燃えるように熱くて、凍えるように冷たい。
「炎みたいな人、かな」
『 フレイムハート 』
――at the past time
「アズリアは」レックスは言う。「一度攻め出すと、まるで炎みたいだよね」
休憩時間。レックスは汗をタオルで拭いながら、アズリアの隣に座る。なぜこんなにもコイツは気安いのか。最初に突っかかっていたのは自分だと言うことを棚に上げて、そんな理不尽なことをアズリアは考えた。けれど、まあ、嫌ということはない。
「面白いことを言うな」
「感じた通り言っただけだよ」
「そうか。だが」アズリアは立ち上がり、立てかけていた剣を手に取る。「オマエにしては、なかなか気の利いた表現だな」
そのまま、剣を一振り。風を切り裂く音が、自分でも心地いい。
「怖いね」
「何がだ」
「アズリアが」
「そうか」
怖い、と言われたその言葉を、いったいどう解釈したものか。アズリアはしばし考える。
その表情をどう解釈したのか、レックスが慌てた様子で手を振った。違う、と。
「君が怖いんじゃ、ないんだ」小さく笑って、レックスは言う。
「では、どういう意味だ?」
言葉の裏を探ることは、アズリアはあまり得意ではないと自覚していたし、実際そうだった。だから、ちまちま腹の探り合いのような会話をしているよりは、真正面から訊いた方がいい。
「時々、自分が怖くなる」
「私は怖いぞ。本気になったオマエが」
「茶化さないでよ」
アズリアは剣を鞘に収めると、レックスを見る。レックスが顔を上げて、アズリアと視線を合わせる。
「茶化す?」アズリアは言った。「私が茶化していると、オマエは思うのか?」
虚を疲れたような表情が浮かび、消える。それからレックスは苦笑気味に笑うと、小さく頭を振った。
「……思わないよ、アズリア」いつもとは違う、アズリアの知らない、どこか弱々しい笑みだった。「俺もね、アズリアと同じものが、怖いんだ」
<----本文より抜粋---->
「飴、いる?」
『 捨て猫の庭 』
「飴、いる?」
それがラクトが初めてヘイゼルに話し掛けた言葉だ。
ヘイゼルは「いる」と答えた。
ヘイゼルの名誉のために言えば彼女も困惑している。何しろ飴玉は厳しい訓練や仕事のノルマを達成したときにだけもらえる甘くておいしい貴重なお菓子である。今まで「あげる」と言われたことなどない。けれど、年相応といえば語弊をまねくが彼女とて甘いものは好きだった。彼は飴玉をくれるので珍しい人間なのだと理解した。
年が近いからか、ヘイゼルがひとりでいるせいか、ラクトはよくヘイゼルに話し掛けた。ヘイゼルにとって、彼の話をきくことは苦痛ではなかった。彼の体温を感じるようにもたれかかり、傷薬のにおいのする彼の手に頭を撫でられながら彼がくれる飴玉を舌で転がしていればよかったからだ。
色々なことを話していたように思う。けれど、ヘイゼルはそれらのことについてあまり覚えが無い。ラクトの優しい声や仕草が心地よく、いつの間にか眠ってしまうからだ。言葉が意味をなすことのない世界に、彼の声を連れて睡魔と一緒に歩いていく。そうすると、いつも優しい夢を見ることができた。
ヘイゼルの記憶にある彼は、いつも面白い話を聞かせてくれた。機界に行った少年の冒険談、イタズラ好きの妖怪の話、ケーキ屋の娘と少年の話、魔王のいる世界のお姫様と勇者の話、愛で繋がる赤い糸と憎しみで繋がる黒い糸の話、アンドロイドの少年と少女の話――。そして、いつも鼻歌を口ずさむように笑っていた。
彼ともっとも親しくしていたヘイゼルですら、彼の辛そうな顔は一度しかみたことがない。そのときの話を少し。
<----本文より抜粋---->
○月×日 晴れ
『 アティ日記 』
アティ日記
○月×日 晴れ
晴れてアズリアと付き合うことになった。その記念の意味を込めて、日記を付けてみようと思う。今まで長続きしたことはなかったが、ことアズリア絡みならば話は別だろうし。
