それは久々に天気のいい日の話。
(あぁ。良いお天気……。お洗濯して、外に干さなくっちゃ……)
寝起きで、どこかぼんやりしたまま水守はそう考える。
(そうだ。ついでにお布団とかも干したりして……)
頬に手を当てて、ぼーっとしながら行動を起こす。
それはいつも通りの日常。
ひだまりのうた。
「おはようございます!みっのりさ〜ん」
「水守です。…おはよう、ございます。」
ドアを開け、朝食の用意を。と思った瞬間。目の前にクーガーが居た。
「どうなされたのですか?こんなに朝早く……あ、朝御飯ならいますぐ用意しますので。」
彼の行動はいつも驚かされるが、相変わらずその奇抜さに慣れない。
慣れないと言えば、彼が名前をキチンと言ってくれないことにも。慣れない。
「いぇいぇ。お気遣いなさらず。」
「では、何か?」
顔に「?」マークを浮かべ、小首を傾げて水守はクーガーに問う。
その横で、お茶を入れるためにお湯を沸かす準備をする。
「はぁい。今日は、何日かご存じですか?」
喜色満面の笑みを浮かべ、両手を広げながらクーガーは水守に問う。
「今日ですか?えぇと…」
最近慌ただしいことが多かったので、何日だったかしら?と水守は思いをはせる。
「2月14日ですよ。」
と。聞き慣れた声が答えをくれた。
「ナイスだしゃっちょ〜!!」
そう言って、日付を教えてくれた橘にバッ!と手を伸ばし、クーガーはそのままポーズを取り、例のように早口で喋り始める。
「そう。今日はまさしく2月の14日ァ!! それが示す意味とは?! そう!! バレンタインデーです!!
「あぁ。おはようございます。橘さん。今、朝御飯の用意をしてますから。」
「おはようございます。水守さん。朝御飯はゆっくりで良いですよ?
まだ他の人達も寝ているようですし。」
バレンタインデー。それは世の中の恋する女性には甘い甘い、それこそ女性達自身がチョコの様な日ですが、私たち男性にとっても、自分に誰かが思いを寄せて居るだとか、意中の相手は自分にチョコをくれるのだろうかとかとても気が気でない、甘く酸っぱい日なのです!!
「そうですか? でも、今お茶の用意をしていますので。」
にっこり笑いながら、お茶を入れる水守。
「おはよー。相変わらず、早いのね。桐生さん。」
「おはようございます。水守さん。起こしてくださればいいのに…」
水守と同室で寝ている、シェリスとかなみが部屋に入ってくる。
「おはようございます。だって、よく寝てたんですもの。」
手伝うと言って、かなみが朝食の準備に参加し、朝に弱く、基本的に料理をしないシェリスは橘の居るテーブルに座る。
「おはよー橘。ね。アレ、何?」
「あぁ。あれですか? いつものですよ。」
「ふぅん。相変わらず、よく喋るわね〜。ねね。劉鳳は?」
ちらりとクーガーを横目で見るも、すぐに気にもとめずに一番気になる人のことを聞く。
「これもいつもの事ですよ。カズマはまだ寝てるでしょうし、それを見た劉鳳がそろそろ叩き起こそうとするでしょう。」
クーガーのいつもの長い口上の横で、いつもの通りに和やかに談笑する。
「それにしても……」
ふと。水守が何かを考える様な仕草を取る。
「? どうしましたか?」
かなみがパンを持って、小首を傾げる。
今日の朝食はミモザサラダとバターロール。それに身体に優しいスープだ。
「あぁいえ。あの…」
水守がちょっと、もじもじしながら俯く。
所で知っていますかみのりさん。(水守:「水守です!」)あぁ〜。失礼いたしました。
このように、女性から男性へ想いを伝えるのは日本だけだと言う事を! 欧米ではなんと。日ごろの感謝を込めて男性が感謝の気持ちを伝えるそうなのです!
