「 Mr.Mintblue 」



 薄荷には虫除けの効果があるそうだ。森やら草藪やら虫の多そうな場所に行くときにはあらかじめ
薄荷油を塗っておくといいと聞く。嬢ちゃんあたりなら本で読んだことがありそうな…いや、むしろこの
手の知識は少年の得意分野か。あの拒絶反応からして今にも全身塗りたくりかねないのがいまだに
実践していないのは、いつか克服してやるぞという男気によるものか、はたまたわんこの苦情による
ものか…それはともかくとして。見苦しいところをお見せしてすみませんとわざわざ当事者のひとりを
欠いてから彼はそう言った。あるいは最初からいなくなるのを待っていたのかもしれない。
 そもそもの発端は馴染みの店でちょっと買い物をしたら、連れに女子供や甘党がぞろぞろいるのを
どこぞで小耳に挟んだらしく、たいした値ではないが一応売り物であるはずの飴玉を大きなガラスの
器から小振りのシャベルみたいな道具でざっと掬い、レース編みを模した紙ナプキンで雑多に包んで
寄越したことだった。間際、白い飴玉がひとつ見えたので薄荷飴が混じっていると気づいていたが、
まさか奴さんが薄荷飴は苦手とは思わなんだ。それで手渡した際にも特別、注意を促すようなことは
言っておかなかった。何より口に放る前に気づくだろうと。しかし、たまにはそんなうっかりも仕出かす
ようだ。しばし涼しい顔で我慢していたがそれが見る見るうちに焦りを滲ます。そういえば昔食べるに
困った時期があったような話も聞いていた。そうした体験もあって口にした手前、吐き出すのは癪と
見える。いくらかむっすりした顔で食事中のリスのように右から左、左から右へと頬を膨らましながら
薄荷を持て余していたところ、彼のほうから声を掛けたのだ。
 いいからもうそれ寄越せとは普段の彼からなかなか想像できない強く乱暴な物言いである。だのに
渡りに船とばかりに奴さん、早々に彼の申し出に縋ることを決めたようだった。遠慮もなしにべろんと
舌を差し出す。赤い舌の上には砕き損ねていびつに欠ける真っ白な飴があった。彼は少しの逡巡も
見せず吸いついて、さっさと元凶を回収する。ほんの数秒の出来事だった。一連の行為が普通なら
くちづけを予感させるとは思いもしないかのごとく、あまりに呆気なく機械的に作業を終えてしまった
ので、あら大胆と感嘆の声も出なかった。故に不躾に見入ってしまっていた。その直後だ。奴さんが
先を行く仲間を追いかけるのを見送ってからの一言。見苦しいところをお見せしてすみません。幸い
目撃者は他にないようだった。
 はてさて彼にとって"見苦しい"のは白昼堂々のキスシーンもどきか、幼馴染の貴重な子供っぽい
行動か、果たしてどちらなのだろうか。両方と答えても嘘ではないだろうからわざわざ確認する気は
しないけれども。それより彼の目敏いこと。何味がいいだのなんだのと賑やかに飴を分け合う仲間を
ゆるり追いかけがてら、ころんと託された薄荷を口の中で転がす彼に、そんなに辛いの?と尋ねて
みるとそうでもないですよと平然としている。彼の場合、参考にならないことを思い出し、ふうん?と
気のない返事でごまかした。
 他方、ばつが悪そうに逃げる右腕を捕まえてみればまだ違和感の残るらしい舌を同じようにべろと
出した。いまだ赤みの差す鮮やかな肉色が見え、思わず吸いついてみたいと悪戯心が騒ぎ立てる。
今なら飴玉の甘さより薄荷が勝るだろう。が、ダぁメだよと存外に甘ったるい口調でおいしそうな舌は
すぐにくちびるの奥に引っ込んだ。薄荷飴は昔からあいつにやる約束なんだよ、と何故か誇らしげに
腕組みするその向こう、甘い仮面の持ち主はその薄皮の下で常に抜け目なく、突き刺すような鋭さを
以って現在も虫除けの役目を果たしているのだった。





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