― 貴方の願い 叶えます ―
 
 もしも興味がおありの方は、下記電話番号にまでお電話下さい。
 TEL=XXXX-XX-XXXX  有限会社 ERDAM・ROM
 ※但し 審査が必要です。ご了承下さい。※



「……なんだこりゃ」
 ピラリと郵便受けに入っていた小さなチラシと手にとって、一人呟く。
 裏を見ても、内容は特になし。ただ一言『貴方の願い 叶えます。』とだけ。
 ピンクチラシか、でなきゃ金融会社のチラシか。
 しかしピンクチラシにしては地味すぎるし、金融会社なら即金幾らとか、上限金額が書いてあっても良い様な、気がする。

「…世も末って事なのかネェ……」
 ぐしゃりと握り締め、取り敢えずオンボロエレベーターを動かして自分の城へと帰る。そこら辺にゴミを捨てると、お決まりの管理人が五月蠅い。大人しく自室のゴミ箱へ捨てた方が身の為なのは、骨身にしみて判っている事だ。

 鍵を開けて、部屋へ入って。そのままTVの電源を入れる。既に決まった一連の動作をいつもの様に無意識に繰り返す。
"本日夕方、○○県 ×△町の農道で 自転車に乗った男が雪割り用のピッケルの様な物を持って襲い、5人が重軽傷を負うという事件が―――"
 TVをつけると、丁度ニュースの時間だからか。女性アナウンサーが至極冷静に事実だけを淡々と告げる。
「はぁ? ――自転車に乗りながらをピッケルを振り回して人を襲う?」
 なんでそんなもんが凶器で、しかも自転車に乗りながらなんだ? ワケわからん。
 さして興味もわかないTVのチャンネルを次々と変えて、結局もとのチャンネルで我慢して大人しくニュースの続きを聞く事にする。
「……なんだな。コレもやっぱ世も末ってやつ、なのかねぇ。」
 冷蔵庫を漁って、発泡酒のプルトップをあけて一気に飲み干すと、さして美味いと思えない味が広がる。本当は生ビールの方が好きなのだが、酒税が上がったら値段も同等につり上がってしまったので早々には手が出せなくなってしまっている。
 TVではまた淡々と殺人事件を報道している。割とこの住所の近場。
 危ないとは微塵も思わずに、『マスコミ来てたんだなー』とかしょうもない感想を浮かべる。
 その次は芸能人の結婚の噂と、そして破局。
 わらわらと一人の有名人に向かうリポーターの姿を、視界の端でぼんやりと見ながら吐き捨てる様に呟く。
「みんな暇人だねぇ。」
 他にやる事有るだろーに。
 そんな事を言いながら床にどっかと座る。と、ズボンのポケットからがさりと紙の音が聞こえた。
 そう言えば、先刻のチラシをポケットの中に押し込んだままだったのを思い出す。
「つっか『願い事叶えます』なんて、怪しすぎるっつーの」
 引っ張り出して、ゴミ箱へ放りこ……もうと、投げたら外したのでのそのそと膝立ちで取りに行く。
「クソ。面倒クセぇ。」
 なんだって俺がこんな事を―と思って、伸ばした手を止めた。

 どうせなら、冷やかし気分で電話をしてもいいのでは無かろうか。

 そのチラシには『要審査』と書いてあるし、元々そう簡単には願いなんざ叶えて貰えない事は明白だ。なら、電話してみるのも一興ではなかろうか。そう思って携帯に手を伸ばして番号を押してみた。
 ご丁寧に、まず自分の電話番号を非通知に設定してから。

