教養教育科目  伝統社会と近代社会

 火曜3限 担当:志田基与師

 第7回:「家族の運命」「少しだけ前の世界」2011.6.7

 

本日からはテーマが少し変わります。
いよいよ伝統社会、と思いきや、まずは日常的な近代社会の様子から。

「家族の運命」というタイトルの下、「近代的核家族」がどんなしがらみの中に存在するのか、小津安二郎の映画「東京物語」とディズニーランドという奇妙な取り合わせでお話しします。

 

まずは、比較的最近の「伝統」と思われている事柄から。基礎知識編です。

0.サラリーマン・専業主婦・学校の誕生:近代社会の基本システム

(1)オヤジの昔語り
  志田が生まれた頃(実は、病院で生まれなかった)、テレビはどこの家にあるものではなかった(今はやりの「昭和30年代」である)。電話(据え置きの!)もなかった。志田は、自宅に冷蔵庫、洗濯機、テレビ、電話、自動車がやってきた日をよく覚えている。日本は第三世界だったのである(というわけで、志田よりもさらに年上の「団塊の世代」は当然発展途上国からやってきた人々である。発展途上国の著しい特徴は、想像を絶する貧富の差がある社会ということである)。
 このころの大学進学率は約10%。志田が入学する頃でさえ25%にすぎなかった(以下の文部科学省のHPを参照せよ

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/001/03090201/003/002.pdf)。
 日本における「昭和30年代」「昭和40年代」こそ、日本の近代化・産業化の著しい時代である(あった)。

(2)近代化する社会

 産業・工業が発達したから資本主義社会になったわけではない。資本主義が産業の発達を促したのである。
 我々の住む世界は情報化し、産業化し、都市化し、賃労働者化し、核家族化した社会であり、これらは「資本主義化」がもたらしたものである。

 (遠距離)通勤をするサラリーマン、
 その妻としての専業主婦、
 学業に専念する子供、
という3点セットは産業革命の産物であり、それ以前の社会とは対照的である。
想像力を働かせてみよう。人口の大部分が農業に従事している社会を考えてみよう。
 1)前近代社会では「通勤」なんてなかった。職場は家の中か家のすぐそばにあった。「仕事」は家族が手分けをして行い、「家事」もまた家族が手分けをして行っていた。近代以前では、女性の大部分も男性と同様に「仕事を持っていた」。現在でも「有業」の女性の大きな部分は、高齢者であって農村部に居住する女性である。
 2)産業社会が作り出した「工場労働」が、通勤と「賃金労働」とを作り出す。
その結果、男性の「仕事」は「賃金の払われる」ものとなり、家に残された女性の仕事は「賃金の支払われない」「家事」となった。「専業主婦」が大量に発生するのは近代産業社会になってからである。前近代社会から近代社会への移行期では「働かなくて済む」「専業主婦」は大部分の女性のあこがれの的であった。もちろん、その価値はどんどん低下するのだが。

練習問題:「シャドウワーク」「不払い労働」「アンペイドワーク」(知っておきたい言葉です)という言葉について調べてみよ。
 3)前近代社会では先祖の残してくれた耕地(あるいは家業)を子孫が受け継いでいく。基本的には職業世襲の社会であった。それにたいして近代産業社会では、適性や能力に応じて職業が変わる。世襲の部分は小さくなる。前近代社会では、子どもに対する教育は親の仕事を手伝うこと(OJT、on the job training)であったのが、近代産業社会では通用しなくなる。家で遊んでいる子どもを収容して「社会で使い物になるようにする」「学校」という制度は、こうした社会状況に応えるためにできたのである。職業に就くまでの「あてのない時期」を「青年期」という。青年期はもともと「モラトリアム」として出現したのである(モラトリアムはもともと金融の用語で、預金の引き出しを停止すること、つまり、本来の義務を免れている状態を意味する、もちろん人間の本来の義務は「生業について」「働くこと」であるのが、この場合の文脈であるが)。

1.近代家族の救済

 

 「近代社会における家族の運命」について述べよう。

それは生成されてから必然的かつ不可逆的に滅亡に向かって進行し、そして永遠に消滅して二度と戻らない。それは死を運命づけられた(mortal)ものである。それは二度と再生しない。結婚に始まり子どもの独立(結婚)で終わるのが家族の寿命であるとすれば、それはたかだか40年ほどに過ぎない。子どもにとっては生まれ育った家族の寿命はもっと短い。人生は80年なのに、家族の寿命はもっとずっと短いのである。

