教養教育科目  伝統社会と近代社会

 火曜3限 担当:志田基与師

 第6回:学歴社会と日本的経営(日本型資本主義)の神話2006.5.30.

 

いよいよ(やっと?)「伝統」に関連する内容です。まずは、比較的最近の「伝統」から。

0.サラリーマン・専業主婦・学校の誕生:近代社会の基本システム

 産業・工業が発達したから資本主義社会になったわけではない。資本主義が産業の発達を促したのである。

 (遠距離)通勤をするサラリーマン、その妻としての専業主婦、学業に専念する子供、という3点セットは産業革命の産物であり、それ以前の社会とは対照的である。想像力を働かせてみよう。人口の大部分が農業に従事している社会を考えてみよう。
 (1)前近代社会では「通勤」なんてなかった。職場は家の中か家のすぐそばにあった。「仕事」は家族が手分けをして行い、「家事」もまた家族が手分けをして行っていた。近代以前では、女性の大部分も男性と同様に「仕事を持っていた」。現在でも「有業」の女性は、高齢の農村部の女性である。
 (2)産業社会が作り出した「工場労働」が、通勤と「賃金労働」とを作り出す。
その結果、男性の「仕事」は「賃金の払われる」ものとなり、家に残された女性の仕事は「賃金の支払われない」「家事」となった。「専業主婦」が大量に発生するのは近代産業社会になってからである。前近代社会から近代社会への移行期では「働かなくて済む」「専業主婦」は大部分の女性のあこがれの的であった。もちろん、その価値はどんどん低下するのだが。「シャドウワーク」「不払い労働」という言葉について調べてみよ。
 (3)前近代社会では先祖の残してくれた耕地(あるいは家業)を子孫が受け継いでいく。基本的には職業世襲の社会であった。それにたいして近代産業社会では、適性や能力に応じて職業が変わる。世襲の部分は小さくなる。前近代社会では、子どもに対する教育は親の仕事を手伝うこと(OJT、on the job training)であったのが、近代産業社会では通用しなくなる。家で遊んでいる子どもを収容して「社会で使い物になるようにする」「学校」という制度は、こうした社会状況に応えるためにできたのである。職業に就くまでの「あてのない時期」を「青年期」という。青年期はもともと「モラトリアム」として出現したのである。

 

1.日本は「学歴社会」か?

 「学歴」をめぐる熾烈な競争、「お入学」。個人の事情からいえば、よい人生のためにはよい職業(職業には貴賎がある)、よい職業にはよい大学、それにはよい高校、よい中学、よい小学校、よい幼稚園、よい塾、よい産婦人科、という「序列構造」。こうした「ハードル」を次々と突破することで初めて人生の展望が開ける?

 じつは「よい職業」は社会が決めている。「よい会社」も社会が決める。

 偏差値(受験生のランキング)で決める大学(教育、教員の水準)の序列。結局、内容がなんであれ同一の規準で勝負している。

 よい大学とは、よい受験生の殺到するところ(偏差値の高いところ)である。なぜか? その大学の出身者がよい職業(地位)につけるから(もともと資質の高い者であれば、その学歴は不要だったのでは?)。「よい学歴」ではなくて「よい学校歴」? 人間の資質は18歳の時の学力か? それは一生ついて回るか? 

 学歴社会、あるいは学歴競争は基本的に「発展途上国現象」である。キャッチアップ戦略が有効であるとき、先進部門(そこは、海外に起源をもつ部門であり、先進的であるだけではなく、「おいしい」部門でもある)への社会移動を制限するために「学歴競争」あるいは「試験社会」を用いる。このような「選抜」をスクリーニングあるいはフィルタリングという。すでにキャッチアップが成功してしまっていれば、(1)海外にモデルを得られない、そこで「コピー」「キャッチアップ」の有効性がはかりえない;(2)すでにおいしい部門ではなくなっている。もっと具体的に言うと、「試験を勝ち抜いた秀才が国際競争力をもたらすわけでもなく、また秀才たちの処遇はあっと驚くほどたいしたことはない」ということになる。

