空想科学特撮英雄シリーズ プルシアンブルーマン |
第一話 「プルシアンブルーマン、大地に降り立つ」 |
ヘイボーイ 若さって何だ 君も 走れ
ヘイボーイ 愛って何だ 君も 闘え
男 強さ 優しさ 胸のエンジン 火をつけろ
力 勇気 輝き 人は微笑み なくすだろう
俺たちの 魂も 萌えている 愛と 勇気の 炎を燃やせ
日本が もしも 弱ければ ●●●は たちまち 攻めてくる
嗚呼プルシアン 花の二区越え登り五区
嗚呼プルシアン 正義のヒーロー プルシアン プルシアンブルーマン |
うおおおおおおおおおおー。 プルシアンブルーマンは、漆黒の闇の中をかすかな光に照らされながら、光速に近いスピードで飛翔し、そしてあらん限りの力を振り絞って叫んだ。まるでもう誰も愛さないの吉田栄作のような叫び声だった。だが惜しむらくは、音とは空気の振動によって伝わるものである。いかに彼が悲痛に叫んだとしても、真空の宇宙ではその叫び声までは聞こえない。 くっそお。 くっそお。 くっそお。 プルシアンブルーマンは我を忘れていた。そして鮮やかなブルーと鈍色を思わせるシルバーの調和した彼のバトルモードのしなやかな外観を微妙に震わせながら 「くらえっ、めっさブルービーム」 両腕を胸の前で交差させ青白く光る閃光〜彼の必殺技「めっさブルービーム」〜を前方に向け全く無意味に発射したのだった。 「はっ、しまった」 自分の後先考えない行動にプルシアンブルーマンは驚愕したが、次には安堵した。めっさブルービームの行く先には何物も存在せず、ただただ闇が広がっていただけだったのである。行く手に生命の住んでいる惑星でもあったら何らかの被害は生じたに違いない。よかった。不幸中の幸いだった。そうだ、いくら辛くてもこんなまねをしてはならない。オレは栄えある宇宙警備隊の一員じゃないか。プルシアンブルーマンはそこまで胸中で強く思って、そしてまた急激に落ち込む。彼の誇りであり支え、それは、宇宙警備隊の一員として彼の出身地であるたそがれ星雲を守ることだった。 子供の頃からの夢だったが、プルシアンブルーマンはとうとうそれをかなえた。小躍りせんばかりに喜びながら職務に精励し、瞬く間に過ぎていった五年間。そして、あっけなく消え失せた五年間。 そう、あの日。警備隊の人事異動の内示発表の日。 パパイヤ星人の課長に呼ばれてどぎまぎさせられたプルシアンブルーマン。にこやかに笑うパパイヤ星人の課長。 「プルシアンブルーマンくん。五年間良く頑張ったねえ。今度はね、銀河系に異動だから」 「…………は? 課長、オレ、オレ、異動なんですか?」 「うん、そう」 「だって課長、今チームを組んでマイムマイム星人退治をやっているんですよ。あの仕事はどうなるんですか?」 「うん、仕方がない」 「仕方がないって……」 「まあとにかく来月からは銀河系だからね。行ってくれるよね」 「……はい」 「楽しいところだよ。私も昔赴任していたんだけどね。みんないい人たちばかりだった」 「……いい人たちって」 「体に気をつけて頑張ってね。それじゃあ、グッドラック」 ただひとつの命令で遠く輝く夜空の星から星へと飛ばされ、動かされる悲しき宮仕え。住み慣れた愛するたそがれ星雲からの旅路は、片道キップのセンチメンタルジャーニーでもあった。イヨはまだ16だからである。そりゃあビームをぶっ放したいと思ってあたりまえだ。しかしプルシアンブルーマンは少々小心なくらい正義感を頑なに守る小心者だったから、調子に乗って左舷談幕薄いぞなにやってんのと怒鳴ることもなく、暴走した自分自身を律儀に反省した。そうさ、オレは、オレは、正義のヒーロープルシアンブルーマンなんだ。やけっぱちでめっさブルービームなんてぶっ放すような小さい男になっちゃダメなんだ。そうさオレはぎんぎらぎんにさりげなくなんだ。そいつがオレのやりかたなんだ。淡いブルーの軌跡のなかで何かを見てるプルシアンプルシアンそんな夢は果てないプルシアンブルー。輝きは飾りじゃない硝子のプルシアンブルー。あれから僕たちは何かを信じてプルシアンブルー。 涙をうっすら浮かべながら、見知らぬ宇宙(そら)を行くプルシアンブルーマン。 今日も行く。 明日も行く。 悪が途絶えるその日まで。 闘えプルシアンブルーマン。 闘えプルシアンブルーマン。
<終わり>
……ということにして、はあさっさとこの異動を満了させてたそがれ星雲に戻りたい。戻りたい戻れないきもちうらはらと思いながらプルシアンブル−マンは星間パトロールを続けた。それにしても銀河系というのは宇宙の場末と言われるだけあって、行けど行けども知的生命体に出くわすことが少ない。たまに自称知的生命体を名乗るやからに出くわしても、見るからにアタマが悪そうである。たそがれ星雲などはその名の通り既にたそがれに達している世界であるため、老練な星間のいさかいというのはしょっちゅう。暴力沙汰、即ち星間戦争何ていうものも日常茶飯事だった。それに引き換え、銀河系は本当に静か過ぎる。 こんなところにオレがいる意味があるのだろうか。 そう思いつつ、しかしすぐにいやいやと思い直す。こんなちっぽけな世界の中でも、悪に虐げられる小さな正義というものはあるに違いないのだ。そうだプルシアンブルーマン、お前はそういう人たちのために働く。それがお前がここにやってきた理由じゃないか。 そう思いつつ、やはりだがなあと落胆する。 「オレ、一体、何のために闘っているんだろう? いやそもそも何でここにいるんだろう?」 そんな葛藤を抱えながら行くその先に、プルシアンブルーマンが思わず息をのんだほどの、ひとつの蒼く美しい星が見えた。 身にまとう幾重もの大気の層は、この星が芳醇な空を抱きしめて決して話さないことを物語る。蒼さは豊かな水量の海のもたらすもので、その中に目が覚めるような白色が混ざっているのは、その海より生まれた雲である。 プルシアンブルーマンはぴたりと飛行をとめ、それからゆっくり慎重にその蒼い星に近づいていった。引力の感じられないぎりぎりの付近まで宇宙を漂い、やがてそこで動きを止める。 プルシアンブルーマンは目を閉じて、瞼に焼きついた地球のシルエットを記憶の中の無数の惑星の姿と照合し始めた。宇宙警備隊入隊試験の名物問題に、惑星ぴったんこクイズというのがある。宇宙にほとんど無数に存在すると思われる惑星のうち36万2000箇所を限定して受験生に暗記させ、写真を見せてどこの星かを当てるというものだ。受験生は、必死になってその暗記をするが、傾向と対策もぬかりなく検討し、過去の出題状況から暗記を除外する星系を定めたり、試験官の出身星系は重点的に暗記したりと涙ぐましい努力を費やすものである。プルシアンブルーマンはそんな苦しい日々のことを思い出しながらも、スロットマシーンのように数百数千という惑星のシルエットを脳裏で思い浮かべた。