それは満月が煌々と輝く夜の話。


 ―――が、降る。
 さらさら。さらさら。
 穏やかに、緩やかに。輝きを纏って降り注ぐ。

 そして。

 それを身に浴びながら、ただひとり――――――――


 手を差し伸べる。ゆっくりと。見えぬ相手へと向かって。
「…………」
 仕方ない、と心のどこかで想う。本当は、諦めたくなどないのに。
 でも現実はただただ事実を知らしめる。いくら待っても来る筈の無い。来る訳が無い。夢を見ても仕方無い。コレが結果。それが現実。
「……………」
 無言でキュッ、と手を握り締める。
 仕方無い。
 「   」が来る筈はない。
 約束は果たされることは、無い。
 否そもそも、約束にさえ、なっていたのかどうか。
 ただ、自分が。自分だけが信じて。果たそうとだけ、思っていただけなのかもしれない。
 それでも、問い掛けようとしても答えてくれる相手はいない。

―――――「      」―――――

 一言。
 握り締めた手を見つめながらそう呟いて。

 彼の人物はその場を後にした。


 
AS FOR ONE DAY
 
 
 
 とある日の昼下がり。夕暮れ間近。街行く人々が家路を辿るその様子をじっと見ながら、ナツミはぽつりと公園のベンチに座っていた。
「……………」
 ベンチの上で、膝を抱える。
 見えるのは、早目に終わったのだろうか。仕事帰りだろう思われる大人達。
 良い天気だから出てきたのだろう。犬を連れている人。
 時間が来たからだろう。遊び倒して帰る子供達。
 迎えに来た、お母さんの手に連れられて。
 お母さんの。
「――――――――」
 それらを見ながら、膝を抱えた手に力を籠める。
 自分も、本当はそろそろ帰らなければならない。リプレや、みんなの待っている、フラットへ。
 でも。
「――――おかあ、さん……………」
 その手を引いている、暖かな笑顔を見て、良いな。と思う。羨ましいと思う。
 もう何日。会っていないのだろう。1日。2日。そんな軽く言える日数じゃない。1週間。2週間。降り積もった思いはどんどん重くなっていって。
 だって。こんな事になるなんて思ってなかった。
 ずっといるものだと思ってた。其処にあるのが当然だと。
 まるで空気の様に。
 
 最初は。結構気軽に考えてた。学校もないし、勉強も、宿題もない。となると当然頭の痛いテストもなくて。成績の悪さで怒られることもなくなると思った。
 忙しかった部活もなくなったし、バイトもなくなった。それらは少し寂しい事だったけど、別段気にすることでも、無かった。ただありのままに「あぁそうか」と受け止めた。
 ただ、いつもしていた友人とも他愛ない会話や、冷やかしを含めた街へ繰り出しての買い物、カラオケなどの娯楽が無くなったのはつまらない、と思った。
 異世界に来て、失ったものは多かった。
 その代わり手に入ったものも、多かった。
 
 ただ、両方とも。「望んだ物ではない」という共通点だけが、其処に鎮座していた。
 
 
 
「――――っはー。」
 どれだけそうしていたのだろう。大きく息を吸って、手を離す。固く握りしめていた手はいつの間にかしらんで、微かに痺れていた。
 それを解す為にひょいっと立ち上がり、大きく伸びをする。
 ついでに軽く身体を左右に回転させる。1回。2回。ラジオ体操の様に。
 痺れも大分取れて。感覚が戻ってきたのを確かめて。そうして腰に手を当てて。
 口を開いた。
「―――なんか、よう?」
 ずっとそこにいたでしょう?
「ねぇ?」
 振り向かないで。声だけで。
 でも判ってる。知ってる。だから名前は呼ばない。
 
 その代わり、声音に色を乗せて。
 左手には召喚石。右手には短剣を用意して。
 
 見えぬと判っていて、ゆっくりと。笑んだ。
 
 
 
