ねぇ、あたしの事どう思ってる?
 
「――――馬鹿か。」
「あー。そゆ事言う?」
 あっさりと言われた言葉に、ナツミは少し頬を膨らます事で抗議を示す。
「生憎、くだらねぇ事に付き合ってる暇は無いんでな。」
 言いながら、自分の躯に絡み付くマントを煩わしげに払う。
「―っそ。まぁ別に、期待してなかったから良いけどねー。」
 ころころと笑いながら白いスカーフに視線を移す。先刻まで自分の襟元にあったものだ。それが今は手の中で遊ばれている。
 ―目の前にいる、人物の、手の中で。
「ッは。相変わらずだな。手前ェは。」
 有る意味イイ度胸だと。言外に告げながら鼻で笑う。わざわざ解答を期待していない質問など、なんの意味があるというのか。
 そんな他愛のない話をする仲でもないのに。自分達は。
「良いじゃない別に。言って減るモンでもないしー? 上手く答え聞けたら御の字でしょ?」
 元々期待していないんだから、答えが無くても傷つかない。失望しない。最初から過度な期待を寄せる仲でもない。
「だって敵同士だもんねー?」
 アタシタチ。
 ねぇ?と楽しそうに笑う。否、実際とても楽しいのだけれど。
「つまらん答えだな。」
 何を今更。判りきった事を。
 こちらも鼻で笑い飛ばして口端を歪める。刻まれた表情は喜悦の形。実際とても楽しい。だから手も動く。
「でもさーぁ? アンタは気になんないの?」
 唇に指を一本。すいと当てながら問い掛ける。
「なにがだ?」
 言葉を重ねる。本当は言いたい事は判っているのだけど。それでも。
「んー? 言わせる気?」
「だからなにがだと聞いてるだろう?」
 口端をくっと上げる。
 当てていた指をぺろりとなめる。舌を出して。
「ヒキョウモノー。」
「言葉に示されてもいない、確実性の薄い解答をわざわざ言う気にはならないんで、な。」
「ずっるいの。」
 言葉のやりとりと共に感情もかわし合う。ここにいるのは二人だけ。気にする相手も、気を付けなければならぬ相手も居ない。視線が集中するのは目の前の人物にだけ。
 他愛ないやりとりが、とても楽しい。
「でもまぁ、イイや。」
 指が動く。背に手を回す。
 胸に手を当てる。その先の言葉を促す。
 行動で示す。問い掛ける。その目線で。
「ノセラレテあげましょう?」
 喉の奥で笑う。肺に空気を流す。言葉を紡ぐ為に。
 思わず零れそうになった小さな音は噛み潰して。
 
「ねぇ。あたしがアンタの事、どう思ってるか。」
 聞きたくなぁい?
 
 
 
「…その言い方だと、俺様が手前ェに頼んだ様にも聞こえるな。」
 『言って下さい』と。わざわざ。
 些か憮然とした声音で彼が返す。紡がれた解答には目もくれずに。けれど表情は笑ったまま。
「ん? 違った?」
「違うな。」
 手前ェが勝手に聞いた事だし、勝手に答えを求めて、勝手に解答を言ったまでの事。だから。
「勝手に俺様の所為にしてんじゃねーよ。」
 微かに眉根を寄せながら抗議の声をあげる。中に感情は籠めずに。
「それはそれは。大変失礼を致しまして。」
 くすくす笑いながら、依然動かされる手は止めずにまるで籠もっていない謝罪の言葉を口から零す。
「あぁ、全くだ。」
 彼もまた笑う。その動きは休めずに。味わった事のない感情。こんな楽しさを彼女と会って初めて知った。
「で? ドウナノ?」
 背を撓らせ、躯を少し浮かせながら彼の解答を促す。
 言わせたんだから、代価は払って貰わなければ割に合わない。そう募る様に。
「手前ェが勝手に言った事だっつっただろうが。」
 知りつつも。否、知っているから生まれた僅かな隙間に手をねじ込んでその大きさを広げる。
「いーじゃんそれ位。」
 それともコレも駄目だって言うの? アンタは。
「……別に興味がねぇな。」
 鼻で笑い飛ばす。そう、興味があるのはもっと別の事。
 手を広げる。目的の箇所に手を沿わす。そして反応を見る。このひととき。
「つっまんないの。」
 今度こそナツミは不満をあからさまに顔に出す。なんだかコレだと自分一人だけだだをこねてる様にしか見えない。
「―判ってた答えだろう? どうせ。」
 その表情さえも、言葉さえも。本気でないと。
 判っているが故のやりとり。それでも。
「でも。言って欲しかったんだもーん。」
 軽く言葉にする。期待なんかしてないけど、それでも聞きたい時だってあるのだと。聞いてみたい時だってあるのだと。
 だから。
「さぁな。」
 答えをやる気はない。やる暇もない。少なくとも、今は。
「あ、そ。」
 多少つまらないと思いながらも。けれどそれでこそ『らしい』と思って、ナツミは軽く笑う。
 そうして。笑いあう。口は閉じて。
 ただ手を動かして。体を動かして。髪を揺らす。
 汗を散らし。視線を交わし。獣の様な声をあげる。
 視線を絡め。相手を見つめる。ここは二人だけの世界。
 要らないものは排除して。追いかける。相手の動きを読んで。
 
