ラビリンス

 

 

 

 

 

 

 汚れきってしまった僕は逃れられぬ僕なのか

 退屈しきった情欲ばかりが日々の中で浪費され

 

 

閉じられた僕はあるがままの僕なのか

水槽に生まれた者はその狭苦しさを知らずに

 

 

目の前にあるものは約束された快楽で

禁断でも何でもない黒く熟した果実

樹木は野生に根を張らず

管理された囲いの中の

 

 

君を愛したい

心の底から

僕というこの卑小な枷を取り払って

君を愛するためのこの邪魔で醜い僕という輪郭は

もうとうの昔に僕の内部を虫食んでいるかもしれないけれど

そもそも内部の腐臭が僕という存在を形作っているのかもしれないけれど

僕は僕の中にか細い

いや

それですら過信

汚れの僕にそんなものがあるのか

 

 

君を愛したい

 

 

 

 

 

 

「知ってる? 一昨日さ、飛び降り自殺があったんだと」

「……めずらしくもないじゃない。何処によ」

「ここにさ。ウチの大学の教育学部D号棟から裏手の駐車場にされているやわらかい土の地面に書けてのダイブ」

「死んだの?」

「生きてはいるらしい。良く分からないけど、でもまあ、どっちにしたってあんまり関係ないなあ」

「ふうん。あ、スパゲティ冷めるよ」

「あ、そだね」

「……わりにおいしそうだね。それ」

「ああ、ミートソースでしょ」

「何かさ、もっとごてごてとしたなんたらこうたらミートソースって名前じゃなかったっけ?」

「でもまあミートソースだ」

「口の端が真っ赤になってるよ」

「それがミートソースだ」

 

 

 

「雅行は意識を取り戻すのかな?」

「……あなたって人はどうしてそう冷淡なんですか。まるで他人事のよう」

「そんな事は言ってないだろう」

「いいえ、この際だから言わせてもらうわ。あなたは冷淡よ。いつもいつも、関心があるのは自分のことばかり。雅行の大学進学だって、私があれだけ一人暮らしに反対したのに、あなたは面倒くさそうに、いいだろう、のひとこと。その結果がこれよ。わけのわからない女にのぼせ上がって、わけのわからない遺書を書いて、それで、それで」

「……やめろ」

「あなたのせいよ。何もかも。全部」

「……やめるんだ。馬鹿なことばかりを言うな」

「何が馬鹿なことなのよ」

「それじゃあ俺だって言わせてもらう。雅行をそうやっていつまでも支配しようとする君の過剰な親心が、雅行をここまで追い込んだ一因としてだって考えられるんだぞ」

「私が悪い? 自分を棚に上げて良くそんな事が言えるわね」

「自分を棚に上げているのは君の方だ。自分は悪くなく、他人が全て悪い。そう思っているからこそ、俺を罵っているんじゃないか。誰が悪いわけじゃないだろう。全てはこうなってしまった。ただそれだけだ。今は雅行が回復するのを願うしか出来ないだろう」

「……やっぱり、あなたは、冷淡よ。自分の子どもなのよ」

「……そろそろ騒ぐのにも疲れただろう。いいかげんに黙ってろ」

 

 

 

「あ、美香? うん、あたし。大変だったって? そりゃあねえ。変な刑事とかがさ、根掘り葉掘り聞くのよ。あいつと関係はあったのか? 何度ぐらいだったか? 最近別れ話でも切り出したか? あるいは妊娠でもしたか? とか、なんとかかんとかどうとかこうとかよ。ったく、頭に来るわよね。あんなさ、二度三度寝た男が自殺未遂したぐらいでさ、どうしてこんなに大騒ぎになってあたしは犯罪者みたいな惨めな気持ちにならなきゃならないのよ。やってらんないわよ。ホントにねえ。ウカツに変なやつと寝れないよね。ったく。え? 向こうの親と会ったって? なんでんなことしなきゃならないのよ。会ってないよ。大体会って何の話をすればいいわけ? でしょでしょ。あんなの無視よ無視。大体あたしは病院のあのにおいとかフンイキが駄目なわけ。こっちが病気になりそうだって。――そうそう、それでさあ、あの遺書よ遺書。屋上にあったやつ。心当たりはあるかって刑事に見せられたんだけど、わっけわからないの。え? 何がって、書いている意味がよ。なにとち狂ってんだって感じ。やっぱりさ、あいつってさ、アタマおかしかったのよ。うん、刑事にもね言ってやったんだ。このひとちょっとアタマ変って感じですよねえって。そしたらさ、向こうもさ、やっぱりそうかもしれんなあだって。それはそうと、金曜のコンパの件なんだけど。行くに決まってんじゃん。やばくないって? だいじょぶでしょ。どうせ死んでないんだからさ。一月もすれば元に戻るって。うんうん、そういうこと。そ、というわけで、カッコイイの揃えといてね。ほんじゃ」

