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※死にネタ注意! ※ロマサガ2パロ ※墺:軍師(コウメイ)皇帝、日:イーストガード(ソウジ) 私はこれまで何人もの皇帝が死に物狂いで身につけた術や技を受け継いで いると同時に、彼らの記憶も我がことのように覚えている。彼らの喜びや悲しみ、 痛みや苦しみ、それらすべてを。この終わりの見えぬ戦いが終わる頃、最後の 皇帝はきっとその膨大な記憶の重みで精神に異常をきたすのではないかと思う ことがある。私は幸いにも正気を保っている、他の者がどう見ているかは別と して。ともかく、私は彼の先祖が何代も前の皇帝に忠誠を誓った経緯も知って いる。面差しは生き写しのようによく似ていた。王の考えを間違いとしながらも 忠義のために皇帝と戦い散った父、その遺言に従った若き東の剣士。何百年も 経て、果たして彼にその逸話が正確に伝わっているかは怪しい。私は気がかり だった。彼の人は父の仇である皇帝を、私を、憎みはしなかったのだろうかと。 とはいえ今更遠い子孫である彼に聞いたところでその答えは得られないのだ。 彼は先祖代々の務めとして何も知らずに私に付き従ってるに過ぎないのだろう。 それでもいい、彼は私に必要な力だ。だが彼には剣士として致命的な欠陥が あった。我々人間の戦闘能力が上がるにつれて、敵もまた力をつける。時には 一撃で限りなく死に近い状態に陥ることもあるはずだ。彼はそのたった一撃で 死に至り、二度と戦闘に復帰出来ないどころか永遠の眠りに就いてしまう。彼の 血筋が生んだ剣士でおそらく一番の使い手とは聞いていたが、代償はあまりに 大きい。それでも彼は片膝をつき言った。『陛下のためならばこの命、惜しくなど ありませぬ』何人もの皇帝が死んでいった、何人もの仲間が死んでいった、彼も また死ぬのだろう。そして私もいつか死ぬ。本当にこの戦いにそれほどの価値が あるのだろうか。いや、価値はあるのだ。七英雄は世界に復讐しようとしている。 これは世界を守るための戦いだ。だからこそ彼は命を捧げる決意をした。命が 惜しくない者などいない、ただ己の命よりも大切なものがあるだけだ。守るべき 世界が。そうなのでしょう? 『いやあ別に、何かそういう使命感とか家訓とか、そんなものではないですよ?』 私よりも後方に配置したおかげか、幾度かの危機はあったが彼はいまだ命を つないでいる。短くない付き合いの末、当初に比べれば話し言葉もだいぶ砕けた ものになった。彼の祖先とはやはり似ているようで別の人間だ。最初の皇帝と 私が別の人間であるように。話に聞いた通り彼の剣の腕は確かで、前列に配置 すればもっとその力を活かせるだろうに、私は私のエゴでそれをしない。 『陛下の背中を守っていると思えばさほど苦痛ではありませんけどね』 裏を返せばそうとでも思わなければ苦痛だということだ。彼は生まれながらの 剣士だ。どうも勝手が違うと愚痴を零していた洋剣にもあっさり馴染んでしまい、 どうやってあの痩躯からと想像しがたい最強の技を軽々と繰り出す。可能ならば 彼はもっと前に出たいのだろう。その手で世界に害為す化け物どもを次々と葬り 去りたいのだろう。わずかな油断が招く反撃が文字通り命取りになると知って いても、他の仲間とは違いそれきり二度と立ち上がれないのだと知っていても、 私の前に立ち陛下のためならば、と私に傷ひとつ負わせず戦闘を終えることを 望むのだろう。彼とは違って私が死んでも次の誰かに引き継がれるだけなのに。 私もまた駒に過ぎないことを彼も知らないはずがない。この命が尽きれば新たな 皇帝が生まれる。代々受け継いだ能力は記憶と共に次代に遺され、私の苦悩も また誰かが背負うことになる。私は歯車のひとつだ。替えの利く部品だ。けれど 彼は、他の誰でもない"私"に微笑みかける。誰よりも儚い命数を惜しみもしない 戦いぶりに私は術の詠唱も忘れて時々目を奪われそうになる。 