そして幸いなことに、この蒼い星はちゃんとプルシアンブルーマンに暗記されていた。 地球。そう、これは地球だ。ジミでマイナーな星だけど、ちょっと綺麗だったから覚えていたんだ。 この星の名を知り、プルシアンブルーマンは軌道上から地上の様子を凝視する。宇宙警備隊の身体規則をパスするだけあって、軍事衛星並みの視力である。地球には知的、まあ知的といっちゃあまあ知的の生命が生じていた。無理もないなとプルシアンブルーマンは考えた。これだけ命が生きるのに都合のいい星はめったにない。誰かが特別な手を加えずとも、ほったらかしにしておけば十分に生命が栄えるほど何もかもが豊かだった。昼寝していたって生きていける。その気になれば働かなくとも生きれるのだ。そして美しい。虚空の中に浮かぶひとつの蒼い宝石のようだった。 プルシアンブルーマンは目を凝らして、その大気の中の陸地を見つめた。彼のズームアップ機能はさらに突出しており、大気圏外にいて地球の陸上のアリンコを見つけることができるまでの高性能を誇っている。 そしてプルシアンブルーマンが気まぐれに見つめたのが、地球という星の中に浮かぶ小さな島国、日本の、そのまた小さな行政区となるアリガチという街の、中心地からキモチはなれぽつんとたたずむひとつのやや古ぼけた数階建てのビルの中のオフィスで、退屈そうにひとつあくびをして先輩の女性職員ににらまれた、ひとりのかわいらしい容姿をした女の子だった。 プルシアンブルーマンははっとした。雷鳴に打たれたかのような心地がした。 そして思った。 心に強く。 はあ、あの子、めっさカワイイ♪ 地球か。 よし、地球よってく? らららら。 辺鄙も辺鄙、何やっていいんだか、何をしたら正義が守れるのか、良くわからないくらいのどイナカに左遷された正義のヒーロープルシアンブルーマンは、一目ボレした女の子ののんきそうな笑顔を守るため、そしてそのついでに地球の平和を守るため、かくて大地に降り立ったのである。 「あ、ワタクシ、昨年度までそちらでお世話になっていたプルシアンブルーマンと申します。あの、パパイヤ課長をお願いします。あ、課長ですか? プルシアンブルーマンです。ご無沙汰いたしております。はい、任地は、銀河系の地球を重点的に担当しようかと。そうですね、まあぼちぼちやってみます。成果は、まああまり期待できないかもしれないですけれど。はい、体には気をつけます。課長もお元気で。それでは、はい、失礼します」 その夜、地球の軌道から大地へと降り立つプルシアンブルーマンの光の軌跡を、地球上に生息するごく限られた数のアマチュア天文家たちが自前の望遠鏡で見つけていたが、どうせちっぽけな隕石か、軌道上のガラクタ人工衛星の落下だろうと思われ、さして注意も払ってもらえなかった。高度に文明化された星ならばこの大気圏突入が領界侵犯と看做されて防衛衛星からの斉射を受けることもある、はじめの一歩の関門なのだが、地球はその辺り無頓着なのか、結構あっさり見つけられもせず突入できたのである。プルシアンブルーマンとしてはちょっと拍子抜けでもあったし、ちょっと地球の未来を心配したりもした。宇宙に浮かぶ宝石のような星で、しかもこんなにやすやすと入り込める。まるで、カギをかけない無用心なお宅のようだ。いかんなあ、いかに辺鄙でどイナカでスレてない銀河系とはいえ、悪い異星人でも攻めてきたらどうする気なんだろう。 でもまあそれもアリかなあとプルシアンブルーマンは考えた。だってしょうがないじゃない。用心してないほうが悪いんだもんね。まあオレがここにいる間にそういうことが起きれば、守ってやらないこともないけどさ。でも一番の優先事項はあの子の笑顔を守ることだからな。 そう思い、プルシアンブルーマンは再び彼女のウォッチングを始めた。 再びあのやや古ぼけたオフィスの中でややぼんやりとして先輩の女性職員に怒られているあのかわいらしい顔に辿り着く。そこでようやくプルシアンブルーマンは、彼女が勤めている職場の職種を知った」 「……地球にある、国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部。これってオレと職種が同じじゃないかよ」 プルシアンブルーマンは衝撃を受けた。なんて偶然の一致。はあ、やはり運命の出会いというのは(出会ってないけど)あるもんだなあ。そう、彼女も地球防衛という崇高な志を抱いてそこで働いているんだ。すごい。なんてステキなひとなんだろう。 そこでプルシアンブルーマンは数秒間だけ悩んで、それから結論を出した。 「よし。オレもしばらく地球人になりきって、国際怪人怪獣防衛隊のアリガチ支部に就職しよう」 そうと決まればあとは機械的に作業をこなしていくだけである。プルシアンブルーマンはふっと力を抜いた。すると、銀色と蒼で彩られた彼の姿は一変し、どちらかといえばカジュアルっぽい服装のハタチを僅かに越した地球の日本人の青年という姿になった。身につけた服装こそ周辺の物質の組成をちょちょいといじって急場でこさえたものだったが、しかしその生身の姿は、別段変装や変形ではなかった。そもそも宇宙には知的生命体向けにJIS規格というものがあって、知的生命体の姿や体格はほぼ共通化されているのが常識である。プルシアンブルーマンはバトルモードの時にはバトる格好として銀色と蒼の姿に変身するが、それは外仕事のために作業着を着るようなものであり、本体は地球人と大して変わらない。プルシアンブルーマンの種族のローカルな特色として、精々紅い蒙古斑がおしりの左右にひとつずつ出るくらいの違いである。それだからほとんど変わらない顔立ちの地球人の女の子に突如恋などしたのだ。種族が違ってしまえば、例えば地球人がイグアナに恋はするまい。それと一緒である。 その姿になってからプルシアンブルーマンはハローワークに行って国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部現地採用枠の願書を手にし、必要事項を記入したが、うっかりボールペンで氏名欄にプルシアンブルーマンと書いてしまってやむなく新しい願書を取り寄せ、それからハタと考え込んだ。 「名前、どうしよう。っていうか必要書類の戸籍や住民票、どうしよう」 ハローワークに赴く人々は、どこから見ても平凡な地球人のプルシアンブルーマンの様子を見て、その光景をどのように解釈するか、実は結構悩んでいた。自分の氏名欄を前にして心底悩みだす青年、しかもそのそばにくしゃくしゃになって丸められている同じ様式の願書の氏名には、でかでかと「プルシアンブルーマン」と書かれている。(ちなみに、言うまでもないが、日本語のひらがなカタカナと常用漢字の読み書きは、宇宙警備隊試験の必須問題である。プルシアンブルーマンは夜露死苦をどう読むかわからなかったが、他の問題で点数を稼いでどうにか合格した) このひと、ちょっとおかしいのかも。そんな憐憫の視線もいくつか彼に集まった。