 つまり。俺も充分暇を持て余していたのだ。

『お電話ありがとう御座います。貴方の願い 叶えます。有限会社 ERDAM・ROMです。』
 数回のコール音の後、受付らしい、若い女の声がご丁寧に。けれど機械的にお約束な言葉を吐いた。
「―チラシ見たんだけど。願いって、何でもいいのか?」
 酔った勢いも手伝っていたのかも知れない。不躾に切り出す。
『はい。例えば、金銭的なお願いでも、もしくは物理的なお願いでも。当社に出来る事ならなんでも伺わせて頂きます。』
「マジで? んじゃ、例えば――『一億円くれ。』つってもオッケーなわけ?」
『はい。伺わせて頂きます。―但し、審査が必要となりますが、宜しいですか?』
 非道く穏やかに、事務的に電話口の女は答える。
 マジか?自分でも突拍子もない事を行っている自覚が有るだけに「信じらんねー」と呟く。
 コレはもしかして。棚からぼた餅とでも言うんだろうか。
「その審査ってなんなワケ? 面倒な事とかあんの?」
 少し緊張しながら聞いてみる。知らないウチに、携帯を持つ手に汗をかいて気持ち悪い。
『いいえ。ほんの数分です。しかも、今すぐに終わります。幾つかのご質問にお答え下さるだけで結構です。』
「質問ってなに? 学歴とか? 俺頭悪いぜいっとくけど。」
『それは関係御座いませんし、知力は電話などではかれるものでも御座いません。』
「ふーん。んじゃ、こっちも財力とか? いっとくけど俺、金ねーよ。」
『いいえ。そんなものは関係御座いません。お客様のプライバシーに関する事ですし。』
 ………………………………………………………………………
 訂正する。『ぼた餅』じゃなくて『金塊』が転がり出てきた。
 ―――てゆーかマジっすか?!!
『審査を受けられますか?』
 興奮するこっちをよそに、受付嬢の声が憎らしい位冷静に問い掛ける。ああまて。ちょっとまて。
「待った。………えーと。その願いって、さっき言った一億円から別なのに変えてもいいの?」
『構いません。勿論、審査を受けた後でも大丈夫です。』
「あそっか。審査を受けなきゃ駄目なんだよな。そかそか。んじゃえーと。ものは試しで受けてみても、良いのか? 後で金取られるとか、無いよな?」
 ドキドキしながら、それでも聞いてみる。サギだったらエライ事だ。笑い話にもならねぇ。
『それもありませんし、お客様の個人情報を聞く事もありません。―それでは、審査を受けられますか?』
 ふむふむと頷きながら携帯をグッと握り締める。よし。コレでサギだとしてもこっちの情報さえ教えなきゃ大丈夫。な筈だ。多分。

「ンじゃ試しに受けてみるよ。」
『ありがとう御座います。』
 機械的とはいえ、丁寧に言われた礼に、俺は鼻を膨らませてイヤイヤ。となんとなく偉そうに胸を張った。
「―それで。俺はなにをすればいいわけ?」
『簡単です。』
「私に、勝利して下さい。」
 響いたのは、電話と同じ声。
 けれど機械を通すより、ずっとクリアーな。

 ―へ?

 突然、身近に聞こえた肉声に驚いて振り向いた。―と思った。
 目に入ったのは、長い黒髪を靡かせた一人の女子高生。

 そして、俺が目にした最後の物体。



 どすん。と鈍い音が響いてそれまで動いていた塊はあっけなく崩れ落ちた。
「―――なんだ。コレもハズレか。」
 ちっと舌打ちをして少し乱れた髪をバサリと翻す。
 その手には長い日本刀。
 血震いを軽くすませて鞘へ納める。

 フン、と鼻を鳴らして無断侵入した窓の方へと向かう。
「大体さー。そんな美味い話があるわけないッつーの。」
 願いを叶えるとかさー。バッカみたい。
 呟きながら、懐から携帯を取りだして手早くメールを送る。
「……これで良し、と。」

「あ。そうそう。」
 窓の欄干に足をかけたまま、思い出した様に振り向いて。
「"残念ながら、お客様は審査により不的確と判断されました。ですがこれに懲りずに、またどうぞ。御気が向いたときにでもお電話下さい。"
 ――――――電話が、出来たらね。」
 そのままヒラリと飛び降りた。

 TVでは女性アナウンサーが冷静に殺人事件の事を報道していた。


― 貴方の願い 叶えます ―
 
 もしも興味がおありの方は、下記電話番号にまでお電話下さい。
 TEL=XXXX-XX-XXXX  有限会社 ERDAM・ROM
 ※但し 審査が必要です。ご了承下さい。※





―了―

ERDAM・ROM=逆から読んだらMOR・MADER。