※R15






「 イートイン・スペース 」



 ご近所から貰い受けた桃はもはや新鮮とは言いがたい代物だった。袋を少し開いただけで濃密な
甘ったるい香りが立ち、十分に食欲をそそる。しかし腐敗のはじまった部分の変色やへこみも随所に
見受けられる。訳ありの桃をキロ単位で買ったはいいが当たり外れでいえば外れに近く、結局安物
買いでご覧の有様だよと自嘲気味に笑い、とても処理しきれないから食べられるところだけ食べて、
残りは遠慮なく捨ててほしいということだった。助け合いを兼ねたご厚意ならば無下に断るわけにも
いかない。幸い甘いものに目がない居候がいるのでありがたくいただくことにして、帰宅に合わせて
冷蔵庫で冷やしておいた。長引く残暑で屋外はじっとりと蒸し暑く、遅くまでアルバイトに励む苦学生
には多少の慰めになると思ってのことだ。
 読みどおり駅前のアルバイト先から自転車を漕ぎ、ほのかに汗のにおいを漂わせて帰った居候は
ただいまの挨拶もそこそこに冷蔵庫を探っている。すぐ甘い香りで桃の存在に気づいたようだ。桃?
買ったの?首を傾げると普段はさらりと流れるはずの長い黒髪が湿った肌に張りつく。簡単に経緯を
説明すると、ふうんとあまり興味のなさそうな返事。彼の関心はすでに桃に向いている。全部食べて
いいよと言うと、途端驚いたように振り向いてお前は食べないのかと聞いてきた。食べられるところが
少ないって聞いたから、全部ユーリが食べていいよと重ねて言う。ふうん、そうか。今度の"ふうん"は
ほんの少し嬉しそうな"ふうん"だった。
 かちゃかちゃと皿の触れ合う音がする。早速皮を剥いて食べようとしているらしい。しかし、わっ!
だの、げっ!だの、台所から感嘆符付きの声ばかりするので本を読むのを止め、後ろから覗き込む。
すでに熟しきった桃は皮を剥いたり切ったりしようにも持った手の中で潰れてしまい、せっかくの甘い
汁がシンクに零れてしまうのだ。もったいねえと彼は潰れた桃に皮ごと齧りつき、汁を啜るようにして
貪る。行儀が悪いと言いたくてもこれでは仕方がない。諦めて美味しいかいと顔色を窺った。満面の
笑みでおう!と応える彼に普段よりも強く年の差を感じる。それでも僕の中の行儀知らずな部分は、
大きく開いた胸元にぽたり垂れる甘い桃の汁がそのまま重力に従って肌を滑り落ち、彼が元々持つ
香りと混じりあって何ともいえない魔力を持ち、僕を惹きつけ、肥大し続けるのだ。
 果汁の垂れる白い手首だって今にも噛みついて汁ごと味わいたいぐらいだ。中でさんざ転がして、
果肉と汁を余すところなく味わった種を勢いよく吐き出すその口だってどんなに甘いことだろう。想像
するだけで生唾が出る、襲い来る欲求に理性は無力だ。二個目に取りかかったその手を掴み、汁が
零れると訴えるのも聞かず、強引に寝室へ引きずり込んだ。カーペットに果汁が転々と落ち、掃除は
きっと手を焼くことだろう。今はそれさえどうでもよかった。
 桃の汁の跡を追って指から手のひら、手のひらから手首、手首から腕、腕から肘。そこから飛んで
くちびる、おとがい、喉、鎖骨、胸のあたりで寄り道してさらに下へ。マットレスに組み伏せる、盛りの
ついた獣に悪態を吐きながらも彼は本気の抵抗はしない。無意味なことだち知っているし、どのみち
流されしまうのだから。ボタンを引きちぎらなかっただけいくらかマシだと思ってくれればいい。ただ、
悪い大人だと生意気に煽るので、ちょっとした仕置きを思いついてしまった。
 大きめの果肉を一口貰って、下着をずらしただけの下半身にまだ冷たい果肉で触れる。熱を持つ
肌の反応は顕著だ。緩やかに兆候を見せる性器は触れるたびにびくびくと震え、そのたびに硬度を
増していく。桃がもったいないと、声を殺していた彼が喉から搾り出すような声音で不満を漏らした。
最初から捨ててもいいといわれたものだ、このぐらい粗末に扱っても構わないだろと言い訳するなり
先端に当て、一息に押し潰す。弾けた甲高い声は桃の香りにも劣らない甘さだった。気持ちよかった
だろ?くつくつと笑いながら桃の汁と体液が混ざったものをじゅる、と殊更大きな音を立てて吸った。
彼はヒッと息を呑む。すかさず陰茎ごと口に含んで吸ったり、舌を這わせたり、舌先で突いたりすると
もう堪えられないようで、自ら両手で塞いだ口からくぐもった声がますます甘さを増していった。
 さらに一口分の桃を食いちぎって尻の谷間を潰しながらなぞる。びくびくと痙攣する体表で産毛が
一本一本立って見えた。ぞわぞわすると彼が拙い言葉で快楽を表現するときに起こっている現象の
ひとつだ。潤滑油代わりに使おうという意図が伝わったのか、それとも想像したのか。このまま予想
通りに動いてしまうのも癪だ。僕は桃の果実のほうでなく種を窄まりに押し当てる。歪な形にふぇっ?
と疑問形になってしまった声に笑みを禁じえない。フレン、それ、なに、なあ、なにそれ、なあ、フレ、
あっ、ひっい、なっ何、やめ、フレン、やだ、やぁ、あっああっ。戸惑いを隠せないまま、他人の指先に
いいようにされている。いまだ幼さを残した面差しは、涙のせいでいっそうあどけない。
 同意があるとはいえ、未成年に手を出す悪い大人だという自覚はある。自覚があるならばまだ救い
ようがあるだろう。何より、被害者は絞られている。フレン、フレンと縋るように手を伸ばしてきた頃に
なってようやく桃の種だよと教えてやると、明らかにほっとした様子だった。目尻に涙を溜めながら、
バカだのアホだのヘンタイだのと好き放題罵ってくれる。僕のこと嫌いになった?もうやめる?続き、
もうしない?と彼が選ぶ答えを知りつつもあえて尋ねる僕は悪い大人だし、根性まで腐れきった大人
だと思う。それでも彼は僕を選ぶから、僕はそのようにするまでだ。
「続き…する」
 むくれた頬が熟した桃の皮のように赤らんでいる。僕が桃を全部食べていいと言ったのは、実際の
ところ、桃よりも甘く熟した果実をより楽しく味わうためである。





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