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ながらも菊は相手に断りを入れて立ちあがった。応じた来客は無表情にああと 頷いてその背中を見送りもせず、リラックスしてあぐらをかき読書するさまなどは いつもの通り。これなら大丈夫と急ぐ歩をそっと緩めてそちらへ向かう。ところが 菊が馴染みの配達員と少々の雑談を終えて受け取った荷物にはよく見知った どころかその来客本人の名前があって驚かされた。何もそれらしいことなど 聞かされていなかったのだ。長方形の箱は両手に一抱えある大きさ、重量は 感じるがそれほどずっしり重いというわけでもない。一体何が入っているのだろう かと首を傾げる。一直線に居間に戻ってくれば当の来客、アーサーは何食わぬ 表情を装っているように見えて、よくよく見れば薄く笑んだ口元を隠し切れない まま本を置いて茶を飲んでいた。最初は偶然かと思ったが、やはりそうでは なかった。その瞳が期待に満ちて輝いている。何かと思えば聞くより早く口を 開いた。 「つまらないものですが、だっけか」 諳んじられた台詞はよく己が口にする文句だ。なるほどこれは贈り物という ことかとまた驚かされ顔をあげた先でアーサーは悪戯を成功させた悪い大人の ように笑っている。言葉とは裏腹に溢れる自信は先ほどの謙遜が日頃の意趣 返しに過ぎないことを物語っていた。相当なものをもらってしまったに違いないと 覚悟すると同時に、今日一日、今の今までその顔をどうやって隠していたのかと 思うと菊の顔にも笑みが浮かぶ。それを見てアーサーはますます嬉しそうに 笑った。 「ありがとうございます。なんでしょうか」 壊れ物ではなさそうな気配に中を軽く揺らしつつ尋ねてみるがアーサーは 開けてみなと一点張りで菊はその場で丁寧に包装を解き蓋を開けた。すると 中に入っていたのはスーツ一式。ハンカチからネクタイピンまでが揃っている。 菊はちょうど会議にもそのキモノで行くのか?という質問をぶつけられていた ところだったのを思い出し、約束したこの時間に届くよう手配されていただろう 手の込んだプレゼントを素直に嬉しく思った。アーサーはといえば貰った菊より 喜んでいる様子で、促されて袖を通してみればサイズはぴったりだった。いつの まにサイズを、と一瞬戸惑うも半月ほど前に起きた騒動のことがあればそれも 可能だった。顔を会わせるなりアーサーが抱きついてきてあちこちを触れて 探ったりしたことがあった。フランシスがその現場を目撃したせいで普段ヨンスの セクハラを受けている菊にとっては取るに足らない出来事だったのを止めるのも 聞かず大袈裟に触れ回られて大騒動に発展された一件で、あの時アーサーは 他国から浴びせられる罵声に否定すること以上は言わなかったが菊は今に なってようやく採寸されていたのだと得心する。ダークカラーの布地は高級感の ある肌触りで仕立てもいい。こんな高価なものをもらっていいのかと言えば、例の 別にお前のために作ったんじゃないんだからな、ではなく、下心があるからなと いう意外な返答があって菊は当然面食らった。その隙にアーサーはたくらみ顔で スーツのボタンを上から留めながら菊の顔を覗き込み言う。 「知らないのか?服を贈るのはそのあと脱がせるためなんだぞ」 そうしてアーサーはボタンをすべて留めたあとで赤くなって俯いた菊の頬に くちづけながら今度はひとつひとつ外していき、頷きという了承を得てやがて帯に 手をかけた。 |