 カサリ、と木の葉の擦れる音がした。
「―――――自惚れンなよ。」
 今までもたれていた木から体を離し、返される言葉。その色はどことなく不機嫌で。
「なんで俺様が、手前ェに用があるんだよ。」
 敵である、手前ェに。
 言われて夏美は軽く首を巡らして微かに目を見張らせる。どうしてなんて。そんなの。
「敵だから。」
 さらりと告げる。
 敵だから。また喧嘩をふっかけに来たのかと。
「当然じゃ、無い?」
 そう思うのは。自分達の立場から考えて。今までの経験から、考えて。
「―あぁ。そうだな。」
 否定はしない。元々自分が短気で好戦的に出来ていることなど、自覚しているし、そう在るのが寧ろ楽しいとさえ思う。
 けれど、今は。
 何故だろう。そんな気にはされない。なれない。
 どうでも良いと、思う。
 おもう、のに。
「―――やるんでしょ? また。」
 イイヨ。サッサトヤロウ?
 焦れて、身体ごと相手へと向ける。予想外だ。こんな事。
 さっさと終わらせたい。本当は良い時に来てくれた。丁度良い。ムシャクシャしてたから。
「それともなに? 珍しくその気無し?」
 そんな訳、無いよねぇ?
 と、わざわざ揶揄を籠めた目で相手を見る。
「…………そうだな。」
 のにも係わらず、彼は気の無さそうな返事を返す。つまらない。つまらない。つまらない。
 こんなの、つまらない。
「なによ。今日は随分と腑抜けなのね。」
 折角こっちは戦る気満々なのに。
「信じられない。拍子抜け。」
 ばっかじゃない? らしくなさ過ぎる。
「それは、俺様の台詞だと思うが、な。」
 向けられる挑発に乗ることも無く。ただ淡々と口を開く。目線だけは彼女から外さぬまま。
 否。外せぬまま。
「らしくない? あたしが?」
 アハハ。と声を出して笑う。それはどこか無邪気で。けれど。
「――――気付いてねぇなら、考えろ。」
 苦々しく思いながらも、表情にはそれを出さずに言葉を紡ぐ。
「…………まぁ、判らなくも。ねぇがな。」
 
 ぴくり、と。
 手が動いた。その後で心が動いた。
 沸き上がった衝動のままに、口を開いた。
「―――なんですって?」
 乾いた音が響いた、その後で。
 
 
 
「今、なんて言ったの?」
 駆け寄って。振り下ろされた手はそのままに、ナツミは低く、小さい声で言葉を重ねる。
「答えなさいよ。今、なんて言ったの?」
 誰が。誰の。
「アンタなんかに何が判るって言うの?」
 彼が。自分の。
「アタシの、何を。判るって言うの?」
 心の中を。
「―――――自惚れんじゃ、ないわよ。」
 らしくないとか。どうだとか。
「アンタなんか、敵の癖に。」
 
