虚仏師

 

 仏師参仁といえば元来風体が見よくないところに身なりにかまわず、薄汚れ垢じみた単衣を無造作に帯でくくり、結いもせぬ乱れた頭髪に、そりもせぬまばらな髭が顔の下半分に散らばっている。飯の種の二本の腕といえば、黒く長い剛毛が生えている丸太のように無骨なそれで、節くれ立った指、始終黒ずんだ爪など、この有様でどうしてみたらあの繊細な仏顔を掘り出せるのか、不思議がる者も少なからずいたし、その中には無論、参仁を毛嫌いし、参仁の仏像それ自体を見るのも穢れであると思っている者もいた。参仁にとっては或いは幸いなことに、ささやかに伝播する参仁の飯の種、その手がけた仏像の姿より、実作者の参仁それ自体の姿はよりひとに知られていなかったから、参仁は己の風体のせいで飯櫃を取り上げられるようなことはさほどになかった。
 参仁の師匠の千仁は、流石にこのような愚にもつかない物思いに組するようなことはなく、参仁の見た目ではなくその黒ずんだ風体から生み出される作品のみを評価しようとする職人気質の男だった。もっとも、その千仁をして、参仁の評価たるや、必ずしも高いとはいえない。
「小手先の彫りをさせれば、あいつほど小器用にそれをやる男はおらんのだがな」
 弟子に対する諸々の不満を、そんな表現で憂さ晴らしするかのようだった。
 一度千仁は参仁に注意をしたことがある。その薄汚れた風体を改めるように諭したのだ。
「参仁よ。お前はこれから仏を彫るのではないか。いや、いやいや、もののかたちにこだわることの愚を、仏は確かにたしなめてはおる。だがな、身体を清め、仏に対して礼を失することなきよう、またそうやって身を引き締め、仕事に取りかかる。それがいいのではないかな」
 参仁は板場に座ったままの体勢で、首をかしげ、肩越しに千仁を見やり、ただにたりと笑い、やがて首を元に戻した。千仁はそれ以来この男に何の説教も行っていない。何を言っても無駄だと思ったのだ。
 千仁は参仁に失望していたが、参仁のほうでも師をあまり師とも尊んでいるわけではなかった。表面上は最小限度の敬意を払いはする。だが、積極的に造反しようとする面従腹背の態度ではないにせよ、千仁の姿を内心でせせら笑う程度のことは日常茶飯事だった。
 千仁が参仁に説教をした日もそうだった。
 仏に対する敬虔な気持ちという師匠の考えは、参仁にとっては聞くに堪えないほどくだらないことだった。寺の奥深くに安置された仏像を有象無象が拝み奉るのはいい。だがあれは、そもそも己らが木切れや石の塊や鉄や銅からこさえたものではないか。利益ありげな風体も、慈顔とやらも、弱きを叱咤するという威も、全てそれを作り出したのはこの左右の腕を持った者どもだ。己の作ったものに敬意を払うというのは、我が身に当然とする類の愚か者か、それより更にひどい痴愚ではないのだろうか。
「第一」
 参仁はひとりきりのとき、こっそりうそぶいた。
「こんなものをありがたがっているというのは愚か者の証なのさ」
 過日、その参仁にどこぞの在郷の何某なる武士から仏像の求めがあった。なかなかに富裕でなかなかに見栄坊で少しばかり名の知れたその武士は、むき出しのすねを子供のようにばたばたとさせるかのごとき勢いで、作れ作れと騒ぐ。謝礼ははずむというのである。
 参仁は渋った体を装った。使者を介してのその口上は、
「作れ作れと申されましても、単に山から木切れを拾ってきて目鼻をくりぬいてお渡しするというわけにも参りますまい。仏像とは仏の姿であり、仏そのものでございますれば、到底そう手軽に作れるものではございませぬ」
 日ごろの薄ら笑いをどこにしまいこんだのかの謹厳実直なものだった。無論本心などではない。
 見栄坊の武士はその口上を聞くなり、何度かうなり、だが力強く何度か首を左右に振った。
