、
これ以外は建設時のままの石組みです。とがった形の石が積まれているのも特徴のようです。
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全長1367.8mのトンネルは直線で甲斐大和側に向ってやや上り勾配になっていますが、
出口側を見通すことができます。また、線路の両脇は歩きやすいように砂利の上が固められています。
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レールは当時使用されていたものがそのまま残されています。入口及び出口付近については
遊歩道を整備するときに付け足されていますが、これも隣の深沢トンネルから移設されたものということです。
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トンネルに入るとすぐに黒い煤が付着しているレンガ積みの壁が目に付きます。
電化されるまでに走っていた蒸気機関車から出た煙によるものです。ちなみにこの路線を走る蒸気機関車の写真が
トンネル内でパネル表示されていましたが、普通に見るのと違って後ろ向きでした。
運転手が煙くならないようにするためにとられた方法でしょうか。
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建設には大量のレンガが必要になるため、近くの牛奥村(旧塩山市)で地元の土をつかって焼かれました。
レンガの積み方はほとんどの鉄道構造物でも用いられているイギリス積みです。
(一段ごとに縦と横を交互に積む方式で、これに対して縦横が一列に並ぶフランス積み
(正しくはフランドル積み)があります。)
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トンネル内には保線作業員用の待避所が大中小3種類36箇所あり、中には休憩できる大きいものが2ヶ所、
木製のベンチまでおいてありました。いずれもライトが当てられていい味を出していますが、
そのうちのいくつかには中央本線や大日影トンネルの歴史を紹介したパネルが展示されています。
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ほかに中間地点を示す看板や勾配標(甲斐大和側に25.2パーミル、
勝沼側に25.0パーミルであることを示しているもの)、東京駅からの距離標などの鉄道標識、
連絡用電話機が設置されていました。
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中ほどあたりにレンガが花崗岩の石積みに変わるところがあります。
これは断層によって岩盤が弱い箇所を補強したものです。
また中間地点から甲斐大和側にはレール間に水路が掘られていて湧き水を排水しています。
ただ鉄分が多いためか水路も黄色に変色していました。
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普通に歩くだけであれば約30分で深沢側の出口にたどり着けます。その場所が冒頭の画像にになるのですが
その対面は旧深沢トンネルで現在ではワインカーヴといって貯蔵庫に流用されています。
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深沢トンネルも大日影トンネルと同時に造られ、約1.1kmの長さがあります。
トンネル内は温度変化が少ないためワインの熟成に最適なのだそうで、業者や個人のワンセラーが並んでいました。
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当時、中央本線の開通はぶどうやワインの輸送に大きな影響を与えました。
1913年(大正2年)の勝沼駅開業によっても地域の産業経済に革命をもたらしたとのことです。
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