映画「東京物語」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E7%89%A9%E8%AA%9E 

笠智衆 (平山周吉)
東山千栄子 (平山とみ)
山村聡 (平山幸一)
三宅邦子 (平山文子)
村瀬禪 (平山実)
毛利充宏 (平山勇)
杉村春子 (金子志げ)
中村伸郎 (金子庫造)
原節子 (平山紀子)
大坂志郎 (平山敬三)
香川京子 (平山京子)
十朱久雄 (服部修)
長岡輝子 (服部よね)
東野英治郎 (沼田三平)
高橋豊子 (隣家の細君)
三谷幸子 (アパートの女)
安部徹 (敬三の先輩)
阿南純子 (美客院の助手キヨ)

スタッフ

監督 小津安二郎
製作 山本武
脚本 野田高梧 
小津安二郎
撮影 厚田雄春
美術 浜田辰雄
照明 高下逸男
音楽 斎藤高順
録音 妹尾芳三郎

 


http://www.geocities.jp/yurikoariki/ozoto8sss.gif


http://jibun.benesse.ne.jp/publisher/information/tokyomonogatari.jpg

2.小津安二郎「東京物語」の構図

 

 小津安二郎の「東京物語」(1953年松竹 監督 小津安二郎、脚本 小津安二郎 野田高梧)はたんに小津の代表作であるだけではなく、日本映画を代表する「名画」として知られている。

 主要な登場人物は上のようである。平山周吉・とみの夫妻は尾道に住む退職した地方公務員の夫婦であり、次女の京子(未婚)と三人で暮らしている。5人いる子どものうち、長男の幸一は東京の場末(堀切)の開業医(医学博士であるが)であり、妻の文子と長男實、次男勇と暮らしている。同じく東京の下町では長女の志げが美容院(ウララ美容院という、隅田川の近くであろう)を開業し夫とともに生活している。次男の昌二は戦死しており、その未亡人の紀子は会社勤めをしながら一人で暮らしている。三男の敬三(独身)は大阪で国鉄に勤務している。

 老父婦は久しぶりに東京の子ども達に会うために上京してくるが、必ずしも心から歓迎されているとはいえない。長男の家では孫の實が祖父母を泊めるために勉強部屋を取り上げられてふくれており、日曜日に予定されたせっかくの東京見物も幸一が急患の往診に行くために中止になってしまう。長女のところでも仕事の都合があり、東京見物は戦死した次男の未亡人である紀子に押しつけられる。さらに志げの自宅(兼美容院)が美容の講習会の会場になるために、老夫婦は二人だけで熱海に追いやられる。ところが、旅館の相客のあまりのうるささに一泊で長女の家に戻ってきてしまう。しかし講習会があるため老夫婦が泊まる部屋がなく、周吉は旧友服部のもとへ、とみは紀子のアパートに泊まり、翌日東京を後にする。

 帰りの列車の中で体調を崩したとみは大阪の敬三のもとでしばらく休養した後、尾道に戻るが、程なく危篤となり、子ども達が全員揃う前に死去する。

この映画では(他の小津作品も同様に)家族は、つねに欠損や崩壊や消滅への抗いがたい波にさらされている。この映画では、どんな家族であってもそれがやがて消滅する運命にあることを、逃れがたい「客観的事実」としてわれわれに突きつけている。それはたんに「日本の家族制度の崩壊」ではなく通文化的に世界の近代的核家族が背負う運命なのである。

「愛と平穏」「社会から隔絶された私的空間」としての近代的核家族は、その実「共時的synchronic」な家族である。「いま・ここ」を共有しているメンバーの範囲が家族のすべてであり、それは時間的な広がりをもたない。近代家族には過去も未来もないのである。

それにたいして、事実としての形態(盛山19933f.)が「核家族的(夫婦と未婚の子しかいない)」であろうとも近代以前の核家族は直系家族と同様「通時的diachronic」なものであった、少なくとも意識の上では。それは過去から連綿として繋がっており、未来に向けて延長されている。

すなわち、前者においては、ともに暮らすという時間と場所の「共有」が家族らしさの源泉であり、後者においては家名や家業や家産の継承が家族の本質であり、事実としての家族形態が核家族的であっても、意識や規範の上では直系家族的なのである。

