島嶼から見た朝鮮半島と他地域の交流 ― 済州島を中心に ―
研究代表者
藤田 明良 天理大学 国際文化学部 助教授
共同研究者
李 善愛 宮崎公立大学 人文学部 専任講師
河原 典史 立命館大学 文学部 助教授
成果報告書より
(『青丘学術論叢』第19集、韓国文化研究振興財団、7−130頁、2001年11月刊行)
【序 論】
近年、東アジアを対象とする人文研究においても、一国的な枠組みにとらわれず、国境をこえたヒトやモノの動きや交流を追求することの有効性が明らかになっている。中でもこれまで障壁と考えられてきた海洋を、人間の移動・交流の場と捉えなおすことで生み出された、「海洋圏」「環○○海地域」「海域」などの研究視角は、東アジアの歴史像や地域像についての議論を、おおいに活性化しているといえよう。
朝鮮も三方が海に面する「半島国」であり、そこに住む人々は古くから海と多様な関係を有していたはずであるが、半島住民の海上活動や対外交流などの研究は、決して盛んとはいえなかった。これは資料的制約とともに、朝鮮民族は海に対して消極的、外部に対して受動的という「通念」と無縁ではないだろう。だがこの「通念」には、儒教的農本主義や数百年に及ぶ海禁政策、さらには総督府時代の植民地史観が濃い影を落としており、それらを相対化しながら朝鮮半島と海の関わりを、学術的に再検討することが必要である。
従来の一国的枠組みから見れば、島嶼部は陸地とは異なる風俗・言語を持つ辺境であり、また外敵に対して最前線となる国防の要所である。だが地中海や東南アジアで明らかなように海域世界からみれば、島は船にとって欠かせない寄港地であり、移動の中継地、交流の結節点でもあった。朝鮮半島の西岸・南岸はエーゲ海にも例えられる東アジア有数の多島海であり、東岸にも古くは于山国が存在していた鬱陵島がある。このような島々を舞台に展開する人々の営為を、東アジアの海域交流という視角から再検討することを、この共同研究の目的としたい。
当研究は半島周辺の島嶼を題材に、朝鮮民衆の海上活動や海を介した他地域との交流の実態と、その歴史的性格を検証するものである。具体的には、漁業や漕船など島民の海上活動、島に寄港する人々と島民の関係、島民の他地域への移動と定着、或いは他地域からの島への移入と定着などについて、研究・調査をおこなった。フィールドとしたのは、これまで研究参加者が各々の立場からアプローチしてきた半島南西の済州島を中心に、東海岸と鬱陵島、そして済州島と関係の深い日本側の五島列島などである。
当研究はまず、三人の研究参加者がディスクワークを中心とした事前の調査を個別に進め、その成果をフィールドワークの場ですり合わせていくという方法をとった。これによって、文献史料や考古資料を素材とする歴史学、土地に刻まれた情報を解析する人文地理学、他地域との構造比較によって生態を追求する文化人類学という、三方向からのアプローチを相互に補完補正し、島々に残された人間活動の情報を多面的かつ総体的に引き出すことを目指したのである。またフィールドワークでは可能な限り、現地の状況に詳しい研究者から情報提供やアドバイスを受けることにした。
現地調査は、2000年3月に五島、8月に済州島、9月に鬱陵島・蔚山・釜山で実施した。当初は、すべての調査を全員参加でおこなう予定であったが、スケジュールの都合で、済州島は2名、鬱陵島は1名の参加となった。そのかわり済州島では、済州大学博物館の高光敏氏に全日程参加していただいた。また鬱陵島では、さらに蔚山・釜山など当初予定していなかった東海岸にも、足を運ぶことができた。
フィールドワークの後、或いは合間に研究会を持ち、各々の成果の整理や報告論文の作成方向に向けた議論を繰り返した。ここでも各々の専門分野に固有な論証手法や論理構造、思考の文脈を率直にさらけ出し合いながら、それぞれの弱点や偏向性の補完・補正とともに、新たな研究視角や方法論の模索を追求した。本報告は、その現時点における成果をまとめたものである。
【目 次】
第1部 高麗・朝鮮前期の海域交流と済州島 藤田 明良
1. 済州島へのまなざし
2. 地誌・地図と地理認識
3. 東アジア貿易と耽羅王国の記憶
4. 元の支配と交流の痕跡
5. 朝鮮前期の倭人伝承と海防遺跡
6. 土産に反映した交流史
7. おわりに
第2部 韓国海女の歴史―ワカメ漁場利用をめぐって
李 善愛
1. はじめに
2.戦前におけるワカメ漁場利用
3.ワカメ漁場紛争
4.戦後におけるワカメ漁場利用
5.済州島の海女とワカメ漁場
6.おわりに
第3部 植民地期の済州島における日本人漁民の活動
河原 典史
1.はじめに−近代における日朝間をめぐる通漁と移住漁村
2.近代初期(李氏朝鮮前期)における日本人漁民の展開
3.済州島における水産缶詰工場の立地
4.城山浦の漁業根拠地としての展開
5.植民地期における城山浦の地域的展開
6.おわりに−東・東南アジアをめぐる近代漁業史の再検討
あとがき