 むかつく。
 
「…………そうだな。」
 けれど彼は淡々と返す。相変わらずその表情に感情は映していない。
 叩かれた頬にさえ、手も当てない。それが余計に彼女の神経を逆立てると知りながらも。
 彼女は気付いていない。
 らしくない。
 いつもなら、こんな事は言わない。
 ―街中で剣を交えることを彼女は好まない。
 ―無関係の人間の前で戦うことを好まない。
 ―他人を巻き込むことを彼女は好まない。
 ―自身の力を行使することを彼女は好まない。
 だから。らしくない。それにさえ、気付いていない。
 しかもここは公園。少なくなったとはいえ、まだ人はいる。
 そんな所で、彼女から。
 だから。
「今はそんな気分じゃ、ねぇ。」
 無感動に告げる。
「なによ。アンタこそ、らしくないじゃない。」
 挑発に乗らないなんて。
「――――勝つと判ってる相手に、手を挙げる趣味は、ない。」
「『負ける』、の間違いじゃない?」
 クスリ、とナツミは嗤う。
 どう考えたって、自分が負ける筈はない。剣技は確かに及ばないかも知れない。でも、自分に与えられた力を使えば、召喚術を使えば結果など目に見えている。
「………自惚れんなよ。」
 微かに眉を顰めて強く告げる。
「虚勢を張るのも大概にしやがれってんだ」
 強気に口端を上げる。
「誰が虚勢を張ってるって言うのよ。」
 ムッとしてナツミは手を胸に当てる。
「いつもアタシに負けてる癖に。」
 腰にも当てて、馬鹿にした様に嗤う。自分を鼓舞する様に。
「俺様はまだ、死んでネェ。」
「ナニソレ。」
「生きてる限り、負けじゃネェよ。俺様が認める意外は、な。」
 ヘッと鼻で笑う。
「精神から打ち負かしてから『勝った』と言いやがれ。それが出来なきゃ、殺せ。」
 戦場では生きるか死ぬかだろう?
「ナニソレ。負け惜しみ?」
 実際に勝てないから、そんな事を言うの?
 力もない癖に。
 言いながら、苛立ちが募っていくのがはっきりと判る。
 むかつく。苛々する。何で彼はこんなに冷静なんだろう。
「アンタこそらしくないじゃない。」
 いつもなら放って置いても、嫌だと言っても戦いを挑んでくるのに。
「大体、『勝ちが判ってるからイヤ?』 ナニソレ。」
 普通は、勝ちが判ってる方がやりやすくて良いんじゃないの?
「なんとでも、言えばいい。」
 フン、と鼻を鳴らして身を翻す。興味が失せた。
「俺様は、ギリギリの状態を楽しみたい。そこにある緊張感を、楽しみたいだけだ。」
 無論、それに勝つことは当然だが。
 最初から判りきっている戦いなど、自分を堕落させるだけだ。
 緊張感の中に身を沈めてこそ、生きていると感じることが出来るのだから。
 ならば、自分は。
「俺様は、強い奴と戦う方が良い。」
 目の前の彼女には、用はない。少なくとも今は。
 だから。
「――あたしが弱いって言うの?」
「帰れ。手前ェを待ってる奴らの元に。」
 怒気を孕んで掴みかかろうとするナツミの手をあっさりと振りほどく。
「答えなさいよ!!」
「―帰れ。そして無理すんな。」
「―――なっ!!」
 誰が。
 無理していると。
「――――帰れ。」
 フラットメンバーの元へと。
「――ここは。戦場にしちゃ、いけねぇ場所だろう。」
 未だ子供と母親がいる、この場所で。
 
 自身の母親を思いだしてしまう、この場所で。
 
「―――帰れ。」
 
 少なくとも。今は。
 
 
「――待って。」
「あぁ?」
 公園の外。通りから外れた裏路地。
「………なんだ?」
 歩幅の違う彼を追いかけて、いっそ走って。そして呼び止めて。
「…………あ、の。………さ」
 はぁ。と息を大きくひとつ吸って。ナツミはキッと顔を上げる。
「なんで?」
「あぁ?」
 振り向いて、思いっ切り不機嫌に返される言葉。その返事はいつもの彼らしくて、なんとなくホッとする。
「なんで? なんでアンタが気ィ使ってんの? いつもなら、そんな事気にしやしない癖に。」
 目的の為なら手段を選ばない。その為になら多少卑劣な事もする。そう、フィズだって人質にされた。
 なのに。
「なんで。アンタが公園にいた母子を気にすんのよ。」
 おかしいじゃない。
 それに。なんで。
「……………俺様にだって、母親はいた。」
「――――は?」
「そして子供だった時があった。それだけだ。」
 つまらなさそうに告げられる言葉。
「………え、と?」
 意味がよく判らないんですけど?
「――失って判る重みなど、知らない方が良い。」
 大事だった。
 大切だった。
 世界の中心だった。
 失って、その重みは増した。それは今も尚、続いたまま。
 
