「うーん、薄紫かのう」
「やっぱ黒じゃね?」
「いやいや、やはり白がいいんじゃないかな?」
「父さんは原稿書いてろよ…」
しかし、彼らの意見は彼女の笑顔で消えてしまった。
「じゃ、この薄桃色にけってーい」
えーーっという周りの非難も聞こえないふりで、有希子さんはいそいそと私の着付けの準備をしだした。

考えておく、なんて言っても結局行くことになっちゃうのよね…。
でも…なんだか、気が進まない…。
あの子とも、なんだかギクシャクしたままだし…。
小さくため息。

「おら、何ほーけてんだよ」
行くぞ、と彼はTシャツとGパン姿でもう玄関に立っていた。
下駄をやっと履いた私の手をとると、よっと立ち上がらせた。
なんだか、当たり前のように手を取ってしまった自分が不思議だった。





大人になってもつづいているよ 天使のラブソング

-05-










空はやっと日が落ちてきて綺麗なグラデーションを映してる。
両手をポケットに入れて、彼は何もしゃべらず歩いている。
一緒にいるところを見たら、彼女はまた悲しむだろうか…。
そう思って、少しだけ彼との距離をあけた。

他の子だったら、なんとも思わない。
けど、彼女だけは別だ。
あの子だけは、悲しい顔をさせたくない。

なのに、…どうして私、ここにいるんだろう。

「灰原」
「…え?」
「ばっくれない?」
「は?」
「なんかもうめんどくせーじゃん。オレ、集団行動は苦手なんだよ」
「何言ってるの?」
意味が分からず眉をひそめている私の手をとると、さっきよりも早く歩き出す。
私はすぐに歩美ちゃんを思い出して、立ち止まった。
「はなして」
「え?」
「あなたのこと、待ってる子がたくさんいるのよ。歩美ちゃんだって…きっと…」
「…オレは、お前と二人でいたい」

…え?

「…それに…っ浴衣姿、他の奴らに見られるのが嫌なんだよ!」
「…ばかじゃないの…」
「ナンだよ馬鹿ってのは!…くそ…かわいくねぇよな…」
そういって、そっぽを向いた彼がなんだか可愛らしくてつい笑ってしまった。

「あ、コナン君に灰原さん」

どきっとしてつい手を離し二人後ろを振り向くと、人ごみの向こうに円谷君と浅見君が見えた。
それを見て彼が少し不貞腐れた表情をしたのを、私は気づかないふりをして近づいてくる二人を待った。
「わぁ、灰原さん浴衣似合ってますね。今年はピンクですか」
「うわーやらしー光彦クン、毎年チェックしてんのかよ」
「浅見君、そういう考え方をする方がやらしいですよ」
「江戸川〜射的しよーぜ。どっちが多く倒せるか勝負だ!」
「……好きだねー浅見…。勝ったら奢れよ。」
もうほとんど集まってますよ、と円谷君は待ち合わせ場所の方を向いて言う。
彼を見ると、もう諦めたのか浅見君が持っていたたこ焼きをつまみ食いしてじゃれている。

…安心したけど。
ちょっとだけ、残念だったかな。

結局、女友達より男ってこと?
もう先に来ていた歩美ちゃんに、視線を送る。
少しだけ罪悪感。
また貴方を悲しませちゃうとこだった。

彼女は、こちらに気づくと少しだけ照れくさそうに、それでも何時もの微笑で笑いかけてくれた。
「哀ちゃん、遅い!もうすぐ始まっちゃうよ」
「ええ…」
隣にいたはずの九十九さんは工藤君が現れたと同時に彼の隣に行ってしまっている。
歩美ちゃんがそれをあまり気にしていなかったのが意外だった。
それよりも、こうして自分に微笑んでくれているのも…だけど。

クラスの女の子たちはほとんどの子が浴衣を着てる。
日頃校則で縛られている分、おもいっきりおしゃれしてるって感じだ。
みんなどうにかして「江戸川君」と写真を撮ろうとそわそわしているのがわかる。
そして、彼の隣を陣取っている九十九さんを疎ましく思ってるのがばればれ。
「文乃ちゃんもよくやるよね。感心しちゃう」
何時もなら、機嫌をそこねる歩美ちゃんが可笑しそうにその様子を見ていた。
彼女は、何時もより可愛く見えた。
何かにふっきれたような、そんな顔。



