MY HAM LIFE
自己紹介
宿谷秀夫 シュクヤヒデオ(HIDE)1945年9月10日生
1965年4月よりアマチュア無線を始める。
趣味:勿論ハム、他に海釣り、ゴルフ、カラオケ等楽しんできたが現在は、勿論ハム、野菜作り&カメラ。
2005年9月会社を定年退職し、カメラを始めました。(MY PHOTをご覧下さい。)
私のアマチュア無線のはじまり
1959年ころだったでしょうか、私がまだ純真そのものの中学生であったころ、近くでアマチュア無線を開局していたJA1MV関根OM(2000年1月サイレントキーなさいました)が中学校で公開運用されましした。大きなラックに組込んだ無線器を持ち込み近寄ろうとすると怒られながら皆不思議そうに眺めていたような記憶があります。私が無線に興味を持ったのはこの時であったと今でも思っています。その後、直に免許を取得したわけでは有りませんが鉱石ラジオを組み立てたり、再生式ラジオやアンプを作ってみたりと当時のラジオ少年が歩んだ道を辿ってきました。
従事者免許の取得
1964年10月 電話級アマチュア無線技士免許取得
1986年10月 第2級アマチュア無線技士免許取得
1996年 5月 第1級アマチュア無線技士免許取得
3回目のトライでやっと合格。是は通信術のうち和文がなくなったから。
和文のあるうちに何とか合格したかったがNG。
1965年 4月 7MHzA3で開局(送信部終段2E26/変調部終段6BQ5×2)

HF自作機
1965年 5月 青梅アマチュア無線クラブ設立に参加
1966年 9月 50MHzA3を開局(ANT ロータリーホールテッドダイポール/送信発信器水晶2個)
この頃の50MHzは、自作リグで水晶発信子を2、3個持ち、CQ発信後バンド中をスキャニングし、コールしている局を探すというような状態であった。VFOを使用する局もなくはなかったが、相当なQRHで受信するのが大変であった。アンテナの主体は300Ωテレビフィーダによるダイポールで、ローテーターなど夢物語だったため木造柱を窓から手で回していた。(人呼んで「アームストロング方式」と言う。当然電波も飛ばずCQ北関東などという今では考えられないようなCQコールが頻繁に聞こえていた。)
1968年 SSB電波を発信
50MHzSSBは八重洲FT−400に自作アップバータ(終段6146)で4エレ八木、この頃から50MHz主体の運用に入る。又この頃はクリスタルコンバータ/アップバータの自作花盛りで雑誌にも色々紹介されていた。
FT-400
1970年 モービル運用始める。144MHzF3 サニー1000
1971年 この頃から3年程ほとんどQRT状態
50MHz4ELE 21MHzLOOP
1974年 憧れのアンテナタワー(鉄パイプ三角タワー10m)を建設し、
TS-120
HF、V・UHFで再出発。
50MHz6エレ八木、144MHz12エレ×4で再スタート。
144MHz48エレは、ダイレクトビームより奥多摩の山の反射
TS-440
の方が強く面白くなく直にあきらめ。21MHz3エレ八木に取替。
この頃のサイクル21では10wながらかなり無線に注力、HF,
50MHz6ELE 144MHz8×4
50MHzのDXに夜も寝られぬ日もあり。
1987年 100W局を開局
アンテナタワーをローカル局にお世話になりパンザーマストの交換。
HFのトライバンドロータリーダイポール、トライバンダー3エレ、50MHz7エレ、144/430/1200GPを上げる。
TM-2400 1200MHz付き
1989年 電話級アマチュア無線技士養成講習会講師を始める。
1992年 50MHzSSBでJCC500、JCG300アワード取得
1993年 多摩ライフ21 (8J1TAM)の運用に参加
IC-706 MOBILE用
1996年 5月 東京コンテスト28MHzで1位となる。
翌年は21MHzで3位、以後50MHz4位、144MHz 7位と振るわず。
一生懸命になるコンテストはこのコンテスト位です。
1997年 コンピュータによるログを導入
IC-746
1998年 レピータ局JR1VJ管理団体代表者となる。