付き合うといっても、別にアレやソレな意味ではない。私としては勿論そちらもお望みなのだが、相手はあのアズリアだ。暗がりに押し倒そうものなら、間違いなく殴る蹴るの暴行を加えられるだろう。押し倒す方も命がけだ。実際、いく人かの男子生徒がそれで病院送りになっているらしい。まあ、その半分は私が裏でやっているのだが。それはいいか。
ともあれ、アズリアだ。朝、廊下で会う。「おはよう」といつもの2割り増しを意識して微笑みかけると、アズリアは少しの間目を白黒させ、「お、おはよう。今日は早いな、アティ」とかすれ気味に言った。相変わらずのボサボサの髪に、若さだけが取り得の肌。しかし、それがいい。可愛い。一瞬目を合わせたあと、また恥ずかしげに逸らすのがなんともいえない。ここでがばっと飛び掛りたい気持ちはあるが、それをお腹に力を入れてぐっとこらえる。教官のビンタをやり過ごすのと同じだ。とにもかくにも、とまだ俯き加減のアズリアに近寄る。「じゃあ、行きましょうか。一時間目はなんでしたっけ」言いながら手を取る。ぴくり、と少しだけ身体を震わせて「あ、ああ。そうだったな。一時間目は確か……」とまたまた視線を宙にさまよわせる。その仕草は、繰り返すけどものっすごくいい。とてもらぶりー。なんだけど、そのほっぺにかぷっと噛み付きたい気持ちはあるんだけど、ここもぐっと我慢する。アズリアが引くようなことは避けたい。ので、軽く微笑み、足を教室へと向かわせるにとどめる。とりあえずは、この手の温度で満足としておこう。
それ以後もアズリアに付きまとう。もちろん、それ自体はいつも通りだけど、今日はちょっとグレードアップさせてみた。いつもは手を繋ぐだけだったのを、腕を組む、にしてみたのだ。まあ、予想通りというかなんというか、アズリアは顔をまた真っ赤にして、ぶんぶんと腕を振って振り払ったのだけど。
明日アズリアが貧血になったら、間違いなく私のせいだろう。だから私は、今からの夕食で、アズリアに沢山鉄分を摂ってもらうつもりだ。
<----本文より抜粋---->
「いい名前だね、ギャレヲ」
『 その差、三十六文字 』
ある日
森の中
ギャレ男さんに出会った
花咲く森の道
ギャレ男さんに出会った
「違う」
さっそく、ギャレ男さんはご機嫌斜めだった。
「ギャレヲと呼べ」
「ギャレ……お?」
「ヲ、だ」
梅干を含んだような窄まった口に、顔の中心にシワというシワを寄せまくった表情で、ヲ、と発音するギャレヲさん。
きもかった。
思わず抜刀しかけた右手を、あわてて戻す。
そのくらいきもかったけど、それは人として言ってはいけないことだと思い、常識人であるレックスは黙っていることにした。
「軍ではギャレオ名義で登録されているが、ほんとうはギャレヲなのだ。そして俺も、そっちの方が気に入っている」
そういうわけでギャレヲと呼べ、と。
赤毛のレックスは戸惑いながらも承諾した。
「軍関係者ではない島の民には、みな本名で呼んでもらいたいのだ。そう伝えてくれ」
レックスはさらに困惑しながら、それも承諾した。
困惑したのは、ふたつの名前がそれほど違うようには思えなかったからだ。
というか、どっちでも一緒だね、と口をつきそうにさえなった。
しかし、いざ言おうと思ってギャレヲさんを見ると目が合い、言ったらきっと明日どころかその瞬間に帝国軍との全面戦争に発展すると直感して、やめた。
ナイスジャッジだった。
「いい名前だね、ギャレヲ」
だから、とりあえず名前を褒めておいた。
本当はギャレヲという名前すらもどうかと思っていたけれど、そこまでカミングアウトしてしまうと、五体満足で船に帰れるかどうかもわからないから。
「むふぅ」
気をよくしたのか、満足そうに笑うギャレヲさん。
<----本文より抜粋---->
「俺は、君を殺したくないんだ」
『 フローズンエッジ 』
「行くよ、アズリア」
「とうに始まっている」
「そっか」
「私とオマエが初めて本気で剣を合わせた、あの日から」
「そう、だったね」
ざ、とアズリアがスタンスを広げて、やや腰を落とす。それに合わせるようにレックスも右足を前に出し、やや前傾になった。
「誰と戦っても、オマエと戦うときのことを想定していた」
「ずっと、君に憧れてた」
<----本文より抜粋---->