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特に約束したわけでもないのにほぼ定期的にそれぞれの家に集まって食事を したり酒を酌み交わしたり和やかに語り合ったり、そういう会を設けることがある。 一般的な日本人ならば同窓会といった感覚に近いかもしれない。会のあいだは お互い国としての立場をどこかに忘れて、仕事の話や過去の苦い経験は一切 ナシ、思い出は温かで楽しいものばかりをさらい、終始笑顔の絶えない時間を 過ごす。もっとも、自分たちが国であるということは拭えない事実であるため、 誰かひとり急な予定で欠けることも多々あった。それで会は中止になってしまう ということはなく、そんなときは残り二人で欠席したひとりの分も存分に楽しんで しまおうと消費する酒の量がやや多くなるだけだった。今回もそのパターンで、 すまないなと謝罪と共に連絡を入れてきたルートヴィッヒが来れないと知るや、 じゃあ二人でこれ全部飲んじゃおーね!と用意していたワインやら日本酒やら 何やらをフェリシアーノと菊は次々に空けていく。元々うわばみ揃いの三人だ。 それが二人になったからといってさして問題はない。つまみも材料さえあれば 元々料理が得意なこの二人はすぐに作ってしまえるのでペースは早まるばかり。 かくして普段はもの静かな本田邸には酔っ払い特有の賑やかな笑い声が響き あう。けれど時間は楽しいほどあっという間に過ぎ行くもので、夜も更けた頃には 空き瓶が散乱したテーブルの上に菊が突っ伏してうとうとしていた。相当年季の 入っている菊は己の許容量をきちんと弁えていて普段は酔いつぶれない程度を 心がけているのだが、フェリシアーノと二人きりで飲むと何故だか毎度少しだけ 目測を誤ってしまう。眠いのー?眠いなら布団で眠ったほうがいいよーとこちらも 半分とろけたような声をしてフェリシアーノは言った。菊は一応うーだかあーだか うめき声のような応答をしたが進言に従う気配は一向にない。フェリシアーノは 仕方なく、もー菊ってば飲みすぎだよーと文句を言いながら菊の背と膝の裏に 手を入れて抱き上げ、よたついた歩みで幾度も壁に衝突しながらやっとのことで 客間へたどり着く。そこはあらかじめ布団が敷いてあっていかにも用意周到な 菊らしい。しかし自分がこうして運ばれることまでは予想していなかっただろう。 フェリシアーノも菊と同等に酔っていたのでついベッドの要領で菊を布団の上に 放り投げると、どしーんと思わぬ大きな音が響き渡った。布団越しとはいえ固い 畳に強かに打ちつけられて尻の痛みでさすがに眠気が少し引いた。それでも 酔いが冷めたわけではないのでなにをするんですかーと間延びした迫力のない 怒声しか出てこない。対するフェリシアーノはごめんごめんーと何が可笑しかった のかへらへらと笑うだけでなくそのまま同じ布団にダイブしてきて痛っ!と顔を 押さえた。フェリシアーノのほうは顔面を強打したらしい。変なスイッチが入って しまったのかなおも笑いは止むことなく、そのうち菊も何だか可笑しくなってきて 二人でケラケラと笑い出した。ひとしきり爆笑すると今度は堪えきれない睡魔が 押し寄せて、もう寝ましょうかー?寝ましょー!と二人で一組の布団に包まった。 ルートヴィッヒを基準としてしまえば小柄な二人ではあるが大の大人二人となると 狭いことには変わりない。だが以前はひとつのベッドに三人でぎゅうぎゅうと身を 寄せあって眠ったこともある。それに比べるとこれぐらいの窮屈はどうということは なかった。そこ触ったらだめですだのえーここくすぐったいのー?だの修学旅行の 学生のようにはしゃぐうちにも菊はいつもより過ぎたアルコールによって急速に 意識を奪われていく。ねーねーほんとに寝ちゃうのー?とフェリシアーノはまだ 眠りたくない子供のように声をかけるも、返事はかえってこない。 「ねー…菊はどうして俺と飲むときだけ飲みすぎちゃうんだろうね」 その問いかけにも菊は答えない。もう完全に寝入っているようだった。安らかな 寝息が聞こえる。フェリシアーノは一度ルートヴィッヒに尋ねたことがある。自分の いないときの菊はどんな風に酔っ払うのか。菊はやはり節度を守り、少しぐらい へにょへにょになってもべろんべろんになるまでは酔ったりしないらしい。なのに 今の菊なんてべろんべろんどころか夢の世界の住人だ。思い起こせば三人で 眠ったとき、菊は最後まで反対だった。絶対狭いですって!眠れませんって!と 頑固に言い張り、それを酔ったフェリシアーノとルートヴィッヒが二人がかりで押し 切ったのだ。でも今夜はこんなにも簡単に抵抗ひとつなく二人でひとつの布団で 眠ることを許している。 「特別気を許してくれてるっていうのは嬉しいんだけどさ…男としては、少しは 警戒してくれたほうが嬉しいっていうか」 アルコールにふやけた顔でなく、日頃はなかなか見ることのないしゃっきりした 顔でフェリシアーノは菊の年の割りに子供のような寝顔を見下ろす。そうこうする うちに自分も本格的に眠くなってきたのでフェリシアーノは酒臭い菊のくちびるに 同じぐらい酒臭いだろうからどうせ気づかれもしないくちびるを落として、あとは 隙間がなくなるほど密着して目を閉じる。同じ温もりを分け合って友人として眠る こと、危険を冒してでもそろそろ隠し続けることも難しい恋心を告げること、その 二つを天秤にかけてフェリシアーノは長いあいだどちらも選べないでいる。 『男はね、みんな狼なんだよ』 いつかその牙を剥く日が来たらそう言い訳してやろうと思いつつフェリシアーノも 睡魔に身をゆだねる。今はまだ、親友という名の羊の皮を被って。 |