そこでですね!! このワタクシ。ストレイト=クーガーは考えました!!誰よりも早く! 誰よりも最速である私は! 今日この日。先にあなたにバレンタインデーの贈り物をさせて頂きましょうと!! そう!バレンタインの当日! 早朝に!!あぁなんて早いんだ俺は………最高だ。また世界を縮めてしまった………。そんな訳で受け取って下さいみのりさ〜ん!!」
クーガーが綺麗にラッピングされたプレゼントの箱を思いっきり差し出した瞬間。
「水守です。あの…バレンタインデーって。なんですか?」
「はぁ?」
「うっそ!」
「…知らないん、ですか?」
恥ずかしそうに告白する水守。
びっくりして思わず聞き返す橘。
思わず前につんのめるシェリス。
おそるおそる聞き返すかなみ。
そして。
「おぶすとらくしょぉぉぉぉん!!」
「あ、あの!クーガーさん?!!」
涙を流し、ハンカチを噛みしめ、そのまま最速で走り去った男が置いていったプレゼントだけがそこにあった。
「馬鹿ですね。あなたは。」
溜め息と共に、その走り去っていった男に向けてぽつりと呟いたのが誰だったかは公然の秘密。
***
「あの人のことはさておいて。」
ドップラー効果をつけながら走り去って散ったクーガーをさらりと流し、橘がくるっと水守の方へ向きあう。
「桐生さん。知らないんですか?バレンタインデー。」
「はい。あの…噂程度には、聞いたことがある様な気もしますが……何の、日なのですか?」
皆が物凄く驚いた様な反応を示したので、更に顔を赤くして訪ねる水守。
「劉鳳には?贈ったこと無いんですか?幼馴染みなのでしょう?」
不思議そうに、橘が聞いてくる。
「劉鳳とは…昔、半年間しか一緒にいなかったので…」
つまり。丁度2月には重ならなかったらしい。
その後ホーリーでも一緒の職場にはなったが、確かに2月を迎える前にこうして今、ここにいる。
「いっが〜い。桐生さんでも、知らない事って有ったのねぇ。本土では何もしてなかったの?」
流石に、この手のことに興味があるのか。それとも別の理由か。シェリスが楽しそうに聞いてくる。
「…本土では。そういえば、学生の時に誰かがお菓子を持っていたことがありましたが……あまり、私に関係がなかったので……」
頬に手を当てて思いをはせる。
そういえば、2月頃にはいつも父である忠範が、「水守。お父さんに用は無いかい?」と聞いてきた記憶がある。
そして「? 何か用ですかお父様?」というとがっくり肩を落としていたような記憶も。
今まで、アルターについての研究が忙しかった事と、恐らく本人の資質である鈍さが手伝って、その手の事には一切関わりがなかったらしい。
「あの。女性が、男性の方に、お世話になった感謝の気持ちを込めてチョコレートを贈ったりする日なんです。」
かなみが、おずおずと説明する。
「そーそー。元はどっかの偉いおっさんから来てて、贈り物とかは関係なかったと思うけど。何でっかチョコレートなのよね〜。お菓子会社の陰謀よね! それで、義理チョコと本命チョコってのがあって〜。…ッと!」
ころころと笑いながらシェリスが言っていたが、途中で「しまった。」とでも言う様に慌てて口を塞ぐ。
「義理と本命、ですか……? 感謝の気持ちに種類なんてあるんですか……?」
水守が不思議そうに訪ねてくる。
対照的にシェリスの顔は冷や汗がだらだらだ。
「…あの。シェリスさん?どこかお加減でも悪いんですか? 凄い汗が…」
きょとんとして、かなみもシェリスを不安げに見つめる。
「なななな!なンでもないのよ!!おほホッ!」
そんな視線からごまかすように、シェリスは明後日の方向を向いて声を裏返しながら高笑いをする。
(やっば〜。もし本命チョコとか教えたら、劉鳳に渡しちゃうじゃない!!)
そんな心内を水守とかなみは知らない。
が。
その場にいるはもう一人の人物はしっかり見透かしていた。
そう。橘あすか。その人である。
「シェリス……」
呆れた様に、橘が言う。
「な、何よ? 橘…」
少しどもりながら、応えるシェリス。
「素直に教えてあげればいいじゃないか。」
「イーヤーよっ!! だってもしそれで劉鳳に本命とかあげたら意味無いじゃない!!」
なるほどごもっともだ。
「でもさぁ…」
「るっさいわね!!言ったらただじゃ置かないわよ橘!!」
キーッ!と擬音が聞こえてきそうな勢いで、シェリスが橘に詰め寄る。
「???????」
水守には、何が何だかさっぱりだ。
「あ。桐生さんは。なんっにも!気にしないでネェ〜♪」
にこやかな笑顔で言い放つシェリス。
(女っておっそろしいなぁ。)
その変貌振りに、橘がため息をつく。
