「 おやすみ愛しき捕食者さん 」



 その生き様はまるで鮫のようだ。諦めを知らない懇願に根負けし、同衾を許した
その夜、目を覚ましたのは彼の悲鳴によるものだった。何事かと身構えた私の
隣で上体を起こしたアルフレッドさんは頭を抱えて小刻みに震えていた。暗闇の
中でもそうとわかる顔面は蒼白だった。一体どうしたのかと肩に手を置いた途端
に骨がきしむほどの力強さで縋りついてくる。暗くてじめじめとしたジャングルは
敵がいつ襲ってくるかわからなくて、仲間は地雷と熱に次々と倒れていって、
俺は一人で来ない補給を待ち続けるんだ、怖い、怖いんだよ菊、怖いんだ…!
うつろにそう言って私の肺をもつぶすように込められる力に、私は道連れにしよう
としているのかと邪推すらしてしまう。私の知らぬ戦場を南方での記憶をヒントに
脳裏に描き、さぞ恐ろしかろうとその背を抱き返して大丈夫、大丈夫ですよ、
あなたは立ち止まって息を吸ってもいいのですよと声をかける。幼子にするように
ゆるく叩き続ければいくら呼んでも足らぬとばかりに何度も繰り返し私の名を
呼んだ。一時間あまりそのまま抱き合って、やがて泣き疲れたように再び眠りに
ついた幼い寝顔を見下ろす私は、愛しさとも憎しみともつかぬ感情と共にあった。
鮫は泳ぎ続けなければ息をすることも叶わない。この鮫が泳ぐのをやめたとき、
ようやく自由に息のできる者もあるだろう。だがその胃袋の中で私もまた死んで
いくはずだ。大きく開いた口からは逃げ出せる機会もあったというのに、あるいは
生ぬるい酸に浸され緩やかに朽ち果てるのが先か。ぞっとしない考えにいまだ
明ける気配のない闇を見つめ、ひとり私は笑った。





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