「あのね、哀ちゃん」
「ん?」
「私、まだコナン君のこと諦められないや」
「…そう」
「だから、…あのね、好きでいてもいいかな」
「………」
「嫌…だよね…」
少しだけ俯いた彼女が何時もと変わらない彼女で可笑しかった。
「嫌って言ったら諦められるの?」
「ううん、出来ない」
彼女はぶんぶんと力強く頭を振る。その仕草がまた可笑しくてつい笑い声が出てしまった。
「じゃあ、しょうがないじゃない…。好きにしたら?」
「…でも、友達でいていい?」
「誰と?」
「哀ちゃんとだよぉ」
もうイジワルっと呟いて、唇を尖らせる。
だめね、見てて可愛いって思っちゃう。
彼も、そうなんだろうな…。
同じ視線で見ることができない。
だから、強く突き放せない。
その視線の違いは、少しずつ縮まっている気がするけど。

「でも、困るわ…」
「え?」
「こんな可愛い強力なライバルがいたら、うかうか寝てもいられないじゃない?」
「もうっ嘘ばっかり!」

友達でいて欲しい、そう言ってくれた人が今までいたかしら。
ううん、いない。
この子になら、何だってしてあげたいって思ってた。
妹のようで、時々姉のようで。
私にいろんなことを教えてくれる。

なのに、ね。
ちらっと、彼を見る。

工藤君だけは、だめなんだわ。

好きだから…。

譲れない、から…。





「あ、ねぇねぇたこ焼き食べようよ!私買ってくるね」
「ありがと…」
彼女は返事を聞くのも途中で駆け出して行ってしまった。
彼女が行って数分もsないうちにどんと音がして、顔を上げると花火が打ち上げられた。
時計を見ると、確かに開始時刻だ。
「あの子…始まっちゃったけどいいのかしら…」
しかし、周りは観客でごったかえしていて歩美ちゃんが何処の屋台に買いに行ったのかも分かる状況じゃなかった。
いつの間にかクラスのみんなもいくつかのグループになっているらしく全員の居場所を把握するのはもはや不可能。

花火が始まって、歓声があがる。
何度、この川で花火を見上げただろう。

罪は体と心から消えたりなんかしないけど。
周りのみんなが微笑んでくれるから、救われる。

隣に、あの子がいてくれるから。

彼が、…いてくれるから。



そのとき、ふと右手が掴まれた。
知ってる体温。

「工藤君…」
「ばか、今は江戸川って言え。誰が側にいるかわかんねーだろ」
そう言って彼は私の了解も得ず場所を移動し始める。
「ちょっと、歩美ちゃん…」
しかし3歩手前を歩く彼は全く聞こうとせずずんずんと人ごみの中を進んでゆく。
諦めて、さっきまでいたところを振り返ってみたが、まだ歩美ちゃんは帰ってきてなかった。
きっと彼女は、いなくなった私を心配するだろう。
大切だと、思ったばかりだ。
「江戸川君、離してっ。歩美ちゃんが心配するじゃない」
「〜っオメーはオレと歩美どっちが好きなんだよ!!」
「え?」

彼は、しまったと右手を口で押さえて視線を逸らした。
花火が上がって影が落ち、彼の表情は見えない。

「〜ったく、オメーのせいだぞ!うぜー女みてーなセリフはいちまったじゃねーか!」
「…何言ってるのよ…」
「お前なーここんとこずっと歩美歩美って、そればっか」
「…そうかしら…」
「そーなんだよっ。あーちくしょう何でオレこんなこと言ってんだよ」
恥ずかし紛れか声を荒げる彼を少しだけ呆然と眺める。
もう、どれくらい花火は上がったのだろう。
綺麗なのに、綺麗だって頭ではわかっていても彼から目が離せなかった。

「…なに笑ってんだよ…」
「…だって」
「あのなー本気でオレは心配だったんだぜ!?歩美歩美って、そのうち本気で好きだなんだって言い出すんじゃないかって…」
「そんなわけないじゃない…ばかね」
「あーもう知らねー。勝手に女同士で愛し合ってろ。ったくこっちがどんだけ苦労して抜け出してきたかわかってんのかよ…」
彼は小さくため息をつくと、ごった返していた場所から少し離れたこの場所に腰掛けた。
彼はずっと九十九さんに捕まっていたし、回りの女子が近からず遠からず見張っていた。あそこから抜け出すのは結構な苦労だったに違いない。
そこまでして、自分のところに来てくれた。