いつもの事なのだが。未だに慣れない。
が、そのため息をシェリスは見逃さなかった。
「チョット。なによ橘。そのこっそりため息は!!」
「別にこっそりじゃないよ。君こそ言わないなんて。ケチ臭いよね。」
悪びれもなく、真顔で橘が言う。
「なぁんですってぇ?!! 「トンでナイス☆」の癖にぃ!!」
キィーッ!と指を突きつけて、シェリスが橘の触れられたくない過去に触る。
ーぽいっ。
ゴス。
にこやかな笑顔を浮かべながら、橘が自分のアルターである宝玉をシェリスに投げつけ、良い音を立てながらシェリスが固まる。
「あ。あの。橘さん……? シェリスさんが……」
騒動の中心に居るであろう水守には、この展開はやはりというか。さっぱり判らない。
「あぁ。水守さんは、なにもお気になさらず。」
依然、笑みを貼り付けたままの橘の額に、青筋が浮いていた事を水守は知らない。
***
因みに。その間、マイペースで動いていたかなみが既に朝食の準備をキチンと整えていた。
「それじゃぁ。カズ君を起こしに行って来まーす。」
「あ。ごめんなさい。ありがとうかなみちゃん。」
うっかりかなみ一人に用意を押し付けた事を謝り、先程入れていたお茶を水守は温め直す。
「いつも水守さんがやっていてくれますから。気に、しないで下さい。」
ぺこり。とお辞儀をしてほてほてとカズマ達が寝ている部屋へと向かう。
「劉鳳さんも。毎朝毎朝。よく飽きないなぁ。アレで起きないカズ君もカズ君だけど。」
そう。毎朝毎朝。
自分の用意はしっかり終えた劉鳳が、今だ寝ているカズマを見ては『いい加減に起きろ!!』と叫んだり、叩いたり、布団を剥いだり、果てには殴ったり、蹴ったりするのだが、元々寝起きの悪いカズマはそんな事ではびくともしない。
カズマを起こす方法は唯一つ。
「カズくぅ〜ん。朝御飯出来たよぉ〜」
まさに鶴の一声。
「あぃよ〜」
それまでいくらやっても起きようとしなかったカズマが、かなみのこの一言でのっそりと起きあがる。
「やっぱり。カズ君を起こすにはご飯を出すのが一番だね。」
うん。とかなみは満足そうに頷いた。
「ふぁ〜ぁ。今日の朝飯は何だろな、っとぉ。」
ぼーっとしながら、カズマが劉鳳の横を通り過ぎようとする。
「貴様…………」
怒気を孕んで劉鳳がカズマの前に立つ。
「……ンー? 何でお前がここにいんの?」
未だ眠いのか、あくびをしながらカズマが聞き返す。顔には不機嫌の色が一杯だ。
「毎朝毎朝。もう少し早く起きようとは思わんのか!! それに起きた後の布団はキチンとたたむか整える位したらどうだ!!」
貴様がやらねば誰がそれをたたむと思っているのだ!!
それは勿論水守か、かなみのどちらかでしょう。
朝からテンション高く、劉鳳がカズマにつっかかる。
「ンだよ。俺が何しよーと勝手だろ?」
寝起き不機嫌真っ最中なのでカズマもポーンと勢いよくテンションをあげる。
「やるか?!」
「無論だ!!」
あっさり臨戦態勢に入った二人が拳を繰り出した瞬間。
ーガチャ。ー
「カズ君も劉鳳さんも。早く来て下さいね〜。」
「あぁ……」
「今。行く………」
かなみがひょっこりドアを開けた向こうで、タイミングをずらされたカウンターがお互いの顔面にクリーンヒットしていた。
「いつもの事だけど。カズ君大丈夫かなぁ?」
両者 ノックアウト。
判定 ドロー。
ドアを閉めた後ろで、何かが崩れる音が聞こえた。
***
「あぁ。かなみちゃん。……劉鳳とカズマさんは?はどうしたの?」
迎えに行った筈のかなみが一人で戻ってきたので、水守は小首を傾げながら問う。
恐らくはいつもの事だろう、と容易く想像は出来るのだが。
「いつもの事です。もう少ししたら来るそうです。」
「そう…仕方ないわねぇ……。」
緩く頭を振って、かなみが言うと、顔を見合わせて、二人で笑う。
そうして二人の為にあるモノを用意する。
「それじゃあ。先に食べてしまいましょうか」
相変わらずの事なので、橘も笑って朝食に手を伸ばす。
「いただきます。水守さん。かなみちゃん。」
「はい。どうぞ。」
「召し上がれ。です。」
かなみも席に着き、水守が二人の分のお茶を注ぐ。
「うん。美味しいですよ。これ。」
その味に、満足しながら橘だけが箸を進める。
かなみと水守は、劉鳳とカズマが来るのを待っているし、依然固まったままのシェリスは無論、論外だ。
「あ。テメェ!!ナニ先に喰ってやがんだよ!!」
ガチャリとドアを開けて、カズマが入ってくる。頬が少し赤い。
「おはよう。カズ君。はい。」
ほてほてとカズマに近づき、先程用意ししておいた濡れ布巾を差し出す。
