突然。居間で一人のんびりしていたらリプレが言った。 「ねぇ。ナツミの世界の服って、どんなのがあるの?」 「―は?」 はるうらら 「だからー、どんなのがあるの?」 にこにこ笑いながら、ナツミに近付いてくるリプレ。 その目は、かなりマジだ。 「えっと………どんなって言われても………」 うーんと首を傾げながら、どう説明したらいいのか悩む。 「………ひとまず、ここではあまり見ない服、かな………?」 思い返すだけでも、モード系からギャル系から、コンサバ系から。千差万別。 更に、自分で着たことはないが、ロリータ系や、それから派生したゴスロリ。そこまで行かなくても軽いヴィジュアル系もある。 「もー。だから、それがどんな物か知りたいのよ。」 腕を腰にあてナツミににじり寄る。 「そんな事言われても…………」 自分には絵心は無いし。 困ったように笑いながら、リプレの視線から逃れようと手を前に出す。 「あ。そういえば。」 「そう言えば?」 うーんと、ナツミは首を捻る。 「うん。確か。友達から借りたファッション雑誌が鞄の中にあった、気が………」 ”ナツミは、いつもシンプルなのが多いんだから! コレ見てチョットは勉強しなさいよね!!” そう言って、わざわざ貸してくれたクラスメイトの顔を思い出してクスリと笑う。 正直、自分はあまり興味がなかったのだけれども。 それでも。その気持ちだけで嬉しかった。 「………なぁに? その…『ふぁっしょんざっし』?って。」 リィンバウムには、写真などがなさそうだから、知らないのも当然か。 今度はリプレがきょとんとした顔をナツミに向ける。 「えーと。色んな服の、デザインが載ってる………本、かな?」 しどろもどろになりながら、答える。 他にも、ティーン誌のには色々なことが載っているのだけれども。 まぁべつに。読めないだろうし。 「本当?!! それで良いから、見せてくれる?!!」 それを聞いて、リプレは顔を輝かせながらナツミに詰め寄る。 物凄く、楽しそうだ。 「うんいいよ。―でも、何で急にそんな事を?」 リプレの様子に、きょとん?と小首を傾げながら問い掛ける。 そりゃぁ。彼女は元々自分達の世界の料理などに興味があったようだけれども。 「あぁ。だって。そろそろ衣替えの季節でしょう? 新しく服を作るのに、参考にしてみたいなーと思って。」 「あ。成る程。」 「それに、ナツミの服も。新しいのがないと駄目でしょう? すーぐ汚すんだもの。」 リプレはそう言いながら、ちちちっと指を振る。 「あぅ…………御、御免。」 確かに、自分が流した血やら、返り血やら。それにはぐれ召喚獣の体液もあれば、さらには魚釣りのせいで跳ねる水で出来た染みも、あっただろう。 それをひとつひとつ洗い落とし、破れた所を細かく繕ってくれているのはいつもいつもリプレで。 「………本当に。いつも御免ね………」 「や、やだ。別に責めてる理由じゃないのよ。………まぁ。ただもうチョット、怪我はしてくれない方が私も嬉しいけど。」 しゅんと項垂れるナツミに、リプレは慌てて手を振る。別にそんな顔をさせたい訳ではないし。 「………ん。ありがとう!」 「アハハ。良いのよそんな事。―で。」 ぱっと顔を上げ、明るく笑うナツミにリプレはにこやかな笑みを貼り付けたまま続ける。 「―で?」 「ナツミの世界の服。教えて?」 ―大丈夫。材料ならここにどーんとあるから!! 「………リプレ。目がマジだよ……………」 「とーぜんよ。」 穏やかな日が差す居間で。 どこから取り出したのか。裁縫箱と大漁の布地に埋もれながらにこやかに笑うリプレがそこに居た。 「うーん。こんな物かしら?」 ―数時間後。 「うわぁぁぁ。リプレすごーい。」 ナツミが歓声を上げる。 「うふふふふ。そう? 何だかそう言われると照れちゃうな。」 「ううん。本当に凄いよ! 作業も凄い早かったし………」 尊敬の念を込めて、ナツミはリプレを見つめる。 あの後。ナツミはリプレに紙とペンを持たされ、ひたすら自分の世界の服について説明をしたり、雑誌を見ながら服の構造について説明をしたりと、てんやわんやだったが、完成された物を見ると、そんな苦労もなんのその。 それ位、リプレが作った服は素晴らしい物だった。 「あはは。だって、古着の利用が殆どだったもの。―それにしても、ナツミの世界の服って、面白い事するのねぇ………」 出来上がった服の完成度を確認しながら、リプレが言う。 基本では似通った所はあるものの、あわせ方とか、形が違っていて、面白い。 「うーん。この世界から見ると、そうかも。」 たはは、と笑いながらナツミも完成した服をじっと見る。 「でもコレ。良い出来だよー。