同じころ、国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部のややくたびれたオフィスに警報が鳴り響いた。スピーカー越しのそれは、続いてその後に言葉を連ねる。 「怪人発現警報発令。怪人発現警報発令。本日ヒトマルサンマル、アリガチ市役所付近にて怪人発現。ヒトマルサンゴー、当局は対策本部を設置。なお怪人の特徴や被害については不明。防衛隊員は直ちに出動の準備にかかれ。繰り返す。防衛隊員は直ちに出動の準備にかかれ。 それを聞き、だがオフィスの中は泰然自若としていた。 落ち着き払っている、というのとは微妙に路線が異なる。 ずずずず、くは〜。 ほとんどわざとやっているようにしか思えぬ音を立てて番茶をすすり、満足の息遣いをもらし、退職間際のセキ・カズヲは遠い目をしていた。 国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部防衛出動課防衛係長のイワムラ・カズヒロは、最近めっきり薄くなってきた髪の毛に触れながら、机の上においてある端末から、セキの方に視線を移し、その光景を諦観と悲しみの混ざった瞳で眺めやった。 「聞こえた? セキさん。ほら、出動だってさ」 「はあ?」 年金をもらうまでまだまだ数年もあるというのに、セキの耳は遠い。聴覚検診で異常が発覚しているのではなく、その結果はすこぶる問題なしなのだが、こと仕事のことになると途端に耳が遠くなるのだ。 「セキさん!」 係長のイワムラが苛立ち、半ば怒鳴ると、セキはいつもは目をしぱしぱとさせている気弱そうな壮年の風体のくせに、 「何だね!」 半ばケンカ腰で目をむいた。ちっ、イワムラは舌打ちしつつ、セキの勢いに負けない大きな声でやり返す。 「出動だってさ。ほらさっさと準備して出かけてきなさいよ。まったく」 セキはフキゲンそのものという様子で、また不必要に怒鳴った。 「オレは今日は当番じゃないて。他の誰かに言えばいいんでねんか」 イワムラは呆れ果てた表情をした。 「今日の当番はあんただて」 「オレじゃない! オレじゃないて!」 「あんただっての。当番表を確認しなさいよ」 「いや違うてば! ほら見てみな。7日はスズキさんになってんねっか」 それを聞くとイワムラは猛烈に呆れ顔をした。まるで呆れるということをモチーフにして五人の画家に描かせたその絵のいいところを取って塗ったくったかのような呆れ顔の極地の表情だ。 自分の名前を持ち出された同じ防衛係のスズキ・タクローがセキの後ろから、月単位の係当番表を眺めた。 「セキさんその当番表って、……先月のやつだよ。今月の7日の当番は、やっぱりセキさんだよ。係長の言うとおり」 自分の間違いを指摘されるとセキはキレる。 「オレが悪いんじゃないて。今月の当番表オレもらってないんだてば。ほれ、オレんとこ、どこを探してもねえんだて」 係長のイワムラは呆れ顔を露骨に表に表しながら、じっとセキを見て、ちゃんと渡したと断言した。 「いや、オレは覚えがない」 スズキ・タクローは面白くもなさそうな表情でつぶやいた。 「セキさんひょっとして、今月分を、先月分と勘違いして丸めて捨てちゃったんじゃないの?」 それはひとつの推理や解釈ではなく、セキがらみである以上極めて信憑性の高いほとんど事実であったのだが、頑なにそれを否定するのがセキのセキたる所以だった。 「違うんだてば。聞けてば。オレは間違ってない。間違ってないて」 イワムラは心底悲しそうな瞳をした。 「セキさん、当番表のことなんてどうだっていい。どうだっていいから、とにかく今日の当番はあんたなんだから、さっさと出動してきなせや」 しかしセキは反論を不毛に続ける。 「なにいってんだて。どうだっていいわけないろ。オレがそんな風に言われてどうだっていいわけがないろが。何考えてんだてば」 「何考えてんだは、おめさんのほうだてば。ほら、急がないと被害が広がるろ。ほらミウラ、お前もさっさとしたくしろ。セキさん連れて行けよ全くもう」 ミウラと呼ばれた体の縦も横も大柄な三十代の職員は、しょうがねえなとつぶやいてセキに、バンとパジェロとどっちで行くと尋ねた。 「よしっ、しゅっぱつしんこー。あ、セキさん、オレ運転するね。ちっと先行ってて。オレたばこ買ってからにするから」 セキはぶつくさ文句を言いながらも、仕事の上で頼りになるミウラの指図に素直に従って、車庫へとぼとぼと歩いていく。係長の自分のいうことは素直に聞かないくせにミウラのいうことには従う定年間際のセキに対して、係長のイワムラは何度も舌打ちをした。 それを聞き、イワムラの隣の席のカシワバ・ウメヲという五十半ばのオヤジが「バカでねえかおめえ」と攻撃的な口調で不穏当なことを言い出す。 「セキのバカなんかにこんな日の当番割り振るお前が一番悪いんだろうが。ええ? イワムラ。このダメ係長野郎このヤロー」 ウメヲは係長のイワムラより七歳年上なのだが、未だに平主査で係長就任の話など一言もかからない窓際中年である。無論、それが当を得た人事であるということに周囲の人間は納得していても、当のご本人様が把握などしていない。自分は優秀で真っ当と信じて疑わず、それでいて仕事は全くやらないアリガチ支部の廃棄物である。しかし繰り返すが当人にその自覚はない。ないのだが、自分が冷遇されていて、出世できないということはわかっている。その状況だからウメヲもストレスが溜まる。そのうっぷん晴らしに、自分より年下の係長のイワムラをイビり、他の係員に対してもスキをみつけては威嚇的な態度をとって自分の思い描く序列を見せつけようとする。そういうセコさが、彼の昇進の可能性をついばむ自業自得の因果の故だった。 かくて係長のイワムラはバカウメことカシワバ・ウメヲの文句を一身に浴びた。その文句の論旨の中核をなすのは、なんでこんな怪人の出る日にセキのバカを当番にあてがったんだということだったが、怪人が出てくるのは突発的である以上、今日の当番がセキであったのは誰にも責任の取れぬやむを得ぬことである。そういうことをネタにして他人を罵倒できるのがウメヲというオヤジの特殊なスキルだった。 イワムラはこのおやぢを反面教師にしてこれまで人生修行に励んできたが、修行のために打たれる滝が、自分の右隣から横殴りに降ってくる今の状況に直面し、ふと自分に対して憐憫を感じるのだった。 しかし彼の受難はそれだけに止まらなかった。 栗色の光沢の美しいロングヘアのすらりとした美人がつかつかとイワムラのところに近寄ってくる。年齢は三十二、三というところで凛とした印象が強い。美人に近寄られてうれしくない男はいないが、イワムラは心臓をわしづかみされたような不吉な感触に襲われた。 「イワムラ係長!」 