 これから必要なのは、個人の個性と適性を無駄にしない、マッチングの重要性である。これからの「成熟社会」では、アイディアが勝負で、他人の真似や後追いではそれこそ「おいて行かれる」。標語的にいえば「フィルタリング社会からマッチング社会へ!」。

 

2.日本における学歴社会の歴史

(0)科挙を受け入れなかった日本(遣隋使・遣唐使以来なんでも「中国」だったのに、なぜ科挙は採用されなかったのか?)。試験と実力。権力と能力。

(1)東大に入試がなかったとき、京大に入試がなかったとき(森鴎外や野口英世のトピックを思い出されたい)。

(2)大学を出ないとなれない職業はあるのか? 医師、歯科医師、獣医。

(3)八ヶ岳か富士山か。陸士、海兵、高商、高師...(既述)。

(4)学歴と立身出世、特権階級の崩壊と社会の平準化。

 

3.学歴社会とはなにか?

 世襲から、実力へ。身分からの解放。中世からの組織(大学)に近代的原理(業績主義)を接ぎ木した。

 学歴社会とは、人間の人生が、どの程度の学歴を得たか、どの学校を卒業したか、によって決定される社会のこと。当然のことながら、(1)学校の制度、(2)学歴によって人の地位を計り、ある地位につける制度(人員配置のシステム)がなければいけない。

 進学率が約40%という数字に注目。入れる者と入れない者、入る者と入らない者。パレート最適。

 プラス面とマイナス面: 学歴を通じた社会移動(立身出世、世代内と世代間)。公平で開かれた社会、効率的な社会の実現。学歴は、地位の一つである。生得的地位(門地、身分など)と獲得的地位(競争社会における職業的地位、試験など)。学歴が身分に転化する。学歴の物神化(フェティシズム)。

 パフォーマンスは前もって計ることはできない。昇進鬱病(その逆に、だれでもその人の無能をさらけ出すまで昇進するという法則もある)。

 

4.日本的学歴社会の問題点

 日本人の人生は、本当に学歴によって影響されているのか。40%とは、不思議なことに「日本的経営」を行う大企業サラリーマンの比率に近い。

 サラリーマンと世襲(自営業、農業)と中小企業。男性と女性。

 「定常状態」でないと意味がない。学歴のインフレーション/デフレーション。

 文化資本としての学歴。学歴の世襲というパラドックス。

 

5.日本社会は特殊か?

  日本「見直し」論と日本たたき。文化の特殊性と「嘘吐き」とはどう違うのか?

 どこの社会、民族、国家にも特殊な側面はある。しかし、共通する側面もある。とくに、外国から「押しつけられた」諸制度、その国が「他国から学んだ」諸制度は、しばしばかなり普遍的で世界共通のものと考えられがちである。日本文化の「特殊性」をめぐる議論のポイントは、じつは特殊な側面ではなく、「共通する側面」にある。たとえば、民主主義;官僚制;資本主義などである。

 

6.日本的経営の特徴は「三種の神器」にあった

 日本的経営が注目されるようになったのは、せいぜい1970年代の終わり頃(2度の石油ショックを乗り切った頃)、その「家族主義」が注目された。日本的経営「三種の神器」とは;

 (1)終身雇用制:一度就職した企業には定年まで勤められる、企業は解雇、一時帰休(レイオフ)を行わない。

 (2)年功序列賃金:給与は会社に対する貢献度ではなく、会社で過ごした年数によって払われる。

 (3)企業内組合:業種、職種をとわず、一つの企業の従業員は同じ組合に属し、企業横断的組合を作らない。

 ついでにいうと;

 (4)企業内教育と企業内福祉(社宅、保養所、利子補給)。

 このほかに日本的「資本主義」の特徴として;