「おはようございますカズマさん。劉鳳。」
「あぁ。おはよう水守。」
同じく、水守も劉鳳に濡れ布巾を差し出し、二人分のお茶を用意する。
「そんな事より。何でテメェが先に飯喰ってンだよ!!」
ガーッと、カズマが橘に突っかかる。
「あなた達が遅いから、先に頂いたまでですよ。」
さらっと、受け流す橘。
「だーかーら!喰ってンじゃネェよ!!」
席に着きながら、喚くカズマ。
「うるさいですねぇ。あ。すいませんがかなみちゃん。そこの塩を取って頂けませんか?」
「食事中だ。五月蠅いぞカズマ。すまんが、かなみ。俺にもそこの皿を取ってくれないか。」
「お前等二人!かなみを使ってンじゃネェよ!」
だぁぁぁっ!!と更に喚くカズマ。
「はい。」
素直に、塩と皿を出すかなみ。
「オメーも差し出してんじゃねぇ!!」
「もー。うるさいよ。カズ君。今日のご飯。抜きにしちゃうよ?」
ピタ。
「いただきます。」
「はい。どうぞ。」
鶴の一声パート2。
かなみの一言で大人しくなったカズマが、静かに朝食を食べ始めるのだった。
***
「所で…。」
「なぁに? 劉鳳。サラダのお代わりでもいる?」
ふと。劉鳳が不思議そうに、ある一点を見つめながら言う。
「あぁ。済まない水守。頂こう。」
「どういたしまして。」
嬉しそうに、水守が劉鳳の皿にサラダを盛る。
こんな日が来るなんて。夢の様だ。
「それで? なんなんです?」
ぼうっと、ささやかな幸せを噛みしめている所を、橘が現実に戻す。
そうでもしないと、話が進まない事だからなのだが、この二人を見ていると少し苛立ってくるのは、何故だろうか。
「あ。あぁ。何故。」
「何故?」
「何故、シェリスはあそこで立ったまま、動かないんだ?」
…………………………………
「あぁ。」
思い出した様に、ぽん。と手を打つ橘。
ついでに、動きを拘束していた宝玉も消す。
「きゃぁぁ。シェリスさん!! 大丈夫ですか?!」
水守が慌ててシェリスに駆け寄る。
「たぁ〜ちぃ〜ばぁ〜なぁ〜」
ゆらぁ〜っと、動きながらシェリスが橘の首を絞める。
「うん。御免。『わざと』忘れてた。」
動きを縛っていた直後だし、シェリス程度の力では全然平気なので、そんな首締めなんのその。橘はつらっとしていた。
***
「あぁ〜ん。もぅ! やっぱりアタシには劉鳳しか居ないわ!」
よほどさっきの事が据えかねたのか。劉鳳に泣きつくシェリス。
が。
「水守。済まないがお茶をもぅ1杯頂けるだろうか」
「えぇ、構わないわ。劉鳳。」
「ありがとう。水守。」
先程と同じ様に、またも二人の世界に入り込みつつある二人。
「…………」
「さっぱり聞いてない様だけど?」
あぅあぅと、指だけを指して口を動かすシェリスと、あはは。と笑いながら突っこむ橘。
「なぁ。そんな事よりよぉ。」
かなみに言われたとおり、大人しく一心不乱にテーブルの上に載っていた『全て』の朝食を平らげ、カズマが腹をさすりながら口を開く。
「あ! チョット。アタシまだなにも食べてなかったのにぃ〜!!」
シェリスが信じられないとでも言う様にカズマを見る。
「おぅ!! かなみの作った物以外は美味かったぜ!!」
満面の笑みでカズマが言う。
「もー!! 何で『あたしの作った物以外』なの?!!カズ君!」
かなみがカズマに抱きついて、抗議をする。
「チョットもぅ! 信じらんない〜!なんなのよアンタ!!」
「あ。あの、ごめんなさい。カズ君がダメダメ君で………」
キィっとまた怒るシェリスにかなみが、すまなそうに詫びる。
「あ。あ。いいのよ。あなたが悪いわけではないし。」
慌てて笑顔を作りながら、かなみに謝罪する。本当に謝るべきは、他人の分まで食べたカズマの方なのだし。かなみに謝られても、逆にこっちが悪い事をしたような気になってしょうがない。
「なぁなぁ。そんな事よりよぉ!」
しかし当の本人は何処吹く風。
(チョット。何なのコイツ!!)
「なによ!」
シェリスがカズマに不機嫌に聞き返す。空腹の所為もあるかもしれない。ことさら声が大きい。
「あそこにある包み。ありゃ何だ?甘い匂いがするんだけどよー」
「甘い匂いなんて、するー?」
言われて、シェリスが鼻をひくひく動かすが、別に何にも感じない。
「いーや!! ぜってーここから甘い匂いがするって!」
キラキラした目で、カズマが包みを掴み、鼻をふがふがと動かす。
「恥ずかしいよぉ。カズ君………」
その横では、顔を真っ赤にして、かなみが小さく呻いていた。
***
「あぁ。それは朝、クーガーさんが……忘れて?いった物なの、かしら……?」
「マジ? あけてもいいかな? いいよな?!!」