美人はドスのきいた声で斬りつけるように言葉を発した。イワムラの動機はどくりと乱れた。 「な、なんだろう。ヘンミさん」 ヘンミという名の女性職員は、冷ややかな瞳を容赦なく露骨にイワムラにぶつけてくる。 「今回の出動、予算の範囲内でやってくれるんでしょうね」 「だ、大丈夫だと、思う」 ヘンミは防衛出動課庶務係主査で、アリガチ支部全体の予算担当をやっている。サイフの口をぎゅっと握り締めている辣腕の職員なのだが、それだけに彼女より職責が上のイワムラであってもアタマがあがらない。 しかも、自分の部下がごく真っ当に仕事をしてくれれば、ヘンミに対して沽券を示すこともできるのだろうが、傍若無人で不平屋のカシワバ・ウメヲや、そのウメヲにバカだのアホだのとののしられているセキ・カズヲといったトラブルメーカーを抱えていては、口をついて出てくるのは弱音や愚痴ばかりである。 「本当に大丈夫なんですか?」 ヘンミの不平顔は実に露骨だ。イワムラはそれに腹を立てなくもなかったが、それ以上に自分でも大丈夫なんだろうかという疑問に襲われる。気持ちが揺らいだというより、失敗した時にヘンミにボロクソに叱責されるのは誰でもない自分自身なのだ。 「セキさんなんか送り出して、被害が広がったらどうするんですか? 予算に余裕なんてないんですよ。本部の財政担当に蹴られたら、責任は取ってもらえるんでしょうね」 ヘンミの物言いは寸止めが効かない。セキは戦力外不足で自由契約という口ぶりである。が同様に思っているイワムラはそのことに抗議などはしなかった。声を荒げたのは景気をつけないとヘンミには反論しにくいからだ。 「ミウラも一緒に出したから大事にはならないだろ。無理だったらさっさと引き上げてくるさ」 ちっ、ワザと聞こえるようにヘンミは舌打ちをしてきびすを返した。 そこに、イワムラの隣に座るカシワバ・ウメヲおやぢが、「おうおう、ケツはいいケツしてるけどおっかねえねえちゃんだな」と、どこからどう見てもおやぢとしかいいようのないおやぢ臭いひとりごとを漏らす。 次の瞬間、ヘンミの細腕から繰り出された正拳が、ウメヲの顔面に寸分の狂いもなく叩きつけられた。度の入ったチンピラヤクザ臭いサングラスが左右に割れて吹っ飛ぶ。崩れ落ちるウメヲ。そのわき腹にヘンミの爪先が蹴りこまれる。ぐじゃ、ヘンミの黒いハイヒールのつま先が半ばほど、ウメヲのぶよぶよとしたわき腹に突き刺さる。 ウメヲは床の上で悶絶した。それを冷ややかに見下ろしていたヘンミが、突然ニコリと微笑む。 「お分かりかしら? 口は災いのもと。あまりお利口さんじゃないから、こうやって痛めつけられないと理解できないとは思うのですけれど。それともわたしが思うよりもっとおばかさんで、もっと血反吐吐かなきゃわかってもらえないかしらん」 ウメヲは口をパクパクさせていた。その口をヘンミは黒いハイヒールのかかとで踏み潰す。 「お返事は? ……さっさとキリキリ答えれや」 口を踏みつけておいて無茶を言うと横で見ていたイワムラは思ったが、ウメヲと同じ目にあうのはゴメンだったからそ知らぬふりをした。 ウメヲはカニのように泡ぶくをうかべながら必死の形相で返答する。 「ば、ばい。ばがりばぢだ」 「そう? ゴキブリよりは知能があるようねえ」 ニコリとまた微笑んで、ヘンミは颯爽とその場を離れていった。 横で見ていたイワムラは震え、内心でアイツ、怪人よりも絶対怖いよなとつぶやいた。 ヘンミが自分の席に戻ると、その隣に座る、肩までの黒髪のかわいらしい女の子が小声で話しかけてきた。 「ヘンミさん、あのお」 「何? じれったいから用件はさっさと言って」 「す、すみません。あのお、ウメヲさん、悶絶してますよねえ」 「何? 可愛そうだっての? あんなのあれでも温情かけて生かしてやってんのよ」 罪悪感の一片も顔に浮かべず、ヘンミは長い髪をかきあげた。それに対してかわいらしい顔立ちの女の子も別段痛ましそうな表情は浮かべていない。 「いや、ちっとも、ぜんぜん、まあったくかわいそうじゃないんですけど」 「当然よね。それで?」 「あのお、ウメヲさん悶絶してると、仕事が回せないんですけど」 「ほっときなさいよ。どうせ回したってやらないでしょう。あのオヤヂは」 「ま、まあそうなんですけどねえ」 「イワムラ係長に回しておきなさい。向こうがどうにかするでしょう。わかったスズメハラ?」 「は、はあい」 スズメハラ・ナナはこくんとうなずいた。彼女こそ地球のはるか大気圏外でプルシアンブルーマンが見つけ一目ぼれした麗しの女の子だったのだが、二人はいまだ出会わない。
両側面に「国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部」とペイントされたパジェロはもんのすごい勢いで現場に急行した。 可能な限りすばやく事件を解決しようというのではなく、単にドライバーのミウラの運転が恐ろしいほどに荒っぽいだけである。 ナビシートのセキは必死にシートにしがみつきながら目をしぱしぱさせていたが、ミウラは鼻歌交じりでパジェロをぶっ飛ばした。 やがて、アリガチ市役所近く。遊具はないが公園として親しまれている緑化スペースに黒山の人だかりがある。 「うぉりゃあ、そこをどけい」 パジェロはその中に強引に突っ込んだ。人だかりの中から諸々の悲鳴が上がるが、ミウラは全くお構いなし。そのうえ、どこをどうやればそのようになるのか不思議なくらい巧みに人を避けていく。そして、 「とうちゃーく」 フルブレーキングで耳を塞ぎたくなるタイヤの音を響かせ、砂塵を舞わせ、パジェロはかなり無理な挙動からオーバーランしつつストップした。そして止まるや否や颯爽と降り立つミウラ、助手席から転がり落ちる退職が近いセキ。ざわめく人だかり。その中央はドーナツのようにぽかんと開いていて、一人の、トカゲと人間が折衷されたかのような生物が赤い瞳をこちらに向けていた。それはグロテスクなまでに一体化したバイオテクノロジーを思わせる精巧さというよりは、人間がトカゲの着ぐるみをきて顔だけを出しているという安直さがある。といって、肌の光沢といいよく動く尻尾といい、着ぐるみをきたみょうなひとではなくて、おそらくホンモノの怪人なのだろう。 ミウラはニコニコと笑った。 「おめさん、なんて名前だね?」 トカゲ怪人はギロリとミウラをにらむ。 「名前なんてない」 「へえ、そうかい」 余裕たっぷりのミウラに対して、小柄でメガネをかけてめっきり薄くなった髪の毛を七三にわける退職間近のセキは、しぱしぱさせる目が段々とすわってきた。 「ミウラさん」 ミウラの隣に立っていた、セキはずっと年上のくせに仕事のことで世話になりすぎているミウラに頭があがらないため、さんづけで呼びかける。 ミウラは視線を向けず、口だけで「なんだ」と尋ねた。 「あの、か、怪人の、弱点て、どこだね?」 