「作らせろ」
 見栄坊の武士の家の小者はかくて幾度か参仁の元を訪れ、謝礼がちょうど最初の三倍になったところで、いかにも渋々という様子で参仁はそれを受けた。
「ただ、ひとつだけお聞かせ願いたい」
「はてさて、なんでござろうか」
 参仁は小者に問いかけた。
「何故唐突に仏像などをご所望されていらっしゃるのでしょうかな」
 小者は少々苦りきった表情を見せた。
「なに、山一つ向こうの在所のお武家様が、先ごろ仏像を作ってもらったとかで、それが妬ましいからなのよ」
 幾度も使いを出され、こき使われた腹いせであったのか、小者は要らぬことを口走って、その後で自分の口軽さに気づき、参仁に念入りに口止めすると、復命のためそそくさと戻っていった。
 さて参仁が仏像をこさえることを承知したと聞くと、見栄坊の武士は大いに喜んだ。
「よし、作るというならば、これ以上四の五の言わせずすぐに作らせろ。ひとつ小屋があったろう。あそこに仏師を住まわせよ。そして、一日も早く、そこで仏像を彫り上げろと伝えろ」
 気ぜわしいその申出を受け、参仁は内心、
(これでしばらくは飲み食いの算段をせずともいくらでも向こうが持ってくる)
とほくそ笑みつつも、面の皮だけは物憂い様子で、「承知いたしました」と低くつぶやいて軽く頭を下げた。
翌朝参仁は兄弟子の弐仁をつれて武士の邸宅にのそのそとやってきた。
この弐仁というのは参仁の兄弟子のくせに意気地のない男で、師匠の千仁からもほとんど弟子のうちと数えられていない。仏師が食うに困って片手間に百姓仕事をするというのはやむをえないことかもしれないが、この弐仁は百姓仕事の片手間に仏像を彫るような有様で、猫の額ほどの畑を後生大事に引っかいて始終貧相な青い顔で力なく笑っているような小心者だった。
 小心者といえば、弐仁を見て参仁は憫笑することがある。この弐仁は仏師のくせに、台座の地紋彫りや仕上げといった下働きがやるような彫りは実に繊細に丁寧にやり遂げるくせに、いざ仏像全体の造形や神々しい表情というものとなるとてんでその繊細さや綿密さが発揮できない男だった。仏が怖い、どうも空恐ろしいというのだ。参仁とはまるで逆だった。
武士の家に入るのも、参仁は堂々、というよりずうずうしいとさえいえる様子だというのに、弐仁はいかにもおっかなびっくりで、子供の使いより悪いかもしれない。弐仁にしてみれば、大人しくしていればこんな思いをせずとも、痩せ畑を引っかいているだけでどうにか生きていけるというのに、何故こんな目にあうのかという思いであり、しかし気弱な男だから参仁の強引な誘いに抗うこともできず、のこのこここに来たのだった。
さて弐仁は、かくて参仁と共に武士の家の一隅の小屋の中で寝起きし、十分な米塩の饗応を受け、食うに飽きるほどそれを腹に収める生活をはじめてはみたが、相棒の参仁がいっかな仏像の制作に取りかからないのには驚いた。参仁は寝ているか、起きて食うか、酒を飲むか、どちらにも飽いてごろごろとしているか、ごろごろしているうちに寝入ってしまっているかで、仏像を作る予定の檜など、一刀も入れられずほったらかしのままだった。
数日は我慢したが、弐仁はたまりかね、とうとう参仁に尋ねた。
参仁はにやりと笑った。
「心配せずとも、大丈夫だわさ」
「本当か? 嘘をつけ。お主、ここにきて仏像を彫る自信が失せてしまったのではないか?」
 参仁は哄笑した。
「自信が失せたならば、とうにここから逃げ出しておる」
 弐仁と同じことを、見栄坊の武士の家の小者も考えていたらしい、やはり弐仁と同じく、数日してたまりかね参仁に問いかけた。こちらも弐仁のように小心であったのと、背後の武士がせっつくせいで、やむなくという様子で、物腰だけは丁重である。