「―――それって………」
「判らないなら、それで良い。」
 それに越したことはない。
「用はそれで終わりか? はぐれ野郎。」
 それならば、とばかりに身を翻して足早に去ろうとする。
「あ、うん。…や、……待って!!」
 言われるままに頷いて、少し考えて。その間にさっさと歩を進めていた彼にまた声をかける。
「………なんだ。はぐれ野郎。」
「――初めてだね。」
「ああ?」
 訳が判らないとばかりに大きく示される不機嫌の色。
 短気な彼らしくて、どこか嬉しく思う。
「呼称。今日初めてアタシのことちゃんと呼んだね。」
 微笑みかける。笑いながら小走りで近付く。
「『はぐれ野郎』っつーのが、そんなに嬉しいのかよ。」
「や。うん。本当はあたしの名前で呼んで欲しいけどね。でも、アンタ呼んでくれそうにないし。あたしン中だと、それもう徒名みたいなもんだし。」
 だから少し。
「嬉しかったよ。そんだけ。」
 たとえ皮肉の入った呼称でも。
 それはきちんと自分に向けられたモノだから。
「………………馬鹿じゃネェか? 手前ェ。」
 向けられたのは、あからさまに呆れたと言う目線。
「あぅっ。その視線が痛い!!」
 にょあ!と言いながら手で視線を遮る。
「イヤ違うな。馬鹿か。」
 クッと口端を上げて笑う。それならば、いっそ諦めもつくというもの。馬鹿には何を期待しても無駄なのだから。
「あ。ひどいー。あたしは激しく傷つきましてよ。」
「それはそれは。大変なこった。」
「うん。だからね。」
 にぃッと笑顔を浮かべる。先程とは違う、人を喰った様な笑み。
「………なんだ。」
「だから、そのうちちゃんとあたしを呼んでね。」
「あぁ?」
「そうだなー。全部が終わった時とかさ。勿論その前でも良いけど。」
「一寸待て。俺様は承伏してねぇ!」
「良いじゃなーい。ケチケチしないでさ。いつでもいいよ。どこでもいいよ。でも、いつかちゃんと呼んでね。」
 あたしの名前。
 『橋本 夏美』
「ね。いいでしょ? 約束。」
 あたしを傷つけたんだから、責任取ってよね?
 にこーっと笑って小指を伸ばす。
「なんだよ? その指。」
「指切りー。って、あ。知んない? んじゃいいや。小指貸して。小指。」 
 出された指の意味が分からず、胡乱気な視線が送られるのを無視して無理矢理小指を絡ませて「うーそつーいたら はーりせーんぼんのーます」と恒例の歌を歌う。
「コレねー。あたしの世界での約束の印。」
 てことで。ヨロシク!!
「勝手にソンナンしてんじゃねぇ!」
 がぁっと怒る彼を笑いながら、ナツミは身を翻す。
「あはは。だってー。きっと怒ると思ったんだモーン。」
 そしてそのまま小走りで駆けてゆく。無論、帰る為に。
「じゃあね! 約束だからねー!!」
 いつか名前で呼んでね!
 ある程度離れた辺りで、くるりと振り返って手を大きく振る。
「はぐれ野郎!」
 内心舌を出しながらまた駆け出し始める。名を呼ばれても無視して駆ける。これ以上文句を言われたくはない。
「                  !!」
 
「………え?」
 また大きな声で怒鳴られた。
 それに思わずナツミは顔を振り向かせて。
 そして大きく顔を綻ばせて。
 
 
 
 
 光が降り注ぐ。
 小さい、小さい光はゆっくりと、穏やかに世界を癒していく。
 けれど。その光を行使する自分は癒されない。
 
 光の雨にただ一人。身を沈めて。小さく呟く。
 
 
 差し伸べた手を戻す。届くことはないと知っているから。
 血に染まってしまった手を、彼の人物が取ってくれることなどないと、知っているから。
 手を離すつもりはなかった。
 手を染めるつもりもなかった。
 約束を、自ら補語にするつもりも。
 そもそも、叶える気のない約束など、約束とは呼ばないのだから。
 
 けれど。
 もう。
 約束が叶えられることは、ない。
 言葉を口にしても。言い募ろうとしても、届かないのでは全く意味はない。
 
 残るのは空しさばかり。
 残るのは切なさばかり。
 別れの言葉さえ、言えなかった。
 
 果たされぬ思いを抱えたまま。そうして独り。
 その場を、後にした。
 
 
 
それは満月が煌々と輝く夜の話。

―了―


相変わらず、訳がワカランなぁ。

何かを意図しようとして、あっけなくちった心地。
構成力が無いんですよねー。と言うか、本気で予想外。嗚呼。
つー事で諦めました。色々と。(ぉぃぉぃ

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