ミウラはニコニコしながらも考え込んだ。 「そうねえ。あの腹、白くなってるけどそこにちっと赤みがかったところがあるろ。そこなんていい感じじゃないの?」 「そうけえ、よしっ」 セキは全く前触れも何もなく腰のホルダーから光線拳銃を取り出すと、警告も何もなくいきなりぶっ放した。 ミウラは後述する。 「ホントさあ、いや当てればいいのよ。当たればさ。当てる技量もないってのにいきなり拳銃抜いてぶっ放すんだから、ホントこまったおやぢなんだよなあ。さっさと退職してくれないもんかねえ」 そもそも銃口があさっての方角を向いていたセキの射撃は、怪人にかすりもせず、近くの公衆トイレの壁面に命中し、爆発音と共に外壁の一部を引っ剥がした。 たちまち悲鳴が上がる。ギャラリーに命中しなかったのは不幸中の幸いだ。 ミウラは大いに呆れ、肩を落とした。「ヘンミさん、修理費出してくれるかなあ?」 ヘンミの般若顔を連想し溜息ついて、ミウラはセキに説教をした。 「セキさん、あんたねえ。どうせ撃つなら良く狙ってからにしなさいよ」 セキは自分のミスを責められると途端に逆上する。 「何いってんだて。怪人が先に攻撃してきたらどうすんだてば。さっさと発砲しんばだめだてば」 言うことは猛々しいのだが、トカゲ怪人ににらまれると、ひいっとセキは悲鳴を上げ、またも無意味に狙いもつけず銃口を向けようとする。 「セキさん、ダメだてば。ホントもうこの人にてっぽうはあずけらんねえなあ」 ミウラは横からセキの光線拳銃に手を伸ばし、ひょいと押さえた。 「あっ、ミウラさん、何すんだて」 「頼むからもう撃たないでよ」 セキは必死でミウラに抵抗したが、年齢の違いもそうだがそもそも体格として、大木とそこにへばりつくセミくらいの違いがある。たちまち強引に拳銃をミウラに奪い取られ、セキはフラついてその場に崩れ落ちた。 「このやろう、こうなったら」 セキは懐から、光線手榴弾を取り出し、口にくわえて安全ピンを抜こうとする。 「わあ、それはダメだセキさん」 「うるせてば。敵はやっつけなければダメなんだて」 手榴弾を口にくわえているから、そういう意味のことをふごふごというセキに向かって、ミウラは思いっきりビンダを浴びせた。ふぎゃっと叫んで口からこぼれおちたセキのよだれつきの手榴弾をミウラはキャッチして、ヨダレに気づいて溜息をつきながらも、安全ピンが抜かれていないことを確かめて安堵する。 「ホント、怪人よりタチの悪いオッサンだよな」 そうつぶやいてからちらとセキのほうを見ると、地べたに転がったセキは、う、う、うとうなりだした。ミウラはあららら膝小僧でもすりむいたんかいと思ったがそれは誤解で、セキはうわーと叫ぶとその場から逃げ出していってしまった。どうやら怪人が怖いのに手持ちの武器を全部失って、恐怖に駆られて走り去ってしまったらしい。 「セキさーん。あ〜あ、行っちゃった」 ミウラはぶつぶつと文句を言った後で、怪人のほうを向いた。 「さてと。おめさん、ここは人の世界だからどっかに戻ってもらいたいんだけど何とかなんねえろっかねえ」 トカゲ怪人は紅い瞳をし、紅い舌をちろちろとさせながらじっとミウラをにらむ。 「いやだ」 「どうしてよ。ここにゃあおめさんにとって楽しいことなんてあんまねえと思うんだがね」 「オレは、オレは、復讐するために、念じて念じてこの姿になったんだ」 「復讐?」 ミウラがトカゲ怪人の言葉を繰り返すと、怪人はうなずき、そして傍らにそびえたつアリガチ市役所本館を指差した。 「あの中に、オレを捨てた、ズタボロにして捨てた女がいる。オレはソイツに復讐するんだ。オレもメチャクチャにされた。だからアイツもメチャクチャにしてやる。そしてアイツの周りにいる連中に、この女はこういうバケモノと付き合っていたことがあるって教えてやるんだ」 憎悪のこもった告白、だがミウラはしごくつまらなさそうな表情でそれを適当に聞いていた。 「ふうん。ありがちってやつ」 何だと! 怪人が怒鳴る。だがミウラはどこ吹く風でやはりつまらなさそうだ。 「怪人ってやつはよ、自然発生的にそういう種族が顔を出して襲ってくるか、それとも人間様が恨みつらみでそういう形に変化するか、どっちかなんだよな。おめさんみたいなケースってありふれてんだよねえ。ホント」 「知った風な口のきき方を」 「オレ、高校卒業してこのショウバイはじめて今年でとうとう20年。おめさんみたいなのはウンザリするほど見てきたんだよなあ」 「他の連中と一緒にするな。オレは、オレは、オレは心底呪っているんだ」 「みんなそういうんだよなあ。ますます平凡」 ミウラはちっと舌打ちをした。 「あのよう、オレらこーむいんの端くれだからさ、おめえらを退治してもしなくても給料には反映されないんだよねえ。オレとしては面倒な思いをするよりもおめさんにさっさと消えてもらいたいんだけどね」 「イヤだ。怠けるなこの税金ドロボー。それにあの女も公務員だった。ムカつくんだよてめーら」 ミウラは溜息をついた。 「しゃあねえなあ。ホント因果なショーバイだぜ」 そういい終わるや否や、ミウラは横っ飛びして体を回転させ地の上を転がった。そうしながらもタイミングよく、怪人の弱点として目をつけていた腹の赤みに光線拳銃を三閃する。そのうちの一発こそ僅かに肩口にそれたが、残りの二発は的確にそこを捉えていた。 トカゲ怪人は悲鳴を上げ、腹を抑えてうずくまる。だがミウラはあちゃあとつぶやいて舌打ちした。 「ヤロウ、思ったより腹の皮が厚いでいやがる。こんなシロモンじゃ貫通できないってか」 しげしげと銃をながめるミウラに、うずくまっていたトカゲ怪人が飛び掛ってきた。 「うおっと」 鋭い爪を持つ左右のトカゲパンチをミウラは軽々とさばく。が、 「うひょお、さすがに怪人となるとパワーがダンチだねえ」 受け流していたミウラの左右の腕がたちまち悲鳴を上げ始めた。 スキをみて後方に飛びのき、怪人との距離をとるミウラ。そのすぐ後ろの人垣からはまた悲鳴が上がる。 「おいおい、あんたら、ちっと状況はヤバくなってるぜ。さっさと帰らないと怪我するかもよ」 そう言う最中にトカゲ怪人が突然火をふいた。それはミウラのところまで実際に届かなかったにせよ、猛烈な熱風がその代わりにやってくる。 「うおっと、こいつはヤバイぜ」 ギャラリーがまた悲鳴を上げる。これまではどことなく悲鳴にも余裕があったが、火まで吐かれるとなるとシャレではすまなくなった。避難する人間もようやく出始めた。 この悲鳴の波長を、プルシアンブルーマンはキャッチした。それまでは履歴書のことで悩んでいたせいで聞こえなかったのがようやくにである。 プルシアンブルーマンはすっくと立ち上がった。 「誰かが助けを求めてる。何処かで誰かが叫んでる。急げ!」 次の瞬間、ハローワークから一人の青年の姿が掻き消えた。