惜敗! 錦織圭がグランドスラム制覇できない理由は「小麦」か

プレジデント 6月3日(水)14時15分配信

■小麦製品を食べてはいけない? 

 錦織圭が敗れた。

 全仏オープンテニス準々決勝の対ツォンガ戦。初のグランドスラム制覇も十分ありうる、との下馬評で、このツォンガ戦でも圧倒的不利から見事盛り返したが、惜しくも念願叶わなかった。

 なぜ、あと一歩のところで勝てないのか? 

 その一因は「小麦」かもしれない。技術面やメンタル面などにもわずかな課題はあるのだろうが、食事管理こそが実力伯仲のランキング上位の選手を蹴落とす最後の武器となるのではないか。

 現在、テニスの世界王者(ランキング1位)はジョコビッチだ。しかし、彼が以前は、錦織と同じように「あと一歩」で上位選手に敗北していたことは、あまり知られていない。

 転機となったのは、2010年の全豪オープン準決勝。今回の錦織と同じツォンガ戦だった。試合を優位に進めながらも途中から原因不明の腹痛と吐き気に襲われて逆転負けを喫した。たまたま、テレビで試合を見ていたセルビア人の栄養学者が指導に乗り出したことで、ジョコビッチの人生は大きく変わる。

 わずか2週間で5kgやせ、1年半後の2011年ウィンブルドンで優勝。一気に世界1位に上り詰めた。恐るべき即効性ではないか。

 その食事管理のメソッドをジョコビッチ自身が執筆した、その名も『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館/筆者訳)がベストセラーとなっているが、いったい、どんな管理法なのか。実は、その中に錦織の「あと一歩」不足の要因が隠されていた。

 ジョコビッチが指導を仰ぎ、今も実践していること。それは、小麦の入った食事をしないことだ。小麦にはグルテンというタンパク質が多く含まれている。西洋人にとって、パン、パスタ、ピザなど小麦製品はいわば主食。だが、グルテンを含むこれら小麦製品が、アスリートの体に少なからずダメージを与えている、というのが先の栄養学者の考えだった。似た理論を唱える学者は、近年、日本を含め増えてきている。



■「小麦(グルテン)を食べると脳内炎症」

 なぜ、グルテンがそこまで人体にとって悪いものなのか。

 前出のジョコビッチ本では、巻末で、アンチエイジングや長寿の研究の第一人者である順天堂大学の白澤卓二教授に解説していただいた。一部を引用しよう。

 「グルテンが体内に入ると、小腸・大腸を含む腸全体で吸収されます。その際にタイトジャンクション(密着結合)が開き、腸内細菌から分泌された毒素が脳に運ばれ、脳に炎症が発生します。脳の炎症のために神経細胞は十分なニューロトランスミッター(神経伝達物質)が蓄積できず、それが初動の遅れとなって現れます」

 日本人を含む現代人の日常食である小麦が「人の脳機能を低下」させ、それがスポーツ選手には致命的ともいえる「遅延反応」にもつながるという。そして、錦織に対してもこう提言している。

 「端的に言って、今の錦織圭選手がさらに上を目指そうとするなら、必要なのは技術や体力のトレーニングではありません。栄養・食事指導です。パンをはじめとした小麦製品を完全に絶ち、食べ物を根本的に変えなければなりません」

 その錦織だが、「小麦」は好物のひとつのようだ。テレビや雑誌の取材に「好きな食べ物」として、おもち、雑煮、しゃぶしゃぶ、のどくろ(魚のアカムツの別名)などのほかに、「とんこつラーメン」「たらこのスパゲティ」をあげている。料理好きで知られる彼は自身のウェブサイトで、「きのこベーコンパスタ」を作っている写真をアップしていた。

 さらに、今年1月の全豪オープンとほぼ同時期に現地で開催されたサッカーの日本対ヨルダン戦を観戦する錦織の姿が目撃されているが、その手元を見ると、パンかラスクと思われる小麦製の食材を口にしている。

 どうやら小麦が錦織の食生活に組み込まれていることは、間違いなさそうだ。では、この食習慣は、いまだ優勝できずにいる状態と相関関係があるのだろうか。



■小麦絶ちで「1000分の5秒」動きが速く

 ジョコビッチは自著で小麦を摂取すると「脳に霧がかかっている」状態になる、と表現している。翻訳担当として私がもっとも興味・関心を覚えたのは、ジョコビッチ自身が小麦を絶ち、科学的な栄養摂取(詳細は本書参照)を心がけたことで、初動が速くなったと自覚していることだ。