 

 

 

「というわけで本日のゲストは『コギト』のヴォーカルのガーさんです。拍手」

「みなさんこんちわ、『コギト』のヴォーカルやっとりますガーです」

「ガーさん率いる……」

「いや別に率いてないすけどね(笑)」

「ま、ま(笑) ガーさん率いる『コギト』は最近人気急上昇なわけですが、『コギト』の魅力のひとつに」

「は〜い、ヴィジュアル系で〜す(笑)」

「またぬけぬけと(笑)」

「まあ、事実っす(笑)」

「話が進まねえよ(笑) 『コギト』の魅力のひとつに、詩があるっての」

「ウッソ。それは初耳」

「ウソつけ(笑)」

「いや、マジだって。んなこといってくれねえよ」

「リスナーからはそういう手紙が山ほどきてんだよ(笑) ったく、ウチのADが手紙多すぎでアタマ抱えてたんだって」

「ふうん。……ま、ありがとございます。ヴィジュアル褒められる方が4割ぐらい嬉しさアップだけどね(笑)」

「ったくナマイキなヤローだね(笑)」

「それがウリだからさ(笑)」

「はああ、オレもバンド組んでヴォーカルやっとけばよかったよ。こんなDJなんてやってないでさ」

「ま、無理っしょ」

「わかってるっちゅうに(笑) だから話がさっきから進んでねえんだよ(笑) とにかく詩だ。歌詞」

「おう、歌詞ね」

「作詞やってるのは……」

「阿久悠」

「ウソつけ(笑)」

「ははは(笑) ウチのベースのクア」

「いい詩が多いよね。オレのピュアな愛情でお前の……」

「マジで言ってるんすか?(笑) 赤面しない? オレ、歌ってるとき恥ずかしくてさ(笑)」

「そうなのか(笑)」

「クアはベースなんてやってるから地味で、そのうえロマンチストなんだよね(笑) あれはあいつの致命的な欠点だ(笑)」

「それじゃあさ、あの詩に赤面しつつ歌ってるガーさんの恋愛観ってやつを、ひとつ、聞かせてもらいたいね」

「決まってんじゃん。やりまくり、イキまくり(笑)」

「あっそ(笑)」

「もう、そのためにバンド組んで、こんな獅子舞みたいなカッコでヴォーカルしてるわけだから(笑)」

「いいのか?(笑) ガーのイメージ悪化してファンが減るぞ(笑)」

「いいんだよ。それがオレのキャラなんだからさ(笑) それでも女の子は寄ってくるんだな。これが」

「って、結構そうやってさ、ガーさんは傍若無人に振る舞っているけどさ(笑)」

「なによ(笑)」

「こういうやつって、結構裏でマジメでマトモなレンアイしてたりするんだよね(笑)」

「してねえって(笑)」

「照れでさ、言えないからさ、『愛してるからやらせろ』とかって言ってるんだけど、ホンネの方は前半の方だったりしてね(笑)」

「こらこら、オッサン(笑) 勝手に話を作るな(笑)」

「ほらね(笑) 結構慌ててんじゃん(笑)」

「違うっちゅうに(笑)」

「へっへっへ。こういう人はね、裏でさ、長年大切にしてるカノジョとかいたりしてさ(笑) こっちが気づかないうちにこっそり入籍してたりするのよ(笑)」

「やめい(笑)」

「そんなわけで根は意外にジュンジョーな『コギト』のガーさんが今日はゲストです。そろそろ曲行ってみましょ」

「俺は純情じゃねえって(笑) はぐれ刑事じゃねえんだからさ(笑)」

 

 

 

 

 

君を愛したい

心の底から

 

 

 

<了>