近代社会は、職場と住居の分離をもたらした。このことは家族が生産の場から分離されて私的空間になることを意味する。他方で近代社会の業績原理は職業の世襲を否定し、親子の関係は生産現場における上司と部下や、社会化の機能を果たす教師と生徒といった拘束や多様な役割から、愛情と保護の関係に純粋化される。

そこに存在するのは、親密な空間としての(定位)家族の求心性と、子どもが新たな(生殖)家族の形成に向けてはらむ遠心性との両立しがたい対立である。

 

3.家族再生装置としてのディズニーランド


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「東京物語」が公開されたころ、太平洋を隔てたアメリカではウォルト・ディズニーが「夢と魔法の王国」「ディズニーランド」を開業する計画を進行していた(実際の開業は1955年)。ディズニーその人は家族の失敗者であるが、彼のディズニーランドが家族をテーマにしたものであることは、これもまたよく知られている。同じ家族を対象としていても、小津映画とディズニーランドは全く対照的なものに、というより全く無関係のものに映じる。しかし、「家族の運命」にたいしてこの両者は、同一の認識を持った上で、対照的な取り扱いをしているだけなのである。

 「この幸せな場所にようこそ。ディズニーランドはあなたの国です。ここは、大人が過去の楽しい日々を再び取り戻し、若者が未来の挑戦に思いを馳せるところ」というのが開園の際のディズニーの挨拶であり、彼がこれを開園して目指したのは「あらゆる年齢の子供のための『地上で一番幸せな場所』を実現することであった」(能登路199031)。

 現在、他のすべてのテーマパークを尻目にディズニーランドが類似施設の中で抜群の集客力を誇っている。他のテーマパークが開業時こそそこそこの来園者があっても、やがて飽きられ、廃業に至るのとは大きな違いである。

このディズニーランドの「成功」について、さまざまな「説明」が与えられている。(1)アメリカの完璧なコピーであること、(2)莫大な費用をかけた完璧主義、(3)マクドナルドをしのぐ従業員マニュアルと従業員教育、その他。しかし、「本家」のアメリカでも二つのディズニーランドは東京同様の集客力を誇っているし、フランスや香港も盛況であること、他の「本格的」テーマパークが軒並み苦戦していること、マニュアルだけでは客は入らないこと、などを考え合わせれば、これらの説明はすべて間違っているといってよい。だいたい、近代社会における家族は文化による差などほとんど持たない。

ディズニーの成功は、販売しているサービスの質や量にあるのではなく、メッセージである内容にある。ディズニーの長編アニメーションが「家族」を主題にしていることは明白である。さらに一歩踏み込んでいえば、彼の長編アニメーションにはただ一つのストーリーしかない。それは「不完全な家族(あるいは家族がかかえる問題、あるいは家族でないもの)」が「完全な家族」へと転化されるというものである。それは長編アニメーションの第一作であり、継母との危険な関係が「王子様」との幸せな結婚(新たな完璧な家族の形成)で終わる「白雪姫」(1938)から一貫している。「ピノキオ」では、ゼペットじいさんと木の人形であるピノキオとが「親子」になるし、「わんわん物語」(1955)では、野良犬トランプとコッカースパニエルのお嬢さん犬レディーという身分違いが幸福な家族になる。第一に確認しておきたいことは、たとえディズニーアニメーションであっても、家族はもともと潜在的に危機にあるということなのである。

しかし、完全な家族はやすやすと獲得されるのではない。それは運命を受け入れた上での「癒し」として与えられるのではない。幸福な結末の前には、異様な「悪」との文字通り「命をかけた戦い」が挿入されている。つまり、家族は危急存亡の、解体の危機にまでさらされるのである。実際白雪姫は死の眠りにつき、七人のこびとは命をかけて継母の魔女を滅ぼす。ピノキオはゼペットを救うために己の命を投げ出す。飼い主の赤ん坊をネズミから救ったトランプは野犬狩りに捉えられ、レディーとその仲間は命がけの救出をする。家族は幸福なまま放置されることはない。また放置されている家族は決して幸福ではない。理想としての幸福な家族、「救済されている」家族は、反自然的なものなのである。それは、表現の仕方こそ違え(ディズニーはなんといっても基本的にはおとぎ話であるから)、小津の指摘と同様なのである。