側にいた人々は慌てたが、よく考えれば自分にとって何のゆかりもない人間のことであるので、すぐに忘れてしまった。 そんなことをちっとも気にとめないプルシアンブルーマンは天高く飛翔した。 高度数千メートル。雲が足の下に見える。 一切が浄化されたかのような青空。輝く太陽。プルシアンブルーマンは太陽に向かって両腕をかざした。 「変身」 プルシアンブルーマンの人間と寸分も変わりのない姿が、突如として透明感のあるブルーに発光する。青く澄み渡る大気の海の中でよりいっそう、サファイアのようなきらめき。そしてそれが星くずのように淡く消え去る時、プルシアンブルーマンは鈍色のシルバーとブルーとを基調とし、同系色のマスクを身につけたバトルモードに変化した。 そのころ地上では、アリガチ市役所近辺で生身の人間ミウラがトカゲ怪人と対決していた。 「うおっと、うお、やるねえ」 ミウラはニコニコして余裕たっぷりなのだが、トカゲ怪人の両腕から繰り出される乱打攻撃にじりじりと押されていく。 公園内の並木を背にしたミウラは、巧みなステップワークで、その木の幹をすり抜けた。トカゲ怪人はミウラを捕え切れなかったが、代わりに並木の幹を殴打する。 「うわぉ」 ミウラは感心した。トカゲの一撃で並木が折れ曲がったのである。 「やるねえ。しかしアレだな。やつのアタックを受け止めたオレは、木よりも頑丈だってか。さすがオレ」 間合いを取る。 さすがにミウラも呼吸が荒くなってきていた。肩で息をする。 「あ〜疲れた。ちっと一服してえなあ。タバコタイムにしない?」 トカゲ怪人の目がいっそう紅く輝いた。その時、 空の彼方から、銀と蒼の戦士が降りてきた。 「宇宙警備隊銀河系支部に左遷、いや銀河系所属プルシアンブルーマン、見参」 風が干からびた音を立てて吹いた。ギャラリーは結構ひいている。 トカゲ怪人はしげしげとプルシアンブルーマンを眺めた。 「何だお前、特撮もののコスプレでもやってんのか」 プルシアンブルーマンはそれを聞き、ムッとした。しらけたような周囲の雰囲気が不快感に拍車をかける。 「うるさいな、こっちはホンモノだ。ホンモノ」 「だったら試してやる」 ミウラに繰り出したのと同じ左右の腕の殴打攻撃をトカゲ怪人は繰り出してきた。 右。左。右。右。左。 木をもへし折るその打撃を、だがプルシアンブルーマンはやすやすと受け止める。おおっ、というギャラリーの歓声。それにちょっと気を良くしてプルシアンブルーマンは胸を張る。 「ほら見ろ。ホンモノだろう」 「じゃかましい」 トカゲ怪人は力を込めて渾身の一撃を繰り出したが、プルシアンブルーマンはスウェイしてやすやすとそれをかわし、掛け声と共にトカゲ怪人のアゴにキックを繰り出した。 衝撃で後方に怪人は十数メートルは吹っ飛ぶ。 「ぎゃっ」 トカゲ怪人は仰向けに倒れてピクピクと痙攣した。 「うぉっ、やるねえ」 ギャラリーからは拍手喝さい。それを後ろから見ていたミウラはニヤリとして、ぺたりと座り込み、タバコに火をつけた。 「どうやら楽ができそうだ。ちょっと一服。ぷはあ。ああ、缶コーヒー買ってこようかあ」 そこにケータイが鳴り響いた。ポケットからミウラはそれを取り出す。 「毎度、ミウラでやんす」 「イワムラだが」 「おっ、係長ですか。お疲れ様です」 「セキさんが逃げ帰ってきたんだが、そっちはどんな感じだ?」 「ああ、今ですねえ。多分宇宙からやってきた正義の味方が戦ってくれてます」 「正義の味方?」 「たまーに地球に来ますよね。連中。オレ新採のころシャイダーがいて楽できたんだよなあ」 「それでどういうシリーズのやつらっぽいんだ?」 「ウルトラ戦士じゃなさそうですね。身長は人間様とほとんど一緒」 「ライダー系か?」 「いやあ、昆虫っぽくはないですよ」 「戦隊ものかメタルヒーロー系か?」 「それとも違いますねえ」 「ふうん。いろんな正義の味方がいるもんだなあ」 「名前は?」 イワムラがそう尋ねると、ミウラはケータイを押さえもせず大きな声で叫んだ。「おーい、そこの正義の味方」 呼ばれたプルシアンブルーマンは振り返る。 「何ですか?」 「おめさん、名前何ていうんだ」 「はあ、プルシアンブルーマンといいます」 「名刺ある?」 「すいません、ちょっと切らしてまして」 「りょうか〜い」 それからミウラは再びケータイでイワムラ係長と話しだした。 「係長。プルシアンブルーマンっていうそうですよ」 「山梨学院大卒か?」 「マラソンランナーじゃなさそうですけど」 アリガチ支部でイワムラとミウラとのその会話を聞いていた庶務担当のヘンミフミが、立ち上がってイワムラの側にやってきた。 「あの、イワムラ係長」 「な、何? ヘンミさん」 イワムラは思わずどもった。ヘンミの恐ろしさに慌ててしまう。 「その正義の味方って、大きさは?」 「人間と同じぐらいだって」 「……巨大化とかって、できちゃいそうですか?」 ヘンミの視線がマジだったので、イワムラは慌てて電話の向こうのミウラに尋ねた。 「ミウラ、あのさ、山梨学院大に巨大化できるかどうか聞いてみてよ」 「了解」 ミウラはまたも大声でプルシアンブルーマンに話しかけた。 「おおい、プルちゃん」 「……プルちゃんって何かビミョーな言われようですね」 「あんた、巨大化できるの?」 「できますよ」 「どんぐらいの大きさになるんだ?」 「今の十倍ってとこかな。大きくなってられる時間制限ありますけどね」 「へえっ、どんぐらいの間なんだ?」 「前後半45分ロスタイムありです。Vゴール方式じゃないので決着がつかなけりゃペナルティキックをかまします」 ミウラは大きくうなずくと、再びイワムラに話し出した。 「十倍だそうです。まあざっと、16メートルから17メートルってところでしょうかね」 イワムラはその結果をヘンミに伝えた。 ヘンミはプルプルと震えている。 「……イワムラ係長」 「な、なんでしょう」 「その正義の味方に伝えてください。絶対に、絶対に、巨大化するなって」 「な、なんでだろう?」 「周辺に被害が出まくって予算が足りなくなるからに決まっているでしょう! そんなこともわからないんですか!?」 イワムラは慌てた。 「ミウラ、というわけだ。山梨学院に巨大化しないでケリをつけてくれと伝えてくれ」 ミウラはそれを聞き、抗議の声を上げた。 「ええ? マジですか。折角巨大化できるんだったらやってもらったほうが楽しいじゃないですか」 「あのなあミウラ。ヘンミさんに怒られたら、オレは楽しくないんだよ」 「なるほど。わかりました。伝えるだけは伝えておきますよ。おーい、プルちゃん。できれば巨大化しないで決着つけてくれない?」 プルシアンブルーマンは気さくに答えた。「いいっすよ。もう大体勝敗見えちゃってるし」 ミウラはニコニコ微笑んだ。 「消化試合? 結構結構」 「それはそうと」 プルシアンブルーマンはミウラに話しかけた。 