凄いよリプレ。」 「そう? ありがとう。………じゃ、早速試着。してもらっちゃおっかなー?」 「―はい?」 今、「試着」と聞こえた気が。 「……誰が?」 きょとんとしながら、リプレを見る。 「ナツミが。」 当然でしょう? といわんばかりにリプレもナツミを指差す。 「―コレを?」 「だって。褒めてくれたじゃない。」 それとも嫌なの? そう言いながら、リプレは服を手に取りナツミの身体と合わせてみる。 目算だったけれども、サイズはピッタリの様だ。 「え?う。うぅん。嫌じゃないよ!! 嫌じゃ無いけど………その…………」 「なぁに?」 「……………あまり、着たことがない感じの服だから………」 そう言って、照れたように笑う。 「それに。リプレの服は?」 自分はてっきり。コレはリプレが着る物かと思っていたのに。 「やだ。私は良いのよ。まずは、ナツミから☆」 そう言って、手をパタパタと振って笑う。 それに。 (………それに。何だか変わった感じのデザインだし…………) 「え? なんか言った?」 「うーうん。さ。早速着てみてくれる?」 小さな声で、本音を漏らしながらも、リプレはにこやかに笑ってナツミに服を渡し、部屋に押し込める。 「着替え終わったら、教えてねー☆」 そう言って、パタンと扉を閉めたリプレには。黒い翼があったとかなかったとか。 数分後。 目をキラキラと輝かせながら、リプレはナツミに詰め寄る。 「似合ってるわよー! ナツミ!! 着心地はどう?」 自分で作って置いて何だか。その出来とモデルの相性に満足そうに頷く。 「うん。何処もきつかったりしないよ。良い感じ。」 ―でもやっぱり、何だか照れるね。 いつもの自分と違う服だからか。照れくさそうに頬をぽりぽりと掻いて、ナツミがへらっと笑う。 「そーんなこと無いわよ〜。やっぱり同じ世界だからかしら? 似合ってるわ!!」 「そ、そうかな……? ありがとう……」 顔を真っ赤にして、ナツミが更に恥ずかしそうに笑う。 「でも。この服だと、あんまり飛んだり跳ねたり出来ないかも……」 服の裾を摘みながらそう呟く。 「なに言ってんのよ! ナツミは女の子なんだから! あんまり乱暴な事、しちゃ駄目よ。」 そう言って、リプレが少し寂しげに目を伏せる。 「リプレ………」 「争いごとは、嫌いよ…………。身体に傷なんて作って欲しくないわ………」 いつもいつも元気なのは良い事だけれども。 それでも。争ったり、怪我をしているのを許容している訳ではない。 だからこそ、この服のデザインを選んだのだから。 「うん………そだね。ありがとう………」 リプレが、自分の事を考えてくれたのが嬉しくて。微笑む。 本を貸してくれた友人もそうだが。自分はなんて恵まれて居るんだろう。 「あーぁ。なんかしんみりしちゃったね! そだ。ナツミ。チョット頼まれてくれる?」 ぱっと顔を上げてリプレが快活に笑う。 「え? ―うん。いいよ。なに?」 ナツミもつられて、笑う。 「うふふ。簡単よ。ちょっと、お散歩してきて欲しいの。」 そう言ってにこにこしながらナツミをくるっと回転させ、玄関の方へと背中を押す。 「はぇ?」 「そうね。場所は、何処でもいいわ。それこそ危険な場所でなければ、何処でも。」 「え? あ、あの? ―この、格好で?」 さっぱり意図が飲み込めず、あたふたと手を動かす。 「そうよ。その格好で。―新しい服を、見せてらっしゃい。」 玄関まで押し出して。にこやかにリプレが笑う。 今日はアルバとレイドは剣術稽古。 エドスとジンガは石切場。 子供達はソルに面倒を見て貰って、中央公園へと遊びに行っている。 「あ……………」 そうだ。あの人に。見て欲しいかも知れない。 「うん。行って来るよ! リプレ。」 リプレの意図する所がやっと判って、ナツミはぱぁっと顔を輝かす。 「はいはい。夕御飯までには、帰ってきてね?」 そう言って、笑いながらナツミが自分が作った服の裾を翻し、走って出ていくのを見送る。 「あーあ。あんなに走っちゃって。」 あんまり飛び跳ねたり出来ないようなデザインを選んだのに。 それでも、彼女にはそうして走っている方が似合っている。 元気が一番似合う少女。 「………さて。」 そう言って、とたとたと家の中へと戻る。 そして、おもむろに掃除用具の中身を確認し、洗剤が切れていないかとか、雑巾とブラシの調子も確かめる。 「これからが、忙しくなるわねー。」 その日。サイジェントではあちこちで血の雨が降ったとか、貧血者が続出したとか何だとか言われているが。定かでは、無い。 ―了―
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