「黒羽君?」
前を歩いている青年が振り返って、微笑む。
「今帰り?ずいぶん遅いね」
「…球技大会だったから…。決勝戦、白熱しちゃって」
あーそっか、もうすぐ夏休みだな、と呟くと私に歩調を合わせる。

公園には幾つものひまわりが咲いている。
一体誰が世話をしているのか、太陽に笑顔を向けている。
まるで…太陽に恋してるみたい。
その太陽も、もう沈みかけているけど。
ああそうか。
だからひまわりは太陽が沈むとまるで泣いているように俯くのね。
決して、敵わぬ恋に。

「花は…自分が一番美しく見える季節を知ってるのね」
「え?」
「だって、桜が真夏に咲いてたらなんだか変じゃない?」
「そうかもな…。あ、それ、青子も言ってたぜ?」
一番の笑顔。
彼は、彼女の話をしているときが一番嬉しそう。
「花育てるの好きですもんね」
「アレは、青子の二番目に得意な魔法ならしい」
「魔法?」
そう、と彼は微笑む。

鳩を出すことも、モノを消すことも出来ないけど青子は綺麗な花を咲かせることが出来るのよ?ね、これってマジックよね?

「彼女らしいわね…」
「だろ?ったく、オレの高度なマジックと同類にして欲しくねぇぜ」
だいたいタネがどうどうとあるじゃねぇか。そう言いながら、やっぱり嬉しそうに笑った。

彼のこんな微笑み、もうずっと見てない。
彼女のことを話す、照れてぶっきらぼうになりながら、それでも嬉しそうに…そして少しだけ寂しそうな彼を。
あの時は、まだ戻れるかもしれないって可能性があったから…。

彼の未来を消してしまったのは、私。
彼の笑顔を消してしまったのは、私。

「で、1番の魔法は何なの?」
「え…いや…、まぁ…ね」
「?」
「1番の魔法は…オレの側にいること、らしい」
そう呟くと、照れたように俯いた。
なんだかいつもの彼らしくなくて妙にかわいい。
だからつい笑ってしまった。
「側にいて、オレが幸せになれるなら、それが一番の魔法だって」
「…まるで告白ね?」
「だな。まさか先に言われるとは思わなかったよ、オレも」
あの恋愛に鈍感な青子がさ、と笑う。
きっと側にいれば二人とも幸せなのね。
だから、それはマジック。
二人だけの、幸せな魔法。

「黒羽君を好きになればよかったな…」
「え?」

そしたら、もう少しだけ楽に生きて行けたかもしれない。
自分の罪を…忘れて。
同じ罪を持つ、彼がいて。
彼のマジックと優しさで、楽しく幸せに暮らせたかもしれない。
私も、魔法がつかえたかもしれない。

楽な方に、何故人は道を選ばないのだろう。
辛くても、悲しくても…それでも気持ちを止められない。
たとえ、自分が犯罪者でも。


「…オレも、哀ちゃんのこと愛してやれればよかったな」
「…そんなこと言わないで………」
「新一にはもったいないよ…。本当、やめちゃえば?」

そう言って、彼は頭を優しく撫でた。
…暖かい腕に、私はただ飛び込んだ。
後から後から…涙が零れる。
まるで、子供みたいに。
…ああ、そっか…私今、子供なんだっけ。

でも、不思議ね。
抱きしめられているこの腕の中でも、結局彼のこと考えてる。

彼の前で泣けばよかった。
どうして、泣けないんだろう…。
私が悲しむこと、苦しむことが彼の一番の望み。
わかってるけれど。
…本当は…本当に苦しいこと、わかって欲しいなんてただの私の我が儘。

「魔法なんて…使えないの……。私には何にも出来ない」

何も…彼のためにできることなんて、何もない。
もしも、私に魔法が使えたら…彼女の気持ちを取り戻すのに。
…研究所にいたときは、まるで魔法使いの気分だった。
自分はどんな不可能も可能にできると…そう、不老不死の薬だって作り出すことができると…。
バカみたいだわ。
作り出したモノは、不幸をもたらす死の薬だったのに…。
彼を戻すことだってできなかった、無能な私なのに。

「みんな魔法が使えるんだよ」
「え?」
「哀ちゃんだってそうだよ。今、アイツのそばにいてやれるのは君しかいない」
「………私なんて、そばにいたって彼は幸せなんかになれないわ」
「そうかな…本当に、そうかな?」

本当にそうでしょ?
私が生きる理由は、彼の体を戻すことだったのに。
それが出来ないとわかった今、どうして私、生きているの?
花だって自分の生きるべき場所を知っているのに。
私の生きるべき理由はもう、ない。
だから、生きるべき場所も、ない。

私じゃ、彼を幸せに出来ない。
できるのは、あの子だけだったのに。

「あ、夏の大三角」
「…え?」
彼は、彼の腕の中で顔を少しだけ上げた私に上を見るように呟く。

―お前の中にも、星があるな

急に思い出して、つい表情が曇る。
それに気付いたのか、黒羽君が不思議そうな顔をして私の顔を覗き込むと、どうした?と尋ねた。
「…彼が…言ったの。私の中にも星があるって」
「ああ…なるほどね」
彼はすぐに理解してくれた。
「言われなくても…わかってるのに」
「確かに、くだらねぇけど…いいんじゃね?」
「…よくないわよ…警察用語を人に当てるなんて…。しょうがないけど…確かに私は殺人者だし…」
そう言うと、黒羽君は少しだけ、え?と、考える仕草をした。そして、ぷっと吹き出した。
「…何?」
「いや…そら新一が悪いわな…アイツにしてはくだらない思考だし」
「何が?」
「だって哀ちゃんって本名志保っていうんだろう?」
逆さまにしたら、「ほし」じゃん。
そう笑って彼は言った。

―お前の中にも、星があるな
私の中には、星がある。

―月が出てない晩は嫌だなんて相当なシスコンだな
お姉ちゃん…明美には、…月が…。

涙が、溢れて止まらなかった。
どうして、泣いているのかわからないくらい。
何時の間に、私は私を忘れていたんだろう。
彼は、覚えていてくれたのに。
本当の私を忘れないでいてくれたのに…。

「私…忘れたかったのかもしれない」
「…何を?」
「工藤新一が、いたことを…江戸川コナンが、工藤新一を忘れることを…願ってたのかもしれない」

そうすれば、自分の罪から逃れられると…思っていたの?
バカな私。
なんて、自分勝手。
夢見ちゃいけなかったのに、そんなこと。
いつかこの罪も消えて幸せになれるかもしれないなんて。

「…哀ちゃん」
「忘れてた…自分が宮野志保だってこと…忘れたかった…ずっと」

大好きなお姉ちゃんを忘れること。
いつから平気になってたの?
灰原哀として過ごすことに、いつからこんなに慣れてしまったの?

「でも、忘れちゃいけなかったの…。私が、私だけでも彼が工藤新一だと思い続けてなくちゃいけなかったのに」

工藤新一はこの世界に確かに存在した。
そして、彼は今も此処にいる。
人は目に見えるものしか信じられないから、だからこそ、その真実を私は忘れちゃいけなかったんだ。
それが彼へ唯一できる、罪滅ぼし。

だから、きっと、ずっと…。