1999年 3月 50MHz帯200WにQROする。
HL206V
2000年 9月 本格的にCWに専念し始める。CWの魅力が解ってきた。ハマッテいます。
2000年 5月 青梅アマチュア無線クラブ「サイパンペディション」に参加
5/26〜29 KH0/JA1TFJ 運用時間約10時間
交信局数552(DX89、CW81)
2000年 8月 2000年ミレニアムアワードにCWで挑戦
CQ出版社 2000局賞受賞(特記:CW、WAC,AJD,WAJA)
JARL Japan Domestic Award受賞(7,21,50MHz CW)
2001年 1月 JARL Japan Domestic 2000 Award受賞(CW)
Global Award受賞(CW)
ホームページ開設
2001年 3月 青梅市制50周年記念アワード発行決定
TS-2000SX
2001年 4月 JARLニュース4月号「第五回東京CWコンテスト」(2000/10/22)結果発表
21MHz部門第一位(3、960点)
2001年11月 青梅アマチュア無線クラブ/青梅市役所アマチュア無線クラブを母体とした、
青梅市市制施行50周年記念、JARL特別局8J1OMEに運用責任者として参加
目標交信数5、000局を超える5、671交信を、3.5〜1200MHzで達成
当局、1、296交信でトップオペレータとなる。
2001年11月19日未明 しし座流星群大発生(ピーク 3000個/Hとか)
3時頃の30分で、JA7、8と10局50MHzで交信
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2002年 1月 SSTV(F5)免許を変更申請 SSTVの運用始める。
2月からの40日あまりでWAC完成。(21、28MHz)
FT-920
2002年 4月 JARLニュース4月号「第6回東京CWコンテスト」(2001/10)結果発表
14MHz部門第3位 所要で最後の1時間運用できず残念
FT-817
2002年 6月 RTTY(AFSK)でEUと初交信。(MMTTY使用)
2003年 2月 PSK31を運用開始。
2003年 4月 JARLニュース4月号「第7回東京CWコンテスト」(2001/10)結果発表
21MHz部門優勝
2003年 5月 SSTV全国大会横浜に初めて参加
2003年 5月 青梅アマチュア無線クラブDXペディションに参加
SSB、CW、RTTY、SSTVで530局と交信
18MHZCWと21MHZRTTYでEUの猛パイルを受ける。
2003年 5月 JARL通常総会(埼玉県所沢市)に出席
写真は、議長を務めたJA1DXU本間さん(中央)と
(当局右端)

2003年12月 初めてHOMEから3.5MHzを運用
2004年 1月 1.8MHzで初交信しました。
2005年 3月 18/24MHzの3/4エレメント八木アンテナを上げる。
2005年 9月 会社定年退職
2007年 3月 JCC700取得
FT-100D(Mobile)
5月 JCG500と50MHzシングルバンドでのJCC600
JCG400を取得
7月 JARL東京都支部のホームページ委員長を受ける。
8月 ハムフェア会場の8J1Aの運用スタッフとして参加
2008年 2月 第12回東京CWコンテスト結果発表 7MHzで第1位となる。
2月 東京都支部賞「2000局賞」受賞
2009年12月 12月受領QSLカードで全市交信達成(ALLBAND・MODEで855市)
(2010年1月以降4市誕生+東京23区JCC扱いとなりさらに全市交信挑戦中)
2010年 7月 JCC800(No.226)を取得(4/1から6/末までの申請を抽選で発行番号付与されたが残念ながら226番でした)
2010年 9月 JCC700特記50MHzシングルバンド(No.812)を取得
2010年 9月 第32回東京コンテスト結果発表 21MHzバンドで第1位となる(青梅市高水山で移動運用)
2012年 5月 東京都支部賞「3000局賞」受賞