『クーガーの物』と聞いて、カズマが遠慮無く包みを開け始める。
「おい。他人の物を勝手に開けて言い訳がないだろう!!」
劉鳳が、流石に無遠慮だ、とカズマをとがめる。
「そうですよ。人の物を勝手に。……それに。それはクーガーが桐生さんに贈る予定だった物の様でしたし。」
「え? 私宛……だったのですか???」
橘も、カズマの所業を止めようと口を出す。もしも、本当に水守への贈り物だったら流石に哀れだ。
もっとも。贈られたはずの水守はさっぱりその事に気付いていないのだが。
「………クーガーから、水守、宛……の、プレゼント…?」
静か〜に、劉鳳が呟く。
「なんだよ。んじゃ結局アンタの物なのか? じゃあ別に開けてもイイよな?!! な!!」
ニコニコしながら、カズマが水守に聞いてくる。
「え。えぇっと………」
貰った覚えのない水守は、ただただ狼狽えるばかりだ。
「……カズマ。開けてしまえ。構わん。」
「劉鳳?」
「おぉっ?! 何だよアンタ。話が判るねぇ!」
さっきまでの注意をあっさり撤回し、カズマに包みを開ける様に促す。
「りゅ、劉鳳………クーガーさんの物なのに……」
おろおろしながら、水守が劉鳳を見る。
「なんだ? 水守。君はクーガーからの贈る物とやらを自分で開けたかったのか?」
キ。っと劉鳳が水守を見つめ返す。
「そんな……」
水守が困った様に劉鳳を見る。
所で。そんな二人にはさっぱり構いもせず、カズマの興味は依然、手の中の包みに注がれていた。
ビリビリと、丁寧にラッピングされた包みを不器用な手で乱暴に破り捨てる。
げに恐ろしきは、カズマの甘い物に対する執着心か。嗅覚か。
出てきたのは、
「お〜。やっぱりだぜ!」
『みのりさんへ』と白いチョコで描かれた直径15p大のガトーショコラ。
「これって……」
橘が呟く。
「どう、みても。」
かなみが困った様に続ける。
「手作り…よ、ねぇ。桐生さん宛の。」
シェリスがその出来を確かめる様に最後に閉める。
「えぇっ?!! クーガーざんの手作りなんですか?!!」
一体全体。何だって自分がそれを贈られるのか。
理由が未だに把握出来ていない水守は狼狽える。
「……………」
劉鳳は、目をつぶって、静かに無言のままで居る。
「ていうか。アタシにはアイツがエプロンつけてケーキ作ってる姿なんか想像つかないわ。」
「まったくです。」
シェリスと橘が、ケーキを見ながらげっそりと呟いた。
***
「なぁなぁなぁ! コレ! 喰ってもイイか? イイのか?!」
恐らく尻尾が有ればパタパタ振って居たであろう勢いで、カズマが聞いてくる。
「カぁズ君。駄目だよぅ。コレは水守さんのなんだから!」
かなみが、カズマを押さえつけて、ケーキから離そうとする。
だが。今まで黙っていた劉鳳が静かに口を開いた。
「………イイ。許す。カズマ。喰べろ。」
「え? マジ?!!」
ぱっ!と顔を上げてカズマがケーキを鷲掴みにする。
「いいんだよな? もう返さねーぞ?」
返せといってもかえさねーケドよ。
と言いながらカズマがケーキをしっかり掴む。
因みに、カズマがしっかり握った時点でケーキは当然ボロボロだ。
「無論だ。」
劉鳳もそれに応えるようにしっかり頷く。
「ちょっと、劉鳳。いくら何でも勝手がすぎるわ!」
水守が流石に劉鳳を問いつめる。
自分はまだ受け取った覚えはないのだからから、それはまだクーガーの物の筈だ。
「では! 水守はアイツの手作りを受け取り、食べるというのか?!」
劉鳳も、これだけは譲れないと水守に主張する。
「……もぅ。劉鳳の馬鹿。」
諦めた様に、水守が劉鳳に笑う。
「水守………」
そんな水守を見て、劉鳳も水守の手をしっかり握り、すまなそうに笑みを作る。
因みに、そんな二人をよそに。
「んー。もうちょっと甘い方がいいけど、ウメー。」
一度了承を得たカズマは、手づかみでボロボロこぼしながらケーキを食べる。
「カズ君、お行儀が悪いよぉ」
かなみがカズマの膝にちょこん。と座りながら注意する。
「イイジャンべっつによ。ホラ。お前も食え。」
そう言って、手でちぎってかなみの口の方へと持っていく。
「んん。……もー。自分で食べられるよぅ。」
恥ずかしそうに、手で口を押さえながら、かなみがもごもごとカズマに手ずから食べさせて貰ったケーキを飲み込む。
「ねぇー?」
「なんですか?」
ぽつり。とシェリスが呟く。
「なんだか。あたし達、忘れられてなぁい?」
シェリスが、ぼんやりしながら感想を漏らす。
「なにを今更。」
橘は既にさっさと見切りをつけ一人優雅にお茶を飲み、新聞を読んでいた。
***
「しかし。何だってクーガーは水守にケーキなぞ贈ろうとしたんだ?」
