重い荷物と空いた手と。 重い荷物抱えて。さぁこれから何処へ出掛けようか?
「お待たせ〜………って。アレ?」 ぱたぱたと少し大きめの足音を立てながら、カシスは大慌てで目的の人物へと声をかける。 出掛ける約束をして。用意して。折角時間通りにきっちり起きたのにやっぱり待たせてしまって。 急いで外に出てみれば、にっこり笑いつつ平然と自分の荷物まで持っている、彼。 「いや。いいよ別に。それじゃ、行こうか。」 そう言って、やっぱり笑ったままでこっちへと手を伸ばして促す。 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。」 「なに?」 どうかした?とちょっと不思議そうに。でも口元は笑みの形のままで、彼が聞いてくる。 どうしたも、こうしたも。 「………それ。アタシの鞄………」 確かに玄関に忘れないように。と用意はしていたけど。………いつのまに。 「うん。置いてあったから。」 こともなげにさらりと言われる。 「…………結構割と、重かった気がするんだけど………」 だってその中には出掛ける為のお弁当とか水筒とか、あとお腹が減った時の為にお菓子だって入ってる。それにその他諸々。 「うん。まぁ、言われれば重いかもしれないね。」 やっぱりさらりとこう言われる。 冗談じゃない。 「ま、まってよ! ダメだよ! アタシが持つよ!!」 慌てて彼の近くへと走り寄って「返して」と手を差し出す。 だけどその上に置かれたのは、彼の大きくて温かい、手のひら。 「…………なに?」 きょとんとした顔で彼を見上げる。わけがわからない。 「うん。手を繋ぐのかな? と思って。」 そんな彼女の様子に、クスリと笑みを零しながらあっさりと彼は告げる。 「ち、ちがうよ! あたしは荷物を返してって言って」 「――僕と手を繋ぐのは、嫌?」 いきなりやられた不意打ちに内心照れながら。でもここは引くわけには行かないぞ。と、カシスは声を張り上げ……ようとして、彼の声でその先の言葉を塞がれる。 そして、少し哀しそうな。彼の目が。 「――そんなわけ、ない……」 思わず俯いて、小さく呟く。 本当はこうして彼の側にいられるだけでも幸せなのだ。 本当はこうやって彼の側にいることなど、出来なかったのだ。 自分には元々、そんな資格など無いと。思ってたのに。 なのに。 其処から引っ張り上げてくれたのは、他でもない目の前にいる人で。 そんな事無い、と言ってくれるのは。他でもない目の前にいる人で。 だから。 「そんなこと、ないよ。―うぅん。有る訳ない。」 そっと肩に軽く重みがかかる。 そして。その力に引き寄せられるままに、カシスは大きな胸へ頭を微かに寄せて、言葉を続ける。 「一緒に居られること、凄く嬉しい。側にいられて。凄く嬉しい。」 笑ってくれることも。触れてくれることも。一緒に居てくれることも。 だから。 「―カシス……」 「―――迷惑、かけたくないの。だから荷物、かえして。」 何かを言いたそうにかけられた言葉を遮って、ぱっと顔を上げて無理矢理笑顔を作る。 邪魔者なんて、思われたくないから。 嫌われたく、ないから。 「それは駄目。」 だけれどあっさり告げられたのは否定の言葉。 「な、なんで?!」 先刻まで啼いていたカラスは何処へ行ったのか。 思い切り顔をしかめてカシスが呻く。 「どうして? だってそれはアタシの荷物でしょ?!」 「でも中に入ってるのは、お弁当とかだよね。――2人分の。」 じゃあ僕が持たなくちゃ。食べる側としては。 「―――――っ」 にこにこいわれて二の句も告げられない。 こうなった時の彼は有無を言わさぬ事など、わかりきっているから。 「でも………」 だからといって、全部もたせるのは流石に気が引けてならない。渋るように声を出すと「それなら」と言われて、きゅ。と少し強く手を握られた。 「僕を持っていけばいいよ。」 「……………………………………………………………………………は?」 「うん。だからね。」 やはりにこにこ笑いながら彼が言う。 「僕を君の荷物としたら、君は僕が持っている分の荷物まで抱えることになるからさ。」 「……………………………………」 ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしながら、カシスは次の言葉を探そうとして、 「―――――――――恥ずかしい人だね。君も。」 出てきたのは諦めの言葉。 なんかもう、彼にはつくづくやられっぱなしな気がする。 「そうかな? 結構自分でも名案だと思うけど。」 「あー。もういいよ。―――いこ!」 元気良く彼の名前を呼んで。そして小さく力を籠めて手を握り返して。 「―――うん。」 重い荷物抱えて。さぁこれから何処へ出掛けようか?
―了―
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