8:45から入水チェックと試泳タイム。
計時用のアンクルバンドと、ウェーブごとに色分けされたスイムキャップを受け取り、スイムエリアに入る。
真っ黒な砂浜に素足で立つ。
曇天の中、左手対岸、目の前に羽田空港が見える。
残された試泳時間は5分ほど。
ゴーグルをはめ、急いで水の中に飛び込む。
冷たい!
先ほど開会式で、水温は25℃と発表があったが、本当か?
もっと冷たく感じる。
しかも、曇り空もあって、水の中は真っ暗。
視界ほぼゼロだった渡良瀬遊水地では、日が差していたので、視界ゼロながらも、緑色の水が明るく見えた。
今回は、視界はもう少しよさそうだが、暗い。
水の色が黒い。
体に悪そう・・・。
クロールで沖へ向かう。
泳げば体も温かくなって、水の冷たさも忘れるだろう。
沖まで50mほど泳いで、ウェットスーツで浮く体で仰向けになると、上空を飛行機が横切っていく。
あぁ、これが青空バックで日が差していたら、どれだけ気持ちのいいことか。
さて、時間だ。
岸に帰ろう。
岸に向かってクロールで進む。
が、なんだか息苦しい。
息継ぎのタイミングだけでは、息が苦しくなる。
ハァハァ息が乱れる。
思わずクロールをやめて、顔を上げて平泳ぎに変更する。
なんだか、胸が締め付けられて息苦しい。
ウェットスーツは借り物で、サイズが微妙にきついのは事実だ。
でも、こんなことは、前回の渡良瀬ではなかった。
やばいなぁ〜。
これって、いわゆる過呼吸か?
そんなことを漫然と考えながら平泳ぎで岸に到着。
大丈夫。
落ち着いて泳げば大丈夫なはず。
自分に言い聞かせる。
参加者全員が浜辺で集合完了。
海にボードに乗って展開しているライフセーバーたちに向かってみんなで感謝の拍手。
トライアスロンに参加して思うのだが、この競技の参加者って、老若男女、いろんな立場の違いがあれど、トライアスロンに関わっているという仲間意識がとっても強いと思う。
主催者、要人の挨拶を聞く。
開催までやっとこぎつけた嬉しさがあふれている。
水温の発表は、23℃とのこと。
さっきの25℃よりも下がっている。
でも、実感としてはもっと冷たく感じた。
いよいよ、第一ウェーブのスタートが迫る。
自分は第三ウェーブなので、スタート横断幕から離れた位置で、彼らのスタートを見守る。
プワァ〜ン。
エアホーンの音が曇天に鳴る。
9:15、記念すべき第一回大会の、第一ウェーブスタート。
ウオォ〜!!!
掛け声勇ましく、真っ黒なウェットスーツに身を包んだ集団が、走って黒い海に飛び込む。
たちまち黒い水面にしぶきが上がり、白く泡立つ。
集団が泳いだ軌跡が水面に刻まれ、そこだけ水の色が変わって見える。
第二ウェーブもスタートした。
沖合いをどんどん進む集団が見える。
いよいよ私の番だ。
興奮で、先ほどの過呼吸の心配など吹っ飛んでいる。
やったるでぇ!
横断幕の下に、会社の同僚オフィシャルが目に止まり、両手を挙げて手を振ると、クールにニコリと微笑み返しされる。
プワァ〜ン!
スタートだ。
本当は集団の中段で入水して、バトルもこなしつつ、最初から全力で泳ぐプランだった。
750mの距離なら、最初から全力で飛ばしてもいけると思っていた。
ただ、試泳の時の不調が心配だったので、このプランは変更。
今回も最後尾からゆっくりエントリーし、とにかく自分のペースをつかむことを第一に考えた。
ゆっくり歩いて前進し、腰まで水に漬かり、前傾して水に飛び込む。
ゴボゴボと水の音が聞こえる。
暗い。
寒い。
いつも以上に、ゆっくりとストロークして進む。
顔を上げるたびに、灰色の重たい空が目に入る。
水に顔をつければ、真っ黒な世界。
息よ落ち着け。
駄目だ。
息が苦しい。
最初のブイにたどり着く前に息が乱れだす。
一度乱れた息が落ち着かない。
こうなるとちょっとしたパニックである。
これから700m以上は泳がなくてはいけないのに、スタート直後からこんなことでどうする。
顔を上げての平泳ぎに変える。
駄目だ。
リタイアか。
いや、それだけは絶対にしない。
ゆっくりでも良いから泳いで進もう。
顔を上げての平泳ぎなので、遅々として進まない。
一緒にスタートした参加者は、皆前方はるかを泳いでいる。
私の周辺で泳いでいる参加者は3、4人だ。
だれもが、何かしらのトラブルできちんと泳げていない悲惨な状況の参加者のようだ。
息をゼイゼイ言わせて、背泳ぎで蛇行している参加者もいる。
ライフセーバーがしきりに「曲がってる!」「大丈夫か!」と声を掛けている。
彼に比べれば、まだ自分の方が、大丈夫そうだ。
折り返しのブイになんとかたどり着いた時点で、第四ウェーブスタートの集団の先頭に追いつかれる。
それからは、次々と抜かれる。
こちらがトラぶっていることなどお構い無しに、水しぶきけたたましく抜いていく。
邪魔にならないように脇に避ける。
息が苦しい。
駄目だぁ。
たどり着けないかもしれない。
折り返すと、左手前方遥かに、岸に架かった黄色いゴールゲートが見える。
あんな遠くまで泳いで帰っていかないといけないのか。
息が苦しいので、背泳ぎにしてみる。
でも息が落ち着かない。
思い切ってクロールしてみるが、ふたかきほどするだけで精一杯、顔を水に漬けること自体が苦しく思われて、すぐに平泳ぎに戻る。
水に顔を漬けるのに恐怖心さえ感じる。
こんな経験は生まれてこの方、初めてだ。
亀の歩みで進む。
いや、亀ならもっと速く泳げるだろう・・・。
つまらないことを考えながら、平泳ぎでもがく。
横には先ほどから、ライフセーバーが一人、専属で付きっ切りで並走してくれる。
彼が居るから気持ちが折れないで、泳いでいられる。
ずっと横に居てくれ。
黄色いゴールゲートが近づいてきた。
あと100mほどか。
ここまでくればあとちょっとの距離なのだが、それでも、もうリタイアしたい気持ちがあるくらい、息苦しい。
あと50m。
ライフセーバーが「ガンバ!」と声をかけてくれる。
「クソォ!」
自分のふがいなさに腹が立ち、うめく。
息継ぐたびに、あごの下で水しぶきが立つ。
あと15m。
苦しさたまらず、脚を着こうと立ち上がる。
が、脚は空を切る。
まだ底に脚が着かない。
平泳ぎに戻る。
あと10m。
立ち上がる。
着いた。
「ありがとう」
ライフセーバーに一礼し、岸に上がる。
最後尾の泳者に拍手が送られるが、全然嬉しくない。
情けない。
ふと、会社の同僚オフィシャルと目が合う。
驚き顔でこちらを見て、「どうしたんすか?」
両手の平で小さく罰点マークをつくり、「駄目」小声で答えてすれ違う。
体が重い。
砂浜に脚を取られつつ、フラフラ進む。
テーブルの上に並べられた紙コップで給水し、とぼとぼとトランジットエリアに入る。
気持ちを入れ替えて、バイクはがんばろう。
ウェットを脱いで、バイクシューズを履き、ヘルメットをかぶる。
ラックからロードバイクもぎ取り、小走りで押しながらバイクスタート地点へ向かう。
公園から道路まででて、バイクにまたがる。
全力で行こうとの気持ちはあるが、思った以上にスイムのダメージがでかいようだ。
バイクにまたがっても、なかなか息が整わない。
ゼイゼイと息をしながら時速30kmで進むのが精一杯。
風が冷たい。
息は荒いが、体は冷え切っている。
冷たい左脚の太もも裏が痛い。
コースは埋立地特有の直線コース、直角コーナーの連続。
途中で橋を渡る時は登り下りがあるが、あとはフラット。
10kmコースを2周、20km。
前にも後ろにも、誰も居ない。
水溜りの水を跳ね上げながら単独でペダルを踏む。
前方彼方にやっと一人の選手を発見。
彼を目標に追いつき、追い越す。
そしてまた単独走。
そんなことの繰り返しで、規定周回の2周、20kmを走りきる。
最後の最後で、やっと息がいい具合に落ち着き、体も温まり、背中に汗をかけた。
もっと走りたい、もっと速く走れるはずなのに、と不満足にバイクを降り、押してトランジットエリアへ戻る。
バイクをラックに掛け、靴を履き替え、ランへ。
バイクは最後の最後まで全力でペダルを踏んでいたので、ランに入って脚がパンパンなのを実感する。
ゼイゼイと息をしながら、とぼとぼと走る。
痰が絡む。
ツバを吐き出すと緑色の塊。
東京湾の色なのか。
理想と現実のギャップに打ちのめされながら走る。
前方に目標にできる走者は見えない。
遥か彼方、折り返してくる選手とすれ違うのみ。
単独で走り、時々すごい勢いで後ろから走ってくる選手に周回遅れにされる。
苦闘の末、ゴール。
ガッツポーズをとる気になんてなれない、失意のゴール。
タイムさえもチェックする気にならない。
渡良瀬大会よりも悪い記録だということだけは確かだ。
タオルとバナナをもらい、ゴール地点を後にする。
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