「・・・ほら」 ぼんやりとした視界の向こうに、一つだけはっきり見えるものがある。 それは白い、白い手。たった今し方まで私の側で眠っていたあなたの手。 瞬きをいくら繰り返しても、あなたの輪郭も、瞳も、木々の色をした髪ですら、今の私の視界には届かないというのに、なぜかそれだけが 奇妙なほどに、目に届く。 「・・・・・・水守」 あなたの声が、少しだけ心配を帯びたものになった。まだ私が寝ぼけているか、それともまだ眠っているかと思っているのだろうか。 けれど、そのどれもが間違い。 私の意識はもうはっきりしすぎているほどに覚醒しているもの。 けれど、まだあなたの声には応えない。 「・・・もうすぐ、君も仕事の時間だろう。早く起きないと・・・」 「・・・・・・あなただって、そうでしょう。早く準備した方がいいんじゃ・・・」 そう言い返せば、迫り来る彼の手のひらが、躊躇うように揺れた。ぼんやりと光るそれは、残像をいくつもいくつも作り出す。 光に惑わされないようにと、目の前に片手をかざして視界を塞ぎ、私は言う。 けれど彼の気配は、躊躇うことはあっても遠ざかる事はなかった。近づいてくるのが分かる。お互いの体温が感じ取れる、 触れる寸前ぎりぎりの距離で、彼の手は止まった。 「・・・どうして、躊躇うの」 「・・・・・・・・・・」 触れていいのに。 身体にはもう何度も触れているくせに、こういう所であなたは本当に駄目な人。 手を握って、私を無理矢理起こす事ぐらい、あなたならわけないでしょう。 ほら、もう少しだけでいいから、近づいて、触れてみて。私はただの人間。ただの肉の塊。あなたとおなじ。 「劉鳳」 近づいて。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」 一度だけ、肌に彼の熱が伝わって、すぐ離れて。 そうして。 私の裸の胸に、彼の厚い胸板が当たった。 「・・・いい加減に、起きろ。水守」 ああ。 こんな起こし方ならば、私は毎朝すぐに目を覚ますのに、ね。 ―了―
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