カズマがケーキを平らげ。すっかり水守と仲直り?をし、機嫌の直った劉鳳が不思議そうに呟いた。
「えぇっと、確か……」
「バレンタインだそうですよ。」
相変わらず、状況の把握し切れていない水守の代わりに、橘が答える。
「…バレンタイン?」
劉鳳が更に、不思議そうな顔をする。
「そーそー。何か、誰よりも先に桐生さんにバレンタインを! とか言ってたわねぇ。」
シェリスが思い出して、笑いながら言う。
「バレンタイン……」
顎に手を当て、劉鳳が少し考えこむ様な仕草をとる。
「劉鳳?」
どうかしたのか?と水守が劉鳳に問いかける。
「………何だ?バレンタインとは。」
………………………
「えぇ?!」
「嘘?!」
「劉鳳も、なの?」
ここにも知らない人が。と呻く橘。
頭を抱えてショックを受けるシェリス。
自分以外にも知らない人が居て、少しほっとする水守。
「あ。俺も知らねーなー。何だ?そのバレ………何とかって。」
カズマも、相変わらずかなみを膝に乗っけたまま手を挙げる。
「バレンタインだよう。…って、えぇ? カズ君も知らないのぉ? 毎年チョコあげてたのにぃ。」
かなみが、カズマの膝の上に乗ったままカズマの口のまわりに着いた食べかすを綺麗にとってやる。
「あー。そういや、なんかこのくらいの季節にお前からチョコ貰ってたな。………ナニ? バレ……何とかって。チョコ食える日なの?」
ニコニコしながらカズマがかなみに言う。
「……っもー。知らない。カズ君のばか。」
耳まで赤くなりながら、カズマの膝の上にどっかと座り直してかなみがぷい。とそっぽを向く。
「あぁ? なんだ? なンで怒ってんだ? かなみ?」
「しらない。カズ君のばか。」
「そ。そうよ!! 劉鳳。アタシもあなたに毎年チョコあげてたのに!!」
は、っと気付いたように、シェリスが慌てて劉鳳に尋ねる。
「そういえば。確か、毎年この季節に………だがアレは…」
劉鳳が何かを思い出す様に言い、
「あ。もしかして、シェリスのあげたのって。去年は赤いリボンに、丸形の箱で、中身はクッキーのアレですか?」
橘が、劉鳳に続けるようにして言う。
「そ。そうだけど……? って。何で橘が知ってんのよ!」
がっし。と橘の胸ぐらを掴んでシェリスが問い詰める。
「あぁ。それは……」
「劉鳳は黙ってて!!」
シェリスが劉鳳の方を見ずに更に橘に問いつめる。
「で? なァんでアンタが知ってるワケぇ?」
「だって。劉鳳が皆で食べてくれって、くれたんですよ。甘い物は苦手だから。って。」
「?!!」
さらっと橘がシェリスにとって知りたくない真実を告げた。
「駄目、だったのか………?」
劉鳳は、シェリスがあまりにもショックを受けている事に驚いて水守におずおずと聞いた。
水守は、自分も良く判らない事なので、ただただ苦笑いするだけだった。
「君が赴任してから、毎年僕や瓜核や、クーガーとかエマージーとかで食べてましたよ。知らなかったんですか?」
「知ってるわけ、ないでしょぉ?!!」
あぁぁぁ。他の奴には義理もあげずに、いっちばん力を入れて毎年贈ってたのにぃぃ。
シェリスが頭を抱えて呻く。
知ってたら、もっとやっすいのにしておけば。ってうぅん。そんな問題でもないし!!
クラクラする頭を抱えながら、シェリスは何とか立ち直ろうとする。
が。
「あ。そう言えば、隊長やイーリャンも食べていたな。」
「隊長とイーリャンまで……」
シェリスは今度こそ、力つきた。
***
「…と。言うわけで。バレンタインというのは、基本的には女性から男性へとお世話になった人に対する感謝の気持ちを示す物なんですよ。
まぁ。その想いの強さによって、たとえば手作りとか。色々とあげる物や種類が変わっているようですが。」
ぶっ倒れたシェリスを寝室まで運び、未だ良く判っていないカズマと劉鳳にバレンタインデーの説明をする橘。
それでも、流石に「本命というのは、好きな人にあげるような物」とまでは言えない。
(シェリスはどーでも良いけど。かなみちゃんの事まで言うのは可哀相だしなぁ………
カズマが気付くかどうかまでは判らないけど)
心の中で、こっそりそんな事を考えていたりもする。
「だが。どうして女性から男性へなんだ? 男性からはないのか?」
劉鳳が不思議そうに尋ねる。
「外国ではそうかもしれませんが。日本では一応女性から男性へ。となってますね。
男性から女性へは、3月にホワイトデーという、バレンタインのお返しに贈るという日があるんですよ」
「なー。そのホワイトなんとかッテのも。美味いモン喰えンのか?」
カズマがニコニコしながら言う。