「あのう、国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部の方ですよね」 「イエース。オレはミウラってんだ」 「あのう、アリガチ支部さんに、すっごいかわいい女の子っていないですか?」 「かわいいねえちゃん? ヘンミさんじゃないわな」 「あのですねえ、髪の毛肩までで染めたりしていない黒髪で、色白で、とにかくかわいい子ですよ」 「ああ、ナナちゃんね。スズメハラ・ナナちゃんのことだろ。彼女童顔だよなあ」 「カレシとか、いそうですかね」 「ナナちゃんなあ。可愛いけどムチャクチャ地味だし無口だしなあ。そういう雰囲気もないと思うけど」 「ラ、ラッキー。よっしゃ、がんばるぞオレ」 怪人を倒してもいないのにガッツポーズのプルシアンブルーマンである。 油断、といえば油断だったかもしれない。 トカゲ怪人はあいかわらず悶絶していた。 内心憎悪に煮えたぎっている。 女には捨てられ、それも手ひどく騙され裏切られ踏みにじられた。 黒い憎悪を燃やし続けていたら、いつの間にかこんな姿になってしまった。 苦しみ。 だけれどもある日、自分のとてつもない怪力を目の当たりにして悟る。そうだ。神か、いや悪魔でもいい。どこかの誰かが自分に復讐のための力を与えてくれたんだ。 殺す。あいつを殺す。殺してあいつに恥をかかせてやる。 そう思ってここまでやってきて、だが、税金泥棒に邪魔をされ、おまけにわけのわからない正義の味方まで登場して自分を痛めつける。 くそ。 どうして誰も彼も、オレをこんなにズタボロにしていきやがるんだ。 トカゲ怪人ははっとして目を見開いた。 見物人たちはあらかた去っていたが、自分のすぐ近くに人影がふたつ。 男と女。 トカゲ怪人はぎょっとした。女のほうは、トカゲ怪人がまだ人間だったころ彼を捨てたあの女だった。そして彼女に寄り添う男のほうは、トカゲ怪人と別れる前から彼女が付き合っていた本命の男。 行き場のない憎悪の黒い渦に新たなる炎が燃え上がった。 プルシアンブルーマンとミウラは、そのことに同時に気づいた。 「まずい」 プルシアンブルーマンはすばやく跳躍して、トカゲ怪人とカップルの間に割って入る。 「あちゃあ、しまった。あいつパワーアップしちゃってる」 ミウラはタバコを捨てて踏みつけて火を消した。 「プルちゃん、ヤバいぜ。さらにパワーがダンチっぽい」 トカゲ怪人は虹色に発光し始めた。 「逃げるんだ!」 プルシアンブルーマンはカップルに向かってそう叫ぶ。 慌てて二人は手を繋ぎながらその場を走り去った。 トカゲ怪人は光の中で体が変異していた。 腕といい脚といい筋肉が盛り上がってくr。長さものびる。手足だけでなく胴も頭部も膨れ上がる。おまけに、尾がもう一本生えてきた。やがて発光が収まり、トカゲ怪人はゆっくりと立ち上がった。これまでは人の身の丈程度であったのが、倍ほどに膨張している。 禍々しいひと吠え、それは戦闘再開の宣言だった。 トカゲ怪人の丸太のような腕からパンチが繰り出される。 プルシアンブルーマンは受け止める。が、 「うわっ」 受け止めた体制のまま後方に吹っ飛ばされた。 それだけではない。 パンチを受け止めた腕が突然発火する。 「プルシアンシャワー」 体内から水を噴出させ、自分の腕を鎮火させるプルシアンブルーマン。だが、地上に着地すると、そこに鞭のように蠢くトカゲ怪人のふたつの尾が襲ってくる。 一撃、二撃、それは避けられたが、その次は無理だった。 「ぐっ」 プルシアンブルーマンはうめいて片膝をついた。骨まで響く強烈な一撃だった。 「おわりだな。コスプレヒーロー」 トカゲ怪人が紅い舌をちろちろとさせながら迫りくる。 (マジイか) プルシアンブルーマンは一瞬弱気になった。 たそがれ星雲から遠く離れたこんな世界で、何の活躍もしないまま第一話でいきなりやられてしまうのかと思った。 (ちくしょう。これじゃあまるで人気が出なくて打ち切りっぽいじゃないか。みっともない) だが、そこにふとひとつの笑顔が浮かんでくる。 スズメハラ・ナナ。 そうだオレは、まだ会ったこともないけれど、彼女の笑顔を守るんだ。 「くっそお、ナナちゃんとちゅーもしないうちからくたばってたまるか」 闘志を燃やす過程で、何気にナナの笑顔を守るところから図々しくスケールアップした願望を燃え滾らせるプルシアンブルーマンは、四肢に力を込めて立ち上がった。 「チャージ」 そう叫ぶと、プルシアンブルーマンのバトルモードの蒼色の部分が発光した。制御され、通常は潜在化されているプルシアンブルーマンの力が顕在化される。 トカゲ怪人のふたつの尾が襲い掛かる。 「ウィンドミル」 プルシアンブルーマンの左右から突如突風が躍り出、トカゲ怪人のふたつの尾を絡め取ると、突風は猛烈な勢いで尾をふたつともその根元から引きちぎった。 「うぎゃあああ」 絶叫を上げるトカゲ怪人の胸元に、プルシアンブルーマンはドロップキックをかます。 吹っ飛ぶトカゲ怪人。 「よし、とどめだ」 両肘を曲げ、拳を握り締め、下に振り下ろす。そしてその両手を今度は倒れこんだトカゲ怪人に向かって繰り出す。ふたつの拳を、同時にぱっと開いた。 「めっさブルービーム」 プルシアンブルーマンのエネルギーがふたつの掌に集約化され、青白い炎が怪人に向けて迸った。 「ひでぶ」 断末魔はほんの一瞬だけ。怪人の苦痛も苦悶も、次の瞬間には浄化され、跡形もなく消え失せた。 それと同時に、トカゲ怪人をトカゲ怪人にしてしまった胸中の憎悪や無念さが、プルシアンブルーマンの心の中を過る。めっさブルービームは、その放射と引き換えに、消失する怪人の心が入り込んでくるのだった。 「お前も悲しかったんだな。でももうそういうものがないところに行くんだよ」 プルシアンブルーマンはそう言って空を見上げた。 しばらくそうしてから、プルシアンブルーマンは、勝敗を見届けて安堵し新しいタバコに火をつけていたミウラのほうを見た。 「おう、ご苦労さん」 ミウラはタバコを持たないほうの手を何度か振った。 「また会いましょう、ミウラさん」 そういうと、プルシアンブルーマンは姿を消した。 ぷかり、ミウラは紫煙を浮かべた。