 参仁は、弐仁に対したのとは異なり、いかにも仔細ありげに髭面の奥で微笑し、居住まいを正して品ありげに語るに、
「仏が未だ降臨せぬ」
 とのことで、ことが浮世離れしたものであったから、やむなく小者も引き去らざるを得なかった。
 こうして日々を怠惰に投げ捨てること数日。
 七日目になって、ようやく参仁も思うところでもあったのか、さっさと大まかに削り落とし、仏像の形らしきものを掘り出してはみたが、傍らにある場末の仏師である弐仁が見ても、いい出来だとは思えぬしろものだった。
 後は八日目、九日目、十日目と、もうしわけ程度に手を入れはするものの、さしてはかどりもしない。残る時間は相変わらずの食って飲んで寝るだけである。
 武士の家の小者の人相が、日々険しくなってきていた。そのことに弐仁ははらはらとしていて、参仁にそれをいつ告げるか、いつ告げるかと思い悩んだ。
 十四日目の夜はちょうど満月で、雲もなく、白々とした月光が小屋の中にも差し込んできた。
 まどろんでいた弐仁はその月光と、かんかんとこやかましい音とに睡魔を打ち払われた。
 参仁が胡坐をかいて仏像を彫っているのである。
 明け方までずっと作業が続いた。弐仁は側で、気息すら潜めその成り行きをじっと見守っていた。やがて参仁は大あくびをして、手を動かすのをやめた。それからぐるりと弐仁のほうを向いて、仏像の木屑を払うと、それをぽんと弐仁に向かって軽く投げた。弐仁は慌てて、いかにも不器用そうに仏像を両手で受け止めた。
「終わった。後は適当に仕上げを頼みます」
 参仁は弐仁の返答を待たず、ごろりと横になった。
 弐仁はしげしげと参仁の夜を徹して作り上げた仏像を眺めた。
 確かに、後は弐仁が得意の細部の仕上げを施せば完成するだろう。だがその出来栄えは、やはりどう見ても凡作だった。一夜漬けのようにしてこさえる仏像の出来がよくなるはずはないのだが、僅かな期待を抱きつつその例外を予測していた弐仁は見事に裏切られてしまった。弐仁は慌て、参仁を揺り起こし、この仏像で本当にいいのかを問いただした。
「問題ない」
「しかしな参仁。いくらなんでもこれでは」
 参仁は億劫そうに声を出した。
「いいのだ」
 弐仁は不安を参仁のその言葉で消し去ることができず、重ねて問いただした。
「参仁よ、ここの殿は、山向こうの武家の仏像を妬ましいと思って、自分も仏像をこさえようとしたわけではないか。ならば、山向こうの武家の仏像よりも出来栄えが勝らねば、ここの殿の機嫌は悪くなるのではないか」
 参仁はそれを聞いて横になったままからからと笑った。
「大丈夫だ。出来栄えは向こうもこちらも変わらん」
「何故そう言える」
「向こうも俺が作ったからだ。おかげさまで、向こうの方も存分に手を抜かせてもらったが、それを自慢する者、羨ましくも妬ましくも思う者、色とりどりであったものだな。おかげでこちらの仕事も、どうやって同じ程度手を抜くか、苦心したものだぞ」
 もうひとつ大笑いをすると、直ちに参仁はふてぶてしく寝息を立て始めた。





 ある日、参仁は放埓な格好で山野をうろついていた。
 低い山とも小高い丘ともつかぬその頂上に、雨露に朽ち半ば崩れた持仏堂があった。その前を通りかかった参仁は、軽侮の表情を僅かに浮かべた。この仏さんは自分で雨風を払うこともできないか。
そんな折、人の気配がした。参仁は別段身を隠すでなく、横柄な挙措でその場に立ち尽くし、人影が近寄ってくるのを感じ取っていた。
人影は、やがてひとりの華奢な姿の娘へとなった。みすぼらしい衣、やや乱れた髪、だが抜けるような色白で、頬にともった赤みがまぶしい。娘は、節目がちに持仏堂の前に進むと、突っ立っていた参仁に折り目正しく頭を下げ、それからお堂の前に額づいた。