家族を滅ぼそうとする悪との戦いに勝つためには「魔法」が必要である。それは「子どもの心」という魔法である。それは文字通り魔術や魔法であることも、テクノロジーであることもある。肝心なのは積極的に悪に立ち向かい、「運命」に立ち向かって理想を実現しようとする不屈の精神なのである(これを「願いwish」という)。その結果家族の再生という「奇跡」がもたらされる。たんに認識や理知によるのではなく、それは一途な「願い」に裏打ちされた積極的な行動によるものである。七人のこびとは白雪姫が生き返るかもしれないと念願して彼女を水晶の棺に納める、万に一つの奇跡を待つ態度が王子の魔法のキスを生む。ピノキオは「よい子にしていれば、いつかは本当の子どもにしてあげます」という「青い妖精」の言葉を信じて命がけでゼペットを救い、妖精は彼を人間の子どもにしてくれる。レディーと仲間の犬たち(動物は子どもと置換可能なものとして表象されている)は野犬狩りの馬車と必死で格闘することによって奇跡を呼び込む。

このストーリー構成はほとんど不動のものであり、人々が「ディズニー」のブランドにたいしてイメージするほとんど先入観となっている。ディズニーは、生存中ほとんどすべてのアニメーション映画に、制作者として細部に至るまで完璧なコントロールを施した。つまり、ディズニーの映画がすべて似ているのは、彼の人格、彼にとっての理想の家族像の投影でしかないからである。そして、映画製作者としては、とりわけパーソナル(個人的)な彼の映画作りが、人格的に統合された、ディズニーブランドとしか言えない作品世界(それは、一人の人格における信念体系として構成されていることから、「思想」ともいえるものである)に結晶するのである。この、同一の主題を繰り返し描く、という点でも小津とディズニーは類似している。

ディズニーランドは、こうしたストーリーを追体験できる場である。彼は、映画のメッセージを現在進行形で提示できるメディアとしてディズニーランドを構想した。ディズニーランドは、彼の思想の三次元的展開なのである。ディズニーランドが個人名を冠しているのは、彼の理想にしたがってこれが作られているからである(当初はミッキーマウスパークの名称も考えられていた)。ディズニー映画が結局一つのメッセージしかもたないなら、ディズニーランドもただ一つのメッセージしかもたない。ディズニーランドが総体として提供しているメッセージは、家族は完璧になれる、家族には救いがある、一家が子どもになり切ることによって、家族のメンバーは家族の永遠性を信じることができる。そうして家族は繰り返し繰り返し再生することが可能であり、結果として永遠の生命をもちうる、というものである。

いいかえれば、同一の基本認識のもと、ディズニーのメッセージは小津の指摘と正反対である。家族は小津のいう運命に逆らって、完璧で永遠の生命をもつことができるのである。その意味でディズニーランドは能登路(1990)がいうように「聖地」である。そこでは、家族は娯楽や慰安を与えられるだけではなく、「家族の再生」という救済もまた与えられるのである。

 このメッセージが人々にいかに受け入れられたかは、数あるテーマパークの中で、「ひとり勝ち」といってよいその集客能力によって存分に証明されている。年間1,000万人を超える入場者の大部分が2回目以降の入場者(リピーター)である、ということは、それが家族にとってのある切実な要求に応えているということを示しはしないか。

 

【文献】

粟田房穂・高成田亨 1983 『ディズニーランドの経済学』朝日新聞社(現行朝日文庫).

粟田房穂 2001 『ディズニーリゾートの経済学』東洋経済新報社.

マークエリオット 1994 『闇の王子ディズニー』(古賀林幸訳)草思社.

蓮實重彦 1983 → 1992 『監督小津安二郎』筑摩書房.

ステファニー・ クーンツ1998家族という神話―アメリカン・ファミリーの夢と現実』筑摩書房.
能登路雅子 1990 『ディズニーランドという聖地』,岩波書店.

落合恵美子  『21世紀家族へ』有斐閣.

田中真澄編 2001 『小津安二郎「東京物語」ほか』,みすず書房.

ボブトマス 1983 『ウォルト・ディズニー−創造と冒険の生涯−』(玉置悦子・能登路雅子訳)講談社.

盛山和夫 1993「「核家族化」の日本的意味」直井他編『日本社会の新潮流』東京大学出版会:3-28



志田基与師(個人HP)