『だって陛下が私を選んでくださって本当に嬉しかったんです。私はこんな命です からね、未来に何かを遺すことなんて出来ません。次の戦闘で死んでしまうかも しれませんし。でも陛下なら、私が陛下のために生きたことをずっとずっと先まで 証明してくださるでしょう?だから私は命を捨てられるんです、あなたのために』 それは私でなくても皇帝なら誰でも出来ることだ。そういう運命を私は先帝より 強いられた。しかし彼は違うと言った。他にもたくさんの仲間がいる中で、自分を 選んでくださったあなたが"私の仕えるべき陛下"だと。私という皇帝と、彼という 剣士が同じ時代に生まれた偶然が私たちを引き合わせ、私は偶然彼を選んだ。 偶然に偶然を重ねただけかも知れないではないか。 「…では、何故泣くんです?私が死ぬことはとっくにご承知だったでしょう?」 指摘されるまで気づいていなかった、私は泣いていたのか。陣の背後を回って 飛んできた曲刀を正面から受け止め、彼は鮮血を流して倒れ伏した。回復術も 傷薬も間に合わない。一体何のための魔力だ。帝国最強を誇る魔力が徒労に 終わる。彼は死ぬ。そうだ、彼を選んだあの瞬間からいつかこんな日が来ると わかっていた。彼が死んでも別の東の剣士を選ぶことは出来るだろう。でも私が 彼に会うことはもうないのだ。ああしておけば良かった、こうしておけば良かった、 色々な選択肢が脳裏に浮かんでは今更遅いと消えていく。ならばいっそ、彼を 選ばなければよかった。 「…陛下、私は幸せです。こうしてあなたのために死んでいけるのですから」 もし選ばなければ彼の幸福はなかったのか?その幸福は死にも勝る価値が あるのか?私は彼の思考が理解出来ない。そのあいだにも彼の命を司る赤は この指の隙間から零れ落ちていくばかりだ。ああ、彼は世界のためではなく私の ために死んでいく。彼が曲刀を背中でなく真正面で受け止めたのはそれを察知 していたからだ。避ければ私に当たってしまう。私も彼のことを言えない。命数が 人より少ないのは彼と似たようなものだったからだ。"私は陛下の体に傷ひとつ 付けたくない、陛下の命数をひとつも減らしたくはないのです。何でしょう、意地 みたいなものですかね"。彼はたかがそんなことで。私が死んでも次の皇帝が いると言っていたでしょう、私は、私はただの駒、ただの歯車、過去と未来を結ぶ ために生き、死んでいく、皇帝という名の、ただの捨て駒であると。 「泣かないでください陛下。どうか間違えないでください。あなたという方はあなた しかいない、私を選んでくださったのはあなたです、陛下。いえ…ローデリヒ様」 ああ、歴代皇帝の能力と記憶を受け継いだ私という皇帝が作られても、私の 能力と記憶を受け継ぐ次の皇帝が生まれても、私は私で在れるのか。少なくとも 彼にとって、菊にとって、私はただのローデリヒで在ったのか。 「お慕い申しております…ローデリヒ様、では…ご武運、を」 穏やかな微笑みと共に最期の言葉を残して菊は死んでいった。イーストガード 最強と謳われた剣の使い手は歴史に残るような華々しい七英雄との戦いとは まるで無関係の、世界中に散らばったごくありふれたモンスターの手にかかり、 たった一撃で惨めに死んだ。そんな事実など私は遺してやらない。私が次代に 託す記憶は愛する者を失った悲しみと後悔、それから願いだ。次代の皇帝よ、 強く在れ。ひたすら強く在れ。愛する者を失わないように。こんな戦いなど早く 終わらせられるように。もし叶うならばこの記憶を最後の皇帝まで伝えておくれ。 私がひとりの剣士を愛していたことを。彼に愛されていたことを。そうすれば私も、 課せられた過酷な運命に価値を見出すことが出来るだろうから。たとえ無念の うちに死しても、上っ面だけはご立派な大義名分のためでなく、誰かのために 戦って死んでいく幸福を知らずに逝くことはないだろうから。 |