 やわらかそうで、また可憐なちいさな唇が紡ぎだすには、娘が父親の病の平癒を祈願と、供物もろくに備えることのできぬ不如意な有様への謝罪やら悲痛やらで、参仁は娘の白く輝くようなうなじに引き入られるのと共に、その言葉を耳に引き込んでいた。
 娘は必死だった。石畳に額を擦り付けて祈願しているものだから、おくれ毛はささらのようになり、美しい額は擦り切れて赤く染まり、血が滲んでもいる。
 それを見て、参仁はどきりとした。狼狽したのは、娘に心惹かれる、そのような自分であることに愕然としたせいだった。仏がくだらなくて仕方がないように見える参仁に、これまで純粋な憧憬を結びうる女のいようはずもなかった。女とは参仁にとって侮蔑の対象であり、金穀を投げ与えて快楽を引き出す小箱のようなものだった。参仁はいくつかの女の顔をとっさに思い浮かべた。記憶の中のそれらは、皆遊女であり、刹那的で嘲笑的でなげやりなのは参仁と一緒だった。むしろ参仁は己の照り返しのような女ばかりを見つけ、そこにわざわざ近寄っていって、女の仕草すら己を冷笑する道具と使ったのかもしれない。その自分が、目の前の娘に一瞬で心を奪われてしまっているのはいかにも珍妙なことであると、参仁自身は驚き、平静さを失ってもいた。参仁にはこれが、あの遊女どもと同じいきものであるとはどうしても思えなかった。
 あろうことか参仁は、他人を侮蔑するかいいように騙すかに用いてばかりいた口説を、この時参仁なりの真心で娘に向かって放ち、半ば強引に娘の病床の父親が横たわる娘の住む家に向かった。掘っ立て小屋のような家の中には、頭髪の半ば抜け落ち、皮膚の干からびた娘の父親が、病み衰えた姿を布団にくるんでいた。一目見て、参仁は娘に対してどうしようもない哀憐がこみ上げてくるのを感じた。参仁の見るところ、これまで同業者で似たような風体になった人間を幾人も目の当たりにしてきたせいなのだが、娘の父親はろくでなしだった。長年の荒酒の結果があからさまに肉体に現れ出てきている。この男の分限での荒酒であるから、損なったのは単にこの男一人の健康のみならず、一家の家計もであろう。明らかな貧窮がそこにむき出しであったし、娘の何かにおびえるような表情も生活苦がもたらしたものだったろう。
 父親は、苦しい苦しいとうめいた。何をこの阿呆めがと参仁は内心でののしった。だが娘は哀れにも甲斐甲斐しく、悲しそうな声でお父っつあんと呼び返しながら、懸命に介抱をした。
「お父っつあん、大丈夫。必ず、必ずね、仏様が助けてくださるから」
 参仁はいたたまれなくなった。娘の瞳は何処までも純真であり続け、気休めでなく、心底仏の功力を信じきっているかのようだった。あれは木とかねでできたまやかしものだと叫びだせるものならば痛切に叫びたかったし、胸中で幾万回もそうしたが、参仁は娘にそれを言い出せなかった。苦しかった。懊悩した。
 狂っている。自分でもそう思ったろう。参仁が叫んだのは、仏像をこしらえてやるというひとことだった。
「あなた様はいったい?」
「わしは仏師だ。仏を刻むのがわしの生業だ」
 娘は一瞬歓喜に酔った。おそらくこのみすぼらしい家に仏像を置き、家族が平安に包まれる光景を夢想したのだろう。娘の白い頬に涙がひとすじ伝った。
「ありがたいお話です」
 だが娘はかぶりを振った。いま夢を見た。幸せだった。だけれども夢から醒めれば、あなた様からそれを譲っていただくには何の代償も持ち合わせていない。ありがとうございます。お気持ちだけ頂戴いたします……。
「いや、いや」
 参仁は顔を真っ赤にして必死に首を振った。代価などはいらない。進呈する。
「ですけれど、お譲りいただく所以など何も」
「わしがそうしたい」
