それはとある麗らかな陽気が射し込む日の話。
HAPPY BARTHDAY !! 「よう! 花梨!」 京に残ると決めてからはや幾月。いつもの様にイサトが遊びに来てくれるこの瞬間が、花梨はとても好きで。 「イサト君、おはよう! 今日はこれからお仕事?」 にこにこしながら出迎える。なにせ此処に残ると決めるキッカケとなった人物だけに、思いもひとしおだ。 勿論、暇があれば一緒に出歩いたり、挨拶だけは毎日交わしたりはするのだけれど。それでも矢っ張り、逢えると純粋に嬉しい。 「おう。今日は町を散策しようと思ってんだ。まぁ、仕事って言えるのかわかんねぇけど、見回りって感じかな。勝真と一緒だな。」 朗らかに笑いながら腕を頭の後ろで組んで少し照れ臭そうに、笑う。彼のこの笑顔も、花梨は溜まらなく好きなものの一つで。 「そっかー。じゃ、私も行こう、かな? 町で少しみたい物があるんだよね。」 「おう。いいぜ! ………で、何を見るんだ?」 いつもならあれこれと欲しがる事をしない彼女にとっては珍しい。と思いつつも、一緒に歩ける事に素直に喜びながら、イサトは元気良く尋ねる。 けれど。 「うん。あのね、今月は翡翠さんの誕生日でしょ? だから、何かヒントになるモノか、イイモノでもないかなー……って」 にこやかに告げられた花梨のその言葉に。 イサトは綺麗に固まった。 「なんだよそれ!!」 がぁッと大きく口を開けて、思わず怒鳴る。 「な、何って………だから、誕生日のお祝いしたいなぁって」 いきなり怒鳴られて、花梨の声が驚きの為に、僅かに上擦る。 「なんでだよ!」 その言葉にむっとしながら、イサトは眉根を寄せて、更に声を張り上げる。 別に翡翠は嫌いではない。嫌いではないけれど。 (………あいつ、手とか早そうだからな………!) おまけに口も上手いから、花梨を信用しているとはいえ、イサトとしては気が気ではない。 花梨と合ってから約3ヶ月。幾多の敵を叩きのめしてやっと手に入れたこの地位を、最後まで争っていたモノの一人でもある人物だけに、思う所は種々多用。 の、にもかかわらず。自分の想い人はあっさり彼の誕生日を祝いたいという。 これが怒鳴らずして何を怒鳴るというのか。 「なんでって。だって………翡翠さんにはお世話になったし。他の八葉の人達とかにはあげてるのに、翡翠さんにだけあげないって言うのも、変な話じゃない?」 けれどそんなイサトの心中を知ってか知らずか。花梨は割とのほほんと言う。 そう、最初は元黒龍の神子でもある、千歳の誕生日祝いから始まり、幸鷹・彰紋・勝真と、その都度その都度。花梨は一生懸命色々考えて各々に誕生日祝いの品を贈っている。 自分達にはない風習ではあるが、花梨の相手を思いやって、喜ばせようとする気持ちや態度はとても純粋で、見ているこっちも気持ちが良くなって。とても好きな所の一つ、ではあるが……… でも。 なんで。 「なんで翡翠にやるんだよ!!」 「なんでって、誕生日だから。………それとも、あげない方が良い?」 言われてイサトはぐっと言葉に詰まる。 それはやっぱり。 「……………不公平だ、ろ。あのオッサンでも、やっぱさ。傷つくかも、しんねぇし。」 小さく口を尖らせながら、やっぱり小声で言う。 そんなイサトを見て、花梨はにっこりと笑う。 「やっぱり。イサト君ならそう言うと思ったんだ。―――優しいね」 そんな所が、大好きだよ。 微笑って。そして少し頬を染めながら小さく告げる。 自分の我を通すだけじゃなくて。ちゃんと周りの人の気持ちも考えている所が。 「…………判ったよ。」 ちぇ、と小さく舌打ちをしながらイサトは不承不承、頷く。やり込められた感は否めないが、それでも彼女の言うとおりなのだから、仕方がない。 「それじゃあ、行くか。」 言って、イサトは花梨に向かって手を伸ばす。 「うん。」 返事をして、花梨もイサトの差しがされた手を取って歩き出す。 「いいものが見つかるといいな。」 「うん! 翡翠さん、喜んでくれるといいなぁ。」 「………あのオッサンが一番喜びそうなもんなら知ってるけどな…………」 小さく小声で呟く。 「え? なになに? 参考にするから教えて?」 「あー………やー………。まぁうん。花、じゃねぇ? やっぱ。」 にこにこしながら聞いてくる花梨に、イサトはやや遠くを見ながら言葉を濁して返事を返す。 まさか、今隣にいる人です。とは言えない。と言うか、言う気もない。 「そっかー。翡翠さん、花とか好きそうだもんね! 服の模様も牡丹?だし!」 うーん、でも花だけだとなんか味気ないしな〜………とか呟きながら、必死で考えている花梨を横目で見つつ、思わず口を綻ばせた。 こうして一生懸命考えたりする彼女を。表情がくるくる変わる彼女を見ているのはとても好きだ。 本当は、それら全てが自分の事であったらいいな、と思うけど。きっと花梨の性格からしてそれを自分には見せてはくれずに、当日にあっと驚かそうとするだろう。 今までがそうだったから。 「? 何? イサト君。何か面白いものでもあった?」 「いや。やっぱ俺、おまえの事好きだなぁ。って思ってさ。」 にこにこしながらそう言ったら、花梨の顔にボンッと音を立てて火が灯る。 「………………私も、イサト君の事が、好きだよ?」 そして、耳まで紅くなりながら小さい小さい声で、返事を返す。 こんな他愛ない日常も、彼女と居られるなら大切な宝物。 二人で微笑みあいながら、町を歩く。 そう言えば、幸鷹の時も、彰紋の時も、勝真の時も。同じ事をしたなぁ。と思いながら。 そして、同じ様な口論もしたなぁ。と思いながら。 その後、やっぱり同じ様な言葉を言って。 二人で町の中を歩いた。 それはとある麗らかな陽気が射し込む日の話。
「あ。そういえば。」 町にあるのみの市であちこちのものを眺めていたら、花梨が思い出した様に口を開いた。 「ん? なんだよ。」 どうかしたのか?と問い掛け大佐とは、花梨の次の言葉で綺麗に固まった。 「うん、あのね。そう言えば、和仁さんも9日誕生日だったなぁ。って。」 「なんでだよ!!」 「なんでって、なんで?」 「だってあいつ、敵だったろ?!!」 「そんなの、今は関係ないじゃない?」 「でも……………」 「だけど………………」 「………………」 「…………」 そうして、また同じ様に。日常は繰り返される。
―了―
|