君が元気で笑っていてくれないと、
とても困ってしまうのです。 「………だが、六波羅はまだ治安も悪く、西国街道付近は逆に平家の者が出入りしている、と言う噂がある。街道から入って、六波羅で身を隠していたりするのではないか?」 「ですが、この街道を塞ぐと物資の交流にも滞りが出てきてしまいます。かといって、兵を配置しても、やはり交流の妨げとして、民衆の不興を買います。」 「俺的には、嵐山も気になるね。ここからの出入りはその気になれば出来なくはないしな。何より、河がある。上流を押さえられたりするのは、個人的にいただけねぇな。」 「でもさ〜。 なんだかんだ言って、まず怨霊じゃないのかなぁ。最近また増えたみたいだし、こう数が多いと、兵士を配置するのも危険じゃないのかな?」 「………それは………」 「ですが」 「だから」 「……………」 (なんか、だんだんと難しい話になってきた気がするなぁ。) 目の前で真剣に繰り広げられている軍議に耳を傾けながら、ぼんやりとそんなことを思いながら心の中で溜息1つ。 (あ〜……これが譲君なら判るんだろうなぁ。私じゃちっともわかんないよ。) もうちょっと歴史とか、勉強しておけば良かった。とか思っても後の祭。だって後悔は後から悔やむから後悔というのであって。ああ文字通り。 そもそも、なんで自分がこんな話を聞かなければいけないのかというと、一体どんな基準だかは知らないけど、選ばれてしまった白竜の神子であるからな訳で。 (それにしても、今日はまた一段と白熱してるな〜… 駄目だ。いつも以上に頭にはいんないや。) これが未来(自分的には元の)世界の学校なら、速攻睡眠コース。ああ、やっぱり授業は真面目に受けておくべきだった。まさかこんな所で、こんな理由で悔いることになるなんて。 「─おい。お前はどう思う?」 「へ? あっ、はい!」 いきなり話を振られてついビクッとしてしまう。しまった。声、上擦ったかも。 「なんだ。話聞いてなかったのか?」 少しムッとした顔で九郎さんが睨む。相変わらず怖いなぁ。 「大丈夫? 望美ちゃん。少しぼんやりしてた様だけど。」 「あ、ううん全然! 大丈夫。ちゃんと聞いてたよ。」 「そう? ならいいけど。あまり無理をしないでね〜?」 「うん。ありがとう景時さん。」 心配そうな顔をする景時さんににっこり笑う。 やばいやばい、なんか難しくて頭がぼうっとしてました。なんて九郎さんにばれたらきっとすんごい怒られるし。ちゃんと聞いておかなきゃ。 「……望美。一寸いいかい?」 「え?」 ──ひたり。 ヒノエ君に呼ばれて、振り向いたらおでこに冷たい感触があたった。 「え? ひ、ヒノエ君?」 「おい弁慶。一寸こいつ看てもらっても良いか?」 「おや、どうしましたか? ヒノエ。」 「額が熱い。風邪じゃないかと思うんだけどさ。」 「え? えええ?」 いやだなぁ。ヒノエ君てば、なに言ってるの。 おでこに当てられた手を外して、笑ってそう返事しようとしたら、視界が歪んでた。 *
手を取って、脈を計って。口を空けて、喉を看て貰う。 「風邪ですね。」 軍議の途中でぱったり倒れた私は、自室で皆が見守る中、弁慶さんの診察を受けている。 「………はぁ……」 「まぁ、最近慌ただしかったですからね。疲れも溜まって居るんでしょう。」 布団に入りながら(私、滅多に風邪引かないのになぁ…おかしいなぁ。いつのまに…)とかひとりごちる。「ゆっくり休めばなおりますよ」と言われたので、少し安心しつつも「……ごめんなさい。」と小さく謝ったら、九郎さんに「馬鹿かお前は!無理なんてするからそんなことになるんだ!良いからとっと休め!!」とやっぱり怒られた。 「まぁまぁ九郎。病人の前ですから。」 「そういえば先輩は、昔からいきなり風邪を引いて、寝込む感じでしたよね。滅多に引かないので忘れてましたが。」 「うん。私も忘れてたよ……」 譲君も、心配そうに横から見てるけど、どうやら私は風邪と自覚した途端に症状が悪化したらしい。だんだんと声を出すのも辛くなってきた。 あ。やだな。なんか皆に迷惑かけちゃう。 身体、辛いな。早く楽になると良いな。 横になったら、寒気まで追加をした身体が一寸恨めしくなる。 「とりあえず、薬を飲む前に何か良い入れた方が良いですよね。僕、お粥とか作ってきますから。」 「うん……卵と豆腐も入れてね……」 「じゃあ、僕は薬を調合してきますね。望美さんはゆっくり待ってて下さい。」 「うん……」 「ほら。九郎もヒノエも。ここは病人の部屋なんですよ。皆が居たら休まるものも休まらないでしょう。」 言いながら弁慶さんも「では後程」と言って出ていこうとする。ああ、そっか。うん。そうだよね。移したら大変だもんね。 ──そっか。この部屋で、一人で寝るのか。 京の都に来て2ヶ月。いい加減慣れてきた現代ではない布団や、大きい部屋の天井をぼんやり見ながら、横目で皆を見送った。 ………ああ、なんか、天井、遠いな。 別に元居た時代の自分の部屋でも、寝るのは当然一人部屋だったけど。 慣れたはずの部屋で、部屋なのに。 なんで こんなに 天井が高いんだろう。 (まるで空の高さと同じ位遠くに感じるよ。) そんなこと、あるわけないのに。 *
