ココロのらぷそでぃー
むかっ腹の立っていたバノッサはがん、と手近にあった塀を蹴り飛ばした。 「にゃーん」 塀の上にいた、白と黒のブチ猫は驚いたようで、その塀から飛び降りるなりそそくさと逃げて行った。 「チッ」 鋭い舌打ちをして、おまけとばかりにもう一度塀を蹴飛ばす。 周りは完全に酩酊を通り越している酔っ払いと、ゴミばかりで、誰も文句言うような人間はいない。 いや、彼が視界の中に入っていないというのが正しいところか。 彼は荒れていた。 とにかく荒れていた。 何か吐き出したくて、叫びだしたくてたまらないのに、肝心の叫ぶ言葉が見当たらない。 頭をかきむしったところで、その言葉は見つからない。 もとより、ボキャブラリーの少ない頭だというのは、彼本人がよく理解している。 あまり頭のいい人間ではないという事も。 ただ、とにかく、嫌だったのだ。 あの異世界の少女が、他の人間と連れ立って歩いているというのが。 腹立たしい。 それもある。 許せない。 それもある。 しかし、この気持ちはもっと深いところにあるような気がしてならない。 なんというか、自分の財産を横取りされているような感じというか…………。 それが自分もよく知っていて、身近にいる人物だとすればなおさらだ。 腹が立つなら、その原因を取り除けばいい。 バノッサはずかずかと二人に近寄るなり、夏美の腕を強く掴んだ。 「あ、バノッサさん。どうしたんですか?ひどい顔ですよ?」 「うるせえ、黙れ、カノン。それより、はぐれ野郎、ちっと俺様につき合え」 「い、痛い!バノッサ、痛いってば、引っ張らないで!!」 何とか逃れようとしたが、やはり純粋な力という意味では敵うわけもなく、彼の思うがままに引っ張られ、繁華街を後にした。 バノッサが夏美の腕をひいて、つれてきたのはアルク川のほとり。 通りからは離れているため、人目にはつきにくい。 ここなら少々大声を出しても、事と次第によっては押し倒してよからぬコトに及んでも…………まあ、大丈夫だろう、と判断したためだ。 「で、カノンの野郎と何してやがったんだ?」 「へ?」 「耳が聞こえねえのかよ!カノンの野郎と何してやがったって聞いてんだよ」 「買い物だよ」 「ああ?買い物だ?」 「うん、そう。あたしもリプレから頼まれた買い物あったし、一人より二人の方が楽しいし、ね」 確かに夏美の手元を見れば、布の袋に詰め込まれた野菜。 「ここの所、ずっとカノンと一緒になることが多かったから、今日は繁華街の手前で待ち合わせることにしてさ」 あの野郎…………。 バノッサは心の中で唸り、自分唯一の理解者だと思っていた少年も敵だと認識する。 彼女に関しては。 「何か、デートみたいじゃない?」 「嬉しいのかよ?」 「もちろんじゃん!」 笑顔の肯定が非常にバノッサの胸にきた。 「ああ、そうかよ。てめえはカノンの野郎がお気に入りだもんな」 「何怒ってんのよ」 「怒ってなんざねえよ」 「怒ってるって!うー、ごめん、カノンを勝手に引っ張り出して」 「はあ?」 「カノンを勝手に引っ張り出したからバノッサ怒ってるんでしょ?でも、カノンと友達だから、もっとお話したいなあって思って、引っ張り出したの」 ごふ! バノッサ、思わず吐血しそうになる。 「と、友達だあ?」 「うん、友達だよ!仲いいよ!」 にこにこ笑う夏美に、バノッサは頭痛を覚えた。 はたと気づいた恐ろしい可能性。 「おい、はぐれ野郎」 「なによ」 「もしかしてフラットの連中皆友達か?」 「うん、そうだよ。レイドもガゼルもクラレットもジンガもローカスもラムダさんもスタウトもペルゴさんもイリアスさんもシオンさんもエルジンもギブソンさんもスウォンもね!」 「気づいてやがらねえ」 しかもこの連中そろって夏美を想っている連中ばかりである。 「あ、もちろんリプレだってアカネだってカイナさんだってミモザさんだってカザミネさんだってサイサリスだってそうだし、セシルさんはお姉さんみたいで大好きだし、エドスは若いけどお父さんみたいで大好きだし、エスガルドは機械だけど気持ちがあって話すと安心できるし」 とどのつまりは、皆同じレベルで好きということなのだろう。 急にバノッサの目の前が暗くなったような気がした。 「ん?」 ふと、ある可能性に気がついた。 「俺は、どうなんだよ」 「え、バノッサ?」 しばし考えるようにして、小首をかしげる。 「バノッサは、バノッサはなんか、違うような…………気がする」 「どんな風に」 「わ、わっかんないよ!そんなの…………何となくだし」 「ふうん」 満足そうに頷くバノッサ。 彼女のほのかに赤い顔が充分な答えだから。 そんな彼女を、草の上に押し倒した。 「俺は、てめえが気にいってるぜ?」 「ば、バノッサ!?」 「こういうことがしたいほど、な」 笑って、夏美の薄い唇に口づけた。 「ん、ん、ん、んむぅ」 真っ赤になってバノッサを押し返すように彼の肩をどんどん叩いたが、全く効果はない。 そして、唇を離した彼はおまけといわんばかりに、夏美の唇を舐め上げた。 片手は夏美の薄い胸を這いまわっている。 漏れでた吐息がなんともいやらしくて、バノッサは両目を細めて夏美の唇をもう一度吸い上げた。 「くくっ、俺様が惚れてやったんだ、てめえも俺に惚れろよ」 「む、傲慢!」 叩こうとしてのびてきた手を難なく押さえ込み、バノッサは嬉しそうに彼女のほほと言わずまぶたと言わずに口付けをしていく。 「で、でも、そんなあんたも嫌いじゃないかもね」 目をそらして、夏美は照れ臭そうに呟いた。 「はっきりいえよ、お前は俺のもんだってな」 「いーえ、あたしはあたしだし、バノッサはバノッサだよ」 「ふん、馬鹿言え。てめえの全部は俺だけの物なんだよ、夏美」 「バノッサ!?」 初めて名前で呼んでくれたことに夏美はしばし戸惑いを見せたが、やがて嬉しそうな顔をしてバノッサにしがみついた。 「だから、あんまりよそ見ばっかしてんじゃねえよ」 抱きついてきた夏美に満足そうな表情を浮べ、バノッサは夏美の頭を撫ぜた。 「あんまりよそ見ばっかしてると」 「してると?」 「俺がそいつら皆殺しにするかもしれねえぜ?」 ―了―
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