 (1)官庁の「行政指導」:実質はカルテル。護送船団方式。

 (2)株式の持ち合い:企業資本主義、個人投資家の力が弱い。

 (3)系列取引とメインバンク制:「○○チェーンストアー」、○○グループ。

 

7.日本的経営、日本的資本主義は、そんなに特殊ではない

 (1)所有と経営の分離、経営者という職分の分離と実質化。事実上個人株主の影響力がほとんどない。

 (2)政府の経済政策が経済に対してもつ比重の増加(ケインズ経済学的公共投資と、完全雇用政策):失業者(=解雇者)を小さくする政策がとられる。

 (3)組織の高度化:人的資本が高度化し、企業特殊化する(労働力のホワイトカラー化のため)。OJT(on­ the ­job ­training)。首を切れないし、切られにくい。

 

8.日本的経営、日本的資本主義の不思議な点

  (1)企業同士での、市場における「競争」がない。つぶれない大企業。新規参入が難しい(市場の閉鎖性)。

 (2)独創性に欠ける。企業家(entrepreneur)、ベンチャービジネスの不在。

 (3)労働市場が存在しない。従業員の競争がなく、転職のチャンスもない。

 (4)サービス残業、「社畜」、単身赴任、過労死。国際的に見て過剰な労働時間と、それに連動する労働生産性の低さ。

 (5)行政の過剰な権力を生み出す。

 

9.様々な二重構造(大学生には見えないが存在する)なぜ東京大空襲は行われたか

 (1)大企業と中小企業(零細企業):元請け、下請け、孫請け、派遣社員。ショックアブソーバー。

 (2)女性、老人、外国人:雇用調節弁。アルバイト、フリーター、パート。

 (3)自営業・家族従業員、農業・出稼ぎ。

 (4)出向と勧奨退職「肩たたき」、「希望退職」。

 (5)「空洞化」という帝国主義:海外進出と雇用慣行。

 

10.本当はこうしてできた日本のシステム

 4つのソース;(1)前近代日本(江戸時代以前)から引き継いだもの、(2)近代化の産物(明治政府の施策)、(3)戦中・戦後の産物(せいぜい50〜60年の歴史)「1940年体制」。(4)冷戦体制の崩壊と国際化の荒波。

  (1)「イエ」的経営。疑似家族的関係;大名と家臣、商家と従業員、職人と徒弟など。

  (2)近代産業の勃興と欧米型組織の導入;ずっとドライだった戦前の経済界。競争と身分制:「社員」だけが、一生会社にいられる。花形だった「サラリーマン」。

 (3a)国家総動員体制。統制・計画経済と割当制。1940年体制(1941 統制会、1942 戦時行政職権特例、1943 軍需会社法 )。満州国の実験と革新官僚。ナチスとソビエト5か年計画が手本。銃後の守り。大日本産業報国会(1940)。

 (3b)敗戦と経済復興。傾斜生産方式。財閥解体。三等重役と企業民主化。首切りの嵐とあいつぐ労働争議。「電産型」賃金。企業内組合の定着。

 (3c)高度経済成長(19551973)。「終身雇用制」の語はアベグレン『日本の経営』 1958)から。アメリカの傘のもと、東西冷戦時代。

 (4a)ニクソンショック、2度のオイルショック。「希望退職」。

 (4b)バブルの崩壊とリストラ。国際標準とビッグバン。

 

参考文献:

 R.P.ドーア 1978(原著1976)『学歴社会:新しい文明病』岩波書店。

 R.P.ドーア 2005 『働くということ』中公新書.

 M.D.ヤング 1965(原著1958)『メリトクラシー』至誠堂。

 『日本会社原論』全6巻、刊行中、岩波書店。

 『リーディングス日本の企業システム』全4巻 1993 有斐閣。

 カレル・ヴァン・ヴォルフレン 1994(原著1987 『日本/権力構造の謎』ハヤカワ文庫。

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