 5kgやせて体がよりキレたことに加え、脳の働き(反応)もよくなった。1000分の5秒~10秒程度なのだが、高速のラリーが続くテニスでは、それが優劣を決めることになる。そうやってテニスの絶対王者はでき上がったのだ。

 錦織にも、ぜひ小麦絶ちを実践してほしい。そうすれば、グランドスラムにも手が届くと思う。

 ただ、ご存知の通り、錦織圭の所属は日清食品である。完全に小麦を絶つのは「大人の事情」で不可能ではないか、と考える向きもいるだろう。確かに、インスタント麺は食文化的にも存在意義があり、災害時などに緊急支援物資として被災地へ送るなど社会への貢献度も大きい。錦織に同社と縁を切れなどと言うつもりも毛頭ない。

 それでも、錦織がジョコビッチのような超一流プレーヤーを目指すなら、今一度「食事」を見直すべきではないだろうか。

 それに、世の中にはグルテンフリーの食べ物が徐々に増えているのだから、日清食品には一刻も早い「グルテンフリーカップヌードル」の開発を期待したい。

 実はジョコビッチは栄養学者の指導を仰いだ時、血液検査で「グルテン及び乳製品の不耐症」という診断を受け、これに強く反発した。実家がピザ屋だったからだ。だが、その後、ジョコビッチ一家は地元セルビアでグルテンフリーのレストランを開業し、盛況だという。

■グルテンカットは糖質制限と違う

 私は今回、本の翻訳をするだけでなく、実際にジョコビッチ本の食事管理法を試し、その効力を実体験した。

 ジムで私はプロアスリート以上のトレーニングを週に7日しているにもかかわらず、ここ最近4kgも太っていた。ところが、パンやパスタ、うどんやクッキーなど「小麦のかたまり」はもちろん、原材料に小麦が含まれていることがある「ドレッシング」「ふりかけ」「(たまりではない)醤油」「(小麦入り)キムチ」なども食べるのをやめると、たちまち3.5kgの減量に成功した。

 私の太めの友人は1カ月足らずでウエストを13cm落とした。本の読者のなかには花粉症が完治した人もいるし、早朝に起床するのが苦ではなくなったという人もいる。

 前述したようにジョコビッチ本の効果は、錦織らアスリートだけでなく、一般人も十分期待できる。翻訳兼体験者として声を大にして言いたいのは、小麦を減らすだけでも、仕事の効率が著しく向上するということだ。

 ただし、グルテンカットの話をすると「糖質カット」と混同する人がいるので注意したい。糖質とは、主に米やパン、麺などに含まれるでんぷんや、果物に含まれる果糖、砂糖に含まれるしょ糖などだ。「低炭水化物ダイエット」として近頃は実践する人も少なくないが、グルテンカットはあくまで小麦のみ。だから、ジョコビッチはドライフルーツなどもしばしば口にしている。そうした糖質を適度に摂取しないと、ハードワークのテニス選手はパワー不足となり、足の筋肉などが攣るというアクシデントを招きかねない。

 とはいえ、「ジョコビッチが体重を5kg落とした」と聞いて、「それはアスリートだからできたことだ。自分にそんなきつい運動はできない」と感じる向きもいるだろう。

 だが、よく考えれば、世界中でハードな練習と試合をしている選手が、もともと肥満であったとは考えられない。つまり、「5kg減」は、極限まで鍛え、削ぎ落とす贅肉などほとんどなかったはずのジョコビッチですらできたということだ。

 余分な脂肪分に悩む人の多い一般人ならば、5kg減は実はそれほどハードルが高いわけではないとも言える。今回の「錦織惜敗」を受け、ジョコビッチ本実践者としては、約3週間後にウインブルドン(全英)を控えた錦織本人に、また本格的な夏到来を目前にダイエットしたいと思いつつ何もしていない読者の皆さんに、より強くグルテンフリーの食生活を推奨したくなったのである。何しろ2週間あれば、体も脳も変えられることをジョコビッチが証明しているのだから。