 其処にあるのは喜悦の表情。
 誰も邪魔するものは居ない。邪魔さえ出来ない。
 そうして獣の姿で打ち合う様は。まるで。
 
 
 
 幹に身体を預けて、頭に腕を当てながら。
「――先刻の話だがな。」
 最後にきちんと言葉を交わした時から大分時間を経た後に。
 唐突に彼が言った。
「へ?」
 軽く髪を玩びながら、ナツミはきょとんとした表情を向ける。
「とりあえず、手前ェが先に言うなら。―――考えてやらねぇでも、ないぜ?」
 その呆けた顔を見て、楽しそうに笑いながらどうでも良さそうに言い捨てる。否実際。非常にどうでも良い事なのだが。
「―――はぁ?」
 なんだそりゃ。
 きょとんとした顔に、更にぽかんと大きな口をのせて。ナツミは動かしていた手を止める。
「それってつまり。知りたいって事?」
 『あたしがアンタの事どう思ってるか。』
「いや? つーか手前ェが言いたいんじゃないかと思ってな。」
 聞きたい時があるというのは。聞いてみたい時があるというのは。
 そしてそれを自分から言い出すというと言う事は。
 ―結局の所。
「―――はぁ?」
 なんだそりゃ。
 眉を思いっ切り10:10の形にして声を出す。
「思い上がりもイイトコじゃない? それって。」
 むっつりと頬に空気を溜めながら返事を返す。
「別にどうだって良いんだがな。俺様は。」
 相変わらず軽く鼻で笑いながら彼は薄く瞑っていた目をこちらへと向ける。
 その様子はなんだか余裕に見えて。
「―――むっかつく。」
 憮然とした表情で彼を見据える。
「じゃあ、聞かないでおいてやる。」
 あっさり言い渡される。
 だから。
「―――言ってやるわよ。」
 お望み通り。
「言えばいいんでしょ?」
 腰に手を当ててフンと胸を張る。
「無い胸何座いくら張っても目立ちゃしねぇぜ? ついでに『言え』と望んだ覚えも、な。」
 そう言って態度は依然変わらぬ人物に腹が立ったから。
「あたしはねぇ。」
 だから。
「あたしは。」
 にこやかに笑いながら。
「ダイッキライよ。」
 心の底からの言葉を。
 
 目の前の彼に。
 
「アンタなんかね。」
 だいっきらい。



「そうか。」
 けれど彼は、さして興味も無さそうにまたも目を閉じる。
「………そんだけ?」
 その反応に些かつまらなさそうにナツミが腕に手をかける。
「つまんないのー。」
 吐露される感情。
「判りきってた事だからな。」
 すげなく返される言葉。
「あーそー。」
 そして本日何度目かに吐かれた台詞。
「アンタのそゆ所が嫌いなのよ。」
 面白く無さそうに身体を預ける。先刻まで自分が居た場所に。
「奇遇だな。」
 自分も、別に好きじゃない。
「むっかつくわ。」
「同感だ。」
 お互い視線も合わせぬまま、言葉だけ交わす。
 
 ただ、混じり合うものだけが暖かい。


「――ところでさ。」
「なんだ?」
 がらりと変わった声音と話題に、片目だけを開いて彼女を見つめる。
「今度からさー。このマント、外してくんない?」
 気軽い要請。そして持ち上げられる大き目の布。
「――あぁ?」
 返事は心底嫌そうな声音で。
「そいでもって、貸してくんない?」
「―…………面倒クセぇな。」
 からりと言われた更なる要請の裏側に気付いて、彼は軽く眉を顰める。
「だってさー。痛いんだもん。偶にだけど。」
「………考えといてやる。」
 自分のマントを貸す事も。痛める原因についても。
 煩わしそうに耳を掻く。

「あぁそれと。」
 軽く片目を瞑って、口に手を当ててにっこり笑う。
 その様子からまだ何かあるのかと辟易した表情を見せる彼に向かって軽く一言。
 
「先刻のあたしの質問の、答えも。ね。」
 
 
 −ねぇ。 あたしの事、どう思ってる?−
 
 
―了―


存外に短く。私的に珍しく。
割と楽しく書いてたですよ。偶にはこゆのも良いですな!
そして久々のSS更新。
相変わらず纏まっていないのは黙視の方向で。


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