「………あなたは、もう少し人の話を理解することから始めましょうね………」
そっと目尻を押さえながら。
橘は今までのかなみの苦労を少しばかり知ったような気がした。
***
「そう。じゃあ、バレンタインて、皆さんに感謝の気持ちを伝える物なのね?」
時を同じくして。
二人仲良く台所で洗い物をしながら水守はかなみからバレンタインについて聞いていた。
「はい。そうなんです。それで、義理って言うのが、主に職場の方とかのお付き合いとかに差し上げるのが多くて。
本命というのは、より、強い気持ちの方に差し上げたりするんです。」
カチャカチャと、食器を拭きながらかなみが言う。
流石に、「本命=好きな人☆」というのは何となく、照れくさくて言いにくい。
それに、カズ君にあげていたのが本命って今更ばれるのも、なんか恥ずかしいし……
ちょっと、頬を赤くしながら。かなみが拭いた食器を水守と一緒に戸棚にしまう。
「そうなの。じゃあ……私も、お世話になったお礼をしなくてはいけないわね。」
橘にもクーガーにも。今まで色々世話になりっぱなしだった。
カズマにも。そして、劉鳳にも。
感謝したい気持ちは、伝えたい想いは沢山ある。
「水守さん。劉鳳さんに何か差し上げるんですか?」
かなみが小首を傾げて聞いてくる。
「えぇ。そうね。劉鳳にだけではないけれど。」
快活に笑って、水守は何を贈るか思案しはじめる。
何かを買うにも、ここでは大した物は手に入らないし。
時間をかければ手に入らない事もないだろうが。今からでは無理だ。
やはり手作りか何か……
ん〜……と、水守は今自分が作れる物の中から、何が良いか考える。
「あの……。」
「なぁに? かなみちゃん。」
「もしも作るんでしたら、わたしも一緒に作っても、いいですか?」
突然の可愛い申し出に、水守は笑顔で答えた。
***
昼下がりの午後。
いつも通りに洗濯をして、布団も干して。
いつも通りに家事をこなし、いつも通りに昼食を取った後、
かなみと水守はお茶の時間に間に合うようにクッキーを焼いた。
因みに、シェリスは倒れたまま、不貞寝に入っている。
「わぁ。綺麗に焼けましたね。水守さん。」
「そうね。かなみちゃん」
嬉しそうに二人で顔を見合わせた後、テーブルにお茶の用意をし始める。
味も、見た目も。かなりの自信作だ。
「アレ? 水守さん。そんなカップ、有りましたっけ?」
お茶の用意をしている横に、並べたカップの中に、見慣れない物が一つ。混じっている。
確か昨日まではなかった筈だ。
用意しているお茶も、さりげに2種類、ある。
「あぁ。コレ? ……ふふ。ないしょ。」
「あぁ。ずるいですよぅ」
イタヅラを思いついた子供のような顔をして笑う二人。
「さぁ。劉鳳達を呼んで来なくちゃ。」
「はい!」
楽しいお茶会の始まりだ。
***
「うっわぁ。これ、桐生さんとかなみちゃんで用意したんですか?」
橘が賞賛の声を上げる。
「はい。お口に合えば、良いんですが……」
照れくさそうに、水守が頷いて、お茶を注ぐ。
「んまいぜ。コレ。」
カズマが、がさっと手で掴み、ぼりぼりと口に運ぶ。
「本当? カズ君?!!」
かなみが嬉しそうに、カズマに飛びつく。
「あぁ。かなみの作った物以外は、な。」
「ナニソレー!!ぶぅぅ。没収。」
「あ。ちょ。待って。待ってください。かっなみさーん。」
怒ったかなみに、クッキーを没収されてカズマがヘコヘコ謝る。
「……ありがとう。水守……」
劉鳳が、素直に感謝の気持ちを告げる。
「そんな。こっちこそ……いつもありがとう。劉鳳……」
お茶のカップを劉鳳に手渡す。
が、何だかいつものカップと違うし、いつも飲んでいる珈琲とは色も匂いも違う。
コレは……
「……水守……?」
劉鳳が、水守に尋ねる。
だが、水守はイタヅラを思いついた子供のように、笑っているだけだ。
こんな風に笑う彼女は、珍しい。
何だろう?と思いながら、お茶に口を付ける。
「!!」
「ふふ。皆には、内緒よ?」
貴方にだけの特別だから。
口に指を当て、水守がまた笑う。
「………あぁ。」
劉鳳も、水守が本当にくれたものが判った気がして。嬉しくて。笑う。
と、そこに。
「あー。一杯食ったら喉乾いた。お。いい匂い発見。」
クッキーをひたすら食べて喉が渇いたらしく、ひょいっとカズマが劉鳳のカップを取り上げた。
「あ……!」
「まて! カズマ!! それは………!」
当然、慌てる水守と劉鳳。
が。時既に遅し。
−んっくんっくんっくんっくんっく。ぷはー。
「……ッは〜。なにこれ?!! すんげー美味くネェ? いつも飲んでる茶ーとは全然違うじゃネェか!
