−2004/05/05 UP−

■□■ ささやかな祈り ■□■


 かなり前の話になるけど、2月27日、僕はラース・フォン・トリアー監督の『ドッグヴィル』を観に行った。場所は渋谷にあるシネマライズで、1時間前に着いた僕は猫の額のような狭いロビーでパンフレットを眺めていた。
隣の椅子にはカップルが座っていて、見るからにオシャレなシブヤの若者、という感じがしたけど、それはまあ、いいや。男の子の方は、「松本智津夫被告に死刑判決」の号外を広げていて、彼女の方に逐一感想を話していた。聞くともなしに聞いてたんだけど、なかなか的を射た意見だったと思う。そんな男の子の(オウム真理教という体系についての)意見を、女の子の方は「うん。」「そうだねー。」と、「私には良く分かんないよ。」とでも言いたげな雰囲気で相槌を打っていた。関係ないけど、僕がその女の子の立場だったら、宮台真司ばりに、その男の子と激論を繰り広げていたと思う。まあ、それはともかく、男の子はそんな彼女の応対に別に歯痒さを感じるわけでもなく、ただ淡々と映画の待ち時間を過ごしていた。一言で言うなら、どこにでもある光景で、ほんわかとしたカップルが、1人で映画を観に来た野郎の隣に座っていた。
そんな時、いい感じに弾まない会話の中、男の子がボソッと女の子に呟いた。

映画、面白いといいね。

何てことない一言である。
何てことない一言であるが、僕はそれを聞いて、何故だかモーレツに感動して、今の今まで覚えている。
その一言は、何と言うか、絶対的なバランスに支えられた一言だった。
「映画、面白いといいね。」

きっとそうなんだろう。オウムのグルがどんな判決を受けようと、イラクの戦争が泥沼の一途を辿ろうと、年金問題がどうなろうと、この2人にとっては、「映画が面白いかどうか」が今いちばん大切なことなのだ。
隣で聞いてて、とても嬉しかった。その一言は、「映画、面白いといいね。」という何気ない一言は、繰り返しになるけど、絶対的なバランスの上に成り立っていて、映画が面白かったら「面白かったねー。」と言い合って食事にも行ったり。あの役者さん良かったねー、とか、ラスト感動したねー、とか言いながら帰りの電車に揺られたり・・・・・・。
―――うーん、書いてて全然核心にたどり着けないなあ。つまりね、その彼氏の何気ない「映画、面白いといいね。」という言葉の中には、「これからも僕ら、上手くやっていけるといいね。」とか、「いつまでもお互い好きでいようね。」とか、「この何気ない愛しい日々が、いつまでも続くといいね。」という気持ちさえも込められていると、僕は勝手に判断してしまったのである。
世知辛い世の中で、やけにこの何気ないセリフが身に沁みたのは、結局はそーゆーことなんじゃないかと僕は思ったのである。
世の中いろいろあるけど、「映画、面白いといいね。」
「世の中がくるくる回るといいね。」「みんなが優しくなれたらいいね。」
むずかしいことはよくわからないけど、「明日もいい日だったらいいね。」

「明日も、これからも。
僕たちが過ごす日々がいい日だったらいいね。」

・・・そんな風に僕には聞こえたんだなあ。

女の子は、これまた何とはなしに、「うん。」とだけ答えて、
僕は「きみたち、サイコーのカップルだよおおおおおお!!」と抱きつきたい衝動を必死こいて押さえつけたのでした。(←大げさ)

ま、そんな話。

でも悲しいかな、『ドッグヴィル』は悲惨極まりないお話だったので、
あのカップルがどんな気持ちで劇場を後にしたのかは、うん。考えないでおこう。

ちゃんちゃん。






もくじ
#5. ささやかな祈り
#4. 教室
#3.プレイバック tsuyoの日常2003
#2.tsuyoにQ! ミシェルがA!
#1.沖縄によせて