カップルはなお駆けていた。手はとっくに離れ離れになっている。 そこにプルシアンブルーマンは突如現れた。 「ひっ」 悲鳴を上げながら立ち止まる二人。う〜ん、プルシアンブルーマンは古畑ばりにうなると、ぴっと男のほうに人差し指を突きつけた。 「プルシアンくらくら」 途端に男はヘナヘナと崩れ落ち、昏睡する。 「大丈夫。眠ってしまっただけだ。命に別状はない。それより、あなたと話がしたかった」 プルシアンブルーマンは女のほうを見た。 内心でうーんとうなってしまう。 (何だか若くない。おばはんだぞ。どうしてあのトカゲ、このおばはんに惚れちまったんだろう) 年増の女は、怪訝な顔をした。 「私と話がしたい? あなた、ナンパ?」 「違う!」 プルシアンブルーマンは全力疾走で否定した。 「イヤなことを言うようだか、しかし聞いてほしい。あのトカゲ、あなたに捨てられた男が、その怨念を凝らせて変化した姿だそうだ」 「……誰のこと? 名前わかる?」 「名前? さ、さあ?」 「それじゃあ誰かはわかんないわよ。そういう男はいっぱいいすぎて」 プルシアンブルーマンは絶句した。そして、地球の風習はわからんと内心でうなった。 「でも、誰かはわからないけれど、私にも責任があるということよね」 女がうつむいてそうつぶやくと、プルシアンブルーマンは首を横に振る。 「それは誰にも責められることではないだろう。ただ私は、あの男の思念の最後の残滓を伝えようと思っただけだ。最後には、悲しみも憤りもない、ただあなたの面影を宿して、あの男は去っていった」 「そう……」 やがて女は顔を上げた。 「もう、行かなくちゃ。その人を起こしてくれる?」 寝入ったままの女の彼氏は、すやすや寝息を立てている。プルシアンブルーマンはうなずきながら、あまり考えもせずに女に話しかけた。 「市役所で働いているとか」 女はこくんとうなずいた。 「そう。住民課の戸籍担当よ」 なに? プルシアンブルーマンは声が裏返った。 「戸籍担当……」 「そうだけど」 「頼みがある。オレの、オレの戸籍を偽造してくれ!」 女はぎょっとしたようだった。 「な、何バカなことを言ってんの。法に触れるのよ。冗談じゃないわ」 「正義の味方として活躍するためには、市井にまぎれて生活する必要があるんだ。頼む」 「ダメったらダメ。ムリ言わないでよね」 「むう。……あなたはそういえば、誰に恨まれているか、沢山いて見当もつかないって言ってたな」 「そう、だけど」 「また同じように怪人になったやつが出てきたらどうする?」 「うっ、弱いところを」 「オレならば守ってやることができる。どうだい? 交換条件で」 「うっ、うっ、し、しかたがないわねえ。そ、その代わり、絶対他言無用よ」 「ついでに住民票も作ってほしい」 「……あなた、もしかしたら、怪人よりタチが悪いわよ。……それで、なんて名前にするの?」 「オレ? オレはね、そうだな。ヨート、オオタキ・ヨートって名前にする」
「次、受験番号136.オオタキ・ヨートさん」 「はいっ」 「元気がいいね。志望の動機は?」 「地球の平和。世界の平和。そしてアリガチ市の平和のためです!」 「元気がいいねえ。モットーは?」 「まずひとつの笑顔を守る。全てはそこから」
舞い込んできた一通の封書。 慌ててあけて、口がびりびりになった封筒。 中に入れられた手紙の束の一番上の紙。 「オオタキ・ヨート殿 採用試験の結果、貴殿を採用することが決定となりましたので通知いたします。 国際怪人怪獣防衛隊アリガチ支部」 や、や、や、やったあ! 待っててよナナさん。
そして春。 まばゆい光と、咲き誇る花の中、 「はじめまして。オオタキ・ヨートといいます。こちらでお世話になることになりました。色々ご面倒をおかけするかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。そして、めざせ地球の平和!」 一人の青年が、少しばかりくたびれて前時代的なオフィスで、ペコリと頭を下げる。 若々しい一直線な挨拶と最後のセリフの意味不明さに戸惑いながらも、低く落ち着いた声色で話しかける中年の男がひとり。 「よろしく。私は係長のイワムラだ。他の職員を紹介しよう。こちらがカシワバ・ウメヲさん」 小太り、タヌキ顔、太鼓腹、チンピラヤクザのコスプレのような趣味の悪い紫色のワイシャツといういでたちの男が、ギロリとヨートをにらむ。 「おい若造、みょうちくりんな挨拶だな。ヘンなヤローだ」 「ど、どうも」 「ウメヲさん、ちっと手加減してあげてよ。そしてこちらがセキさん」 小柄で貧弱、樹液をすするセミを連想させる定年間際のセキが、しげしげとヨートをながめる。 「何だか見かけないひとだねえ」 「セキさん、あたりまえだろ。今日着任したばっかりなんだから」 係長のイワムラは容赦なく突っ込みを入れた。 「オオタキ、そしてこいつが実動部隊総括の……」 「あっ、ミウラさん」 大柄で体重もたっぷりありそうなミウラが席から立ち上がる。 「おう、オレがミウラだぜ。ところでお前、どうして俺の名前を知ってんだ?」 ヨートはややどもった。 「い、いやあ、ミウラさん有名だから、ここの界隈じゃ結構知れ渡ってますよ」 苦し紛れの返答を、ミウラは頭から信じ込んだ。 「そうかあ。いやさすがオレ様だな。はっはっは。よろしくたのむぜい」 「よろしくお願いします」 イワムラは周りを見渡した。 「それとな、あそこにいるのが、別支部からの出向組のスズキ・タクロー。今出動準備中だから後であとであいさつしておけよ。あと、お前とは採用枠が違うから別日配属だが、オダワラという男とヒグチという女の子を新規採用で取った。あと育休代替でシマバラっていう女性職員が配属される予定だ。ウチの係は以上だが、あといつもお世話になるのが、あっちの庶務係のヘンミさん」 ロングヘアのスレンダーな女性がさっと立ち上がる。 「ヘンミです。よろしくね」 「ヘンミさんイヤに愛想がいいなあ」 「あら、若くてお金がかからなさそうな男の子は大好きですから。わたくし」 「金食い虫のオヤジはダメか。そして彼女が……」 ヨートの目は見開かれた。 ひとりの女性が立ち上がって、ややおずおずと挨拶をする。見るからにそういうことが苦手な様子だ。 「あの、スズメハラ・ナナといいます。よろしくお願いします」 「……ナナさん。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」 オオタキ・ヨートことプルシアンブルーマンは、今後彼を待ち受ける幾多の苦労など予想することもなく、この時ナナに出会えた感動を深く噛み締めていた。 (よしやるぞ。オレは彼女の笑顔を守るんだ) 気合を入れなおすヨートに、イワムラがぼそっとつぶやいた。 「オオタキ、ここでの仕事の秘訣を教えてやる」 「なんでしょうか?」 「うん、あのな」 「はい」 「テキトーにやることだ。そしてなるべく予算を使わない。以上」 「は? はあ〜? だってオレ、正義の味方じゃあ」 「世知辛い世の中でねえ。純真無垢の正義より、程々の正義、費用対効果のある正義というのが、ウチのモットーなんだよねえ」 「ええ? マジっすか?」 はあ、ヨートは溜息をつきつつも、ちらりと視線をナナに向ける。ヘンミと話し、何かしでかしたのか軽く小突かれて困ったように笑うナナの笑顔を見て、 (ん。まあ、いっか) そう思う正義のヒーロープルシアンブルーマンなのであった。
<終わり> |