あの珈琲とか言うのに色は似てっけど、すんげー甘くて美味い! お代わりとかネェか?!」
一気に飲んで、口のまわりに着いた残りすらもきっちり舐め取って、カズマが水守に言う。
一気に空になったカップだけ返されて、劉鳳は額に青筋を幾つも浮かび上がらせる。
「あ、あの………」
水守は、カズマと劉鳳を見ておろおろする。
「カズマ………コレは、俺のだったんだが……?」
静かに、けれど威圧感を込めて劉鳳がやっとの思いで言葉を紡ぐ。
「ンだよ。イイジャンかよそんなん。ケチケチすんなって。な。お代わりは?」
なー。なー。と、カズマが水守の肩に手を置き、お代わりを催促する。
「あ、あの………ごめんなさい。1杯だけしか作ってなかったの……」
困ったように水守が謝罪する。まさか、こんな事になるなんて。
肩に置かれた手を見て、劉鳳の威圧感がどんどん増していく。
「そなの? んじゃ、さ。作ってよ。また飲みてーなー。アレ、何てー飲みモン?」
劉鳳の威圧感に気付かず、カズマは更に水守にねだる。
「あ、れは………その。…ッきゃ……! りゅう、ほう?」
グッ、とカズマの手の上から手を載せ。一気に水守をこっちに抱き寄せる。
「……なんだよ。まだこっちが話してたじゃねぇかよ。」
カズマが少しムッとして劉鳳を睨む。
「…教えてやろう。さっき貴様が飲んだものを。」
「あ? マジで? アンタ良い奴ジャン。」
『さっき飲んだもの』と聞いて、コロッと態度が変わるカズマ。
「貴様が飲んだものは、『ホットチョコレート』と言ってな……」
「ふんふん。アレ? てかアンタ、なんかさっきから怒ってない?」
のほほんと、カズマが言う。
「アレは!! 俺が水守から貰ったバレンタインだ!! 絶影ィィィ!!」
カッ!!と目を見開き、劉鳳のアルターである、絶影を呼び出して。カズマに攻撃をする。
「ッなぁ?!!」
突然の事で、カズマも対処しきれない。
−ドッカーン!!!−
ひるるるる…………と音を立てて、飛んでいくカズマ。
「カズ君の、ばか。」
それを見たかなみがぼそっと呟いたとか何とか。
「やぁ。みのりさん! ただいま帰りマシたぁ!」
「水守です。お帰りなさい。クーガーさん。」
夕方。朝から何処へ行っていたのか。クーガーがやっと帰ってきた。
「ん? どうしたんだカズヤ。その傷は。」
「カズマだ!!」
「動かないでよ。カズ君。」
あちこちに傷を作ったカズマを、かなみが一生懸命消毒をして、絆創膏を貼っていた。
「遅かったですね。クーガー。もう立ち直りましたか?」
橘が聞いてきた。「立ち直った」というのは、朝の「バレンタインってナンデスカ」発言によるショックの事だろう。
「ふ。俺を誰だと思っている? 社長。俺は最速の男。ストレイト=クーガーだぞ?
みのりさんのあの発言は、よくよく考えてみたら未だ誰にもバレンタインをあげていない。
つまり、あげた事がない。ならば俺が初めて貰う人物になればいい! と言う事に気付いたのさ!
そして!! ロストグランド中を走り、あなたに会うプレゼントを探して来ましたので、今度こそ受け取ってくださいみのりさぁ〜ん!!」
と、相変わらず滑舌よく早口で喋り、水守にどこから手に入れたのか。花束を差し出すクーガー。
「水守です。でも、あの……」
名前を訂正し、少し困ったように言う水守。
「あぁ。失礼いたしました〜。で、どうかしましたか?」
頭を掻きながら、クーガーがにこやかに問う。
「少し、遅かったようだな。」
劉鳳が、クーガーの疑問に更に拍車をかける。
「何ィ?!! この最速の俺が遅いだと?!! 何を根拠に!」
「あなたが居ない間に。桐生さんにバレンタインデーの事を説明したら、午後のお茶の時間に、彼女とかなみちゃんで僕達にクッキーを焼いて下ったんですよ。」
「???!!!」
劉鳳に続いて、説明した橘の発言にまたもショックを受けるクーガー。
その衝撃に音をつけるとしたら、正にベート−ベンの『運命』をバックミュージックにした『ガーン!!』というのに相応しい表情を見せる。
「何だと………?!! そ、それではその、みのりさん手作りのクッキーは?!!」
「あ。ワリィ。俺が全部くっちまった。」
手を挙げて、カズマが告白する。
「狡いですよ!! 僕だって、まだあまり食べて無かったのに!」
「……俺だってだ。」
憮然として、橘と劉鳳がカズマに抗議する。
「ななな。何だと………? は。そういえば、俺がみのりさんの為に焼いたケーキは何処だ?」
狼狽えつつも、自分の贈り物を探すクーガー。
が、部屋の何処を見ても、それらしき物は見当たらない。
「ですから。水守です。実は、あの、そ、れも……」
すまなさそうに、水守が言う。
………まさか………まさか………
「あー。それも俺が一人で喰った。」
けろっと、カズマが告白する。
「俺が遅い?!! 俺がスローリィ? 何故だ?!! 何故なんだぁ!! ふらすとれーしょぉぉぉぉん!!!!」
「あぁ!! クーガーさん?!!」
涙を流しながら、窓から飛び出していくクーガー。
それを止めるように窓に駆け寄ろうとする水守。
けれど劉鳳がしっかり水守を捕らえ、その間にクーガーは何処ともなく走り去っていく。
「やはり、あなたは馬鹿ですね。クーガー。」
そうぽつりと呟いたのが、誰であるかはやっぱり公然の秘密。
―了―
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