「ですが」
 参仁は焦れた。そして、この男にしては珍しく、はばかりあることと何度か躊躇したうち、ついに、
「仏もそうお望みだ。側に行って病人の平癒に役立ちたいと」
 仏の名を出して、強引に娘を説得した。
 逃げ出すようにその場を去って、参仁は己の作業小屋に篭り、気狂いしたように木を削りだした。必死だった。生まれて初めて必死になったかもしれない。娘への思いで、血は滾った。娘への哀憐で胸は締めつけられた。娘のことがいとおしくていとおしくてならなかった。仏顔、涼やかで思慮深そうな瞳、穏やかで慈愛豊かな表情、それは自ずから娘の目鼻立ちに近似していた。
 三日三晩、睡眠は愚かろくに食事すらとらず、参仁は懸命に仏像を彫った。四日目の朝、参仁は出来上がった仏像を前にしてとうとう倒れこみ、深い眠りに引き込まれたが、それでも数刻もすると己に鞭打って無理に起き出し、娘の家へと向かった。
 不器用に仏像が差し出され、不器用にそれを受け取った娘は、声を出さずに嗚咽した。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
 何度も何度も娘は頭を下げ、参仁に感謝を伝えた。参仁はこのように、他人からまっすぐに感謝されたことなどこれまで一度たりともなかった。そのことに戸惑い、また自分を嘲笑してやりたいほど甘ったるい感情がわきあがってきていた。
 参仁は馬鹿も同然となった。何か口実を見つけては、足しげく娘を訪れるようになった。かくて仏に台座がつけられ、侍る別の仏も数体になってしまった頃、とうとう娘の父親がだめになっていた。
 娘は懸命に、参仁の持ってきた仏に祈りをささげ続け、功力を求め続けた。参仁が訪れている際もそうだった。いないときもそうなのだろう。やめてくれ、参仁は叫びだしたかった。
 最初は無駄なことをすると、口にはしなかったものの娘の信心深さにうんざりとしていた。だがやがて、憑かれた表情で祈りをささげる娘を見るうちに怖くなった。娘は参仁の仏像の向こうに、本当の仏を見ている。確かに見ているのだ。参仁は平静でいられなくなった。自分の作ったものに仏など宿りはしないことを誰よりも参仁が知っている。娘はそれを見抜くのではないか。仏などおわさぬ。怠惰で乱脈な思いで木を削ってきた参仁を看破して、娘はそう叫ぶのではないか。できることならば、参仁は自分の仏像を叩きつけて壊してやりたかった。自分の持つ何もかもの虚をさらけ出して、泣いて泣いて、娘に哀れみを請いたかった。
 やがて参仁は、娘と共に己の仏像に祈るようになった。厳密には祈りではない。懺悔であった。己の不遜さを懺悔した。己の思い上がりを懺悔した。
 不思議なことに、そうやっているうちに、自分の作った仏像に、ちら、ちらと、仏のようなものが宿るような実感を参仁は覚え、冷や汗がどっと出て打ち震えた。参仁には、仏が己を許容してくださるために降りてきたとは思えなかった。むしろその逆に、参仁の心底までをも監視し、参仁に懲罰を加えるべく降りてきたのではないかとさえ思えた。
「大丈夫です。仏様にお祈りしましょう。必ず仏様はわたしのこころを汲んでくださるはずです」
「ほら、見てください。お父っつあん、今日は顔色がいいんです。きっと仏様のおかげです」
「いつも見ていてくださるんです。いつも護ってくださるんです」



 最後に娘の父親がこときれたとき、娘は涙をたたえて、参仁に礼を言った。そして、
「お父っつあんが、最後、楽な表情になったのは、参仁さんの作ってくださった仏様が、お父っつあんを楽にしてくださったんでしょうね。ありがとうございました。本当にありがとうございました」
 参仁は、山野でひとり、狂ったように、けだもののように、泣いた。