(………あつ………) どうやら寝ていたらしい。喉の渇きを覚えて、目を開ける。 目を開けたら、視界の端で赤い髪が揺れてた。 「──目が覚めた?」 「…ヒノエ君……?」 「ああ、酷いね……せっかくの可愛い声が台無しだ。」 「……お水、飲みたい………」 「はい。どうぞ。」 「……ん………」 水の入ったお椀を手渡されたので、横になったまま大人しく飲む。 「…ヒノエ君。ずっとここに居たの?」 ふぅ。と小さく息をついて、少しだけ楽になった喉で声を出す。……まだ、一寸痛い。 「ああ、無理して喋るもんじゃないよ。姫君。 そう。可愛い寝顔を占領させて貰ったよ。ふふ。役得って奴かな。」 くすりと笑って、私の髪の毛を一房取って口元に持っていく。 もう。ヒノエ君たら………… 「ところで、具合はどうだい?」 「…のど、いたい……」 「ああ。本当に辛そうだね。後で薬をもってくるよ。 他は? 食欲はどうだい? 譲の作ったお粥があるけど、食べられそうかい?」 「…おとうふとたまご、はいってる?」 「ああ。ばっちり入ってるよ。」 「…じゃあ、たべる…」 「それはよかった。それじゃあ何か口に出来るかい? 薬も飲まないといけないしね。」 「………うん、多分………」 それじゃあ、と思って起き上がろうとしたら、柔らかくヒノエ君の手が肩に当たった。 「無理しなくていいよ。食べさせてあげるから」 「ん。有難う……」 正直体を起こすのもだるかったので、大人しく頷いてまた横になる。 視界の端に入る天井。 あれ。でもなんか、さっきと違和感。 「ん? どうかしたのかい?」 ひょい。そんな感じでヒノエ君が私の顔をのぞき込んでくる。 ああ、そっか。 さっきと違うのは、ヒノエ君が居るから。 「──うん。天井がね…さっきは高かったのに、今は高くないな…って。」 そういうと、ヒノエ君は少し嬉しそうに目を細めた。 「ああ。体調の悪い時に一人で天井を見てると気が滅入るからね。 でも上を向いた時、誰か居れば気が紛れるだろう?」 「うん。ありがとう、ヒノエ君。目が覚めた時もヒノエ君が居てくれたから、寂しくなかったよ。」 だから、傍についててくれたんだよね? 私、寝てたのに。いつ起きるか、判らないのに。 「ふふ。姫君は素直で可愛いね。さっきも言ったろう? 可愛い寝顔をずっと見ていたかったからだよ。」 そういっていつものように笑う。 「─うん。でもそう思ったから。」 それに少しだけ、ヒノエ君の頬も赤くなったから。 ああ、なんかこんなのも良いな。って思ったんだ。 「さあ。折角作ってもらったんだ。召し上がれ。」 「うん。」 匙でお粥を運んで貰う。やっぱり譲君のご飯は美味しい。 「美味しい〜。しあわせ〜」 どうやって作るんだろう。譲君のお粥は出汁も効いてて優しくて懐かしい味がする。 「それは良かった。その後で薬も飲んで貰うよ。」 「………苦い?」 「さぁ?どうだろう? でも姫君には早く元気になって欲しいからね。」 「う………仕方ないよね。早く元気になって怨霊も封印しなきゃいけないし…」 そういうと、ヒノエ君は一寸困った顔をして微笑んだ。 「まぁ…それもあるかな。望美は戦ってる姿も舞を見てるようで美しいし、ね。」 「え? それ以外に何かあるの?」 だって、今日話してた軍議でそんな話もあった気がしたんだけど… 「…もしかして、忘れてるのかい?」 意外そうな顔をして、ヒノエ君がこっちを見る。なんのことだろう? 「? 何を?」 私、何か大事なこと忘れてる…? 「ああ、まぁ望美らしいと言えば、らしいのかな?」 くすり、と笑ってヒノエ君が頭を優しく撫でてくれる。 「だから、なんの話…」 「今日は、望美の誕生日だろう?」 「………え? あっ!」 言われてはたと気がつく。そういえば、そうかも…うっかりしてた。 「そう。だから早く良くなっておくれ俺の姫君。」 元気になったら二人でまた、花でも見に行こう。 君が元気で笑ってくれると 俺はまるで満開の花を見ている様で とても幸せな気持ちになれるから 君が元気で笑っていてくれないと、
とても寂しくなってしまうのです。 「誕生日おめでとう。望美。」 そして、その花の様な笑顔を俺にだけ見せて。
―了―
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