あーもう、胸が痛くなっちゃうじゃない。

「ありがと、ね」
ゆっくりしゃがみこんで、花火を眺めている彼の肩に頭を預けた。
「…素直だね、灰原さん」
「悪い?」
「ぜーんぜん、むしろ賛成」
「さて、行かなきゃ」
「おいおい…」
そう言いつつ、結局彼は立ち上がると来た道を引き返し始めた。
花火が終わるまでに、戻ろうとしてくれているんだろう。

譲れないから。
あの子にも。

この想いだけは。

「ごめん、ね」
「ん?何か言ったか?」
振り返った工藤君が不思議そうな顔で尋ねる。
「あなたには言ってないわ」
「じゃあ誰に言ったんだよ!」
周りオレ以外誰も知り合いいねーじゃねぇか!!とわめく彼に小さく笑って打ちあがる花火を見上げた。大きな音と同時に小さく呟いた。
「あなたに騙されてる女の子たちによ」





「あーあ、花火、始まっちゃった」
ここからでも十分花火は綺麗に見えるけど、私は哀ちゃんを一人残してきてしまったことを少しだけ後悔した。
前に並んでいる光彦君が、前方を眺めて小さくため息をつく。
「どこも込んでますね…。あんまり遅いと元太君が痺れをきらして暴れそうで怖いですよ」
「まさかぁ。元太君だってそこまではしないよー」
「ならいいですけどね」
笑う私に嬉しそうに光彦君は微笑む。
「何時もの歩美ちゃんに戻りましたね」
「え?」
「ここんとこ、おかしかったですから」
「そっかな…よく見てるね。さすが光彦君」
「別に、そんなことないですよ」
光彦君は照れたように視線を花火に移す。
土手には花火を見に来た人たちでごった返している。
この場所からだとさっきいた場所が見えない。
…哀ちゃんは一人で平気かな…。
「さすが、あたり一面カップルばかりですね」
「え?あっ…うん」
とっさに反応できなかったけど、周りを見れば光彦君が言ったことも想像できる。
浴衣の女の子たち。
みんな、嬉しそう。
「いつか、私もあんな風に誰かと花火見に来れるのかな…」
「え?」

ひゅっと音がして闇のような空一面に光が飛び散った。
きらきら、綺麗。
この花火が終わったら、夏も終わっちゃう。
ちょっとだけ、寂しい。

「来るに決まってますよ。歩美ちゃんを放っておく男子なんていません」
「…好きな人ときたいんだもん。一番好きになれて…、私のこと一番好きでいてくれる人と…」
「歩美ちゃん…」
「私にも…そんなひと、いるかな」
告白してくれる子はいたけど、みんな何か違った。
だって、私が一番好きなのは…コナン君だもん…。
いつか、コナン君よりも好きになれる人に会える?
それとも、いつか、…コナン君が隣にいてくれる日が来るかな…。

光彦君は少しだけ困ったような表情をして私の分のたこ焼きまで受け取ると、列から少し離れた。

「いますよ。もちろん」
「え?」
花火が一斉に飛び上がった。
コレがきっと最後の連続花火なのだろう。
先にいつの間にかくっついてしまったのかクラスの輪が出来てる。
花火の音が大きすぎるからか光彦君は少しだけ耳に顔を寄せて呟いた。

「いつか教えてあげますよ。歩美ちゃんのこと、一番に想っている人のこと。」

そういうと、にっこり微笑んだ。
あれ、なんだろう。
光彦君って、こんなに身長高かったかな。
こんな声だったかな。
今まで気づかなかったな。
「…本当?いつか教えてくれる?」
「本当ですよ」
「約束だよ?」
「ええ、約束します」


手渡されたたこ焼きの袋を持って、哀ちゃんのところへ駆けだしてた。
なんだろう。
なんだか嬉しいや。
好きでいてもいいんだ。
友達でいてもいいんだ。
きっと、いつか一番の人の隣にいられる日がくるから。

それが誰かは分からないけど。
今は自分の気持ちに素直になっていいから。

ラヴソング歌いたくなるような、そんな気分だよ